軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

43 歳の差

ハロルドからの招待状が届いて以来、エミリアは二つの感情に翻弄されている。

(ハロルド様に見初められたのかもしれない)という喜びと、(四つも年上で特別に美人でもないし、王妃の器でもない私なんか)という卑屈な気持ちが交互に自分を支配する。

両親は喜んでいるが、ぬか喜びさせることになるだろうと思うと、申し訳ない気持ちになる。

悶々としているうちにその日が来た。

ロマーン公爵家の紋が入った立派な馬車が迎えに来て、エミリアが乗ると座面がふわふわだ。(ああ、これを妹のプリシラにも!)と思ってしまう。天真爛漫な妹は血が繋がっていなくても可愛くて、エミリアは妹が大好きだ。

ロマーン公爵家に着くとハロルドが笑顔で迎えてくれた。

「今日は二人でおしゃべりがしたくてね」

少し照れたハロルドの後ろにはいつものように護衛がいたが、皆空気に徹しているらしいことはエミリアにもわかった。

日当たりの良いティールームで、二人は向かい合って座っている。お茶と菓子が出されているが、二人とも手付かずだ。

「あんまり頻繁に誘うのはどうかと思ったけど、この前の発言を謝りたくて」

ハロルドが急にそう言って気まずそうな顔になった。

「この前、とは何でございましょうか」

「その、君の瞳の色のことだけど。妹に大笑いされたよ。何でも、恋愛小説では……」

エミリアが慌てて遮った。

「ハロルド様、わかっておりますから。そんな意味ではないこと、わかっております」

「そうですか」

そのあとは再び気まずい空気が流れて二人とも無言になる。沈黙を破ったのはハロルドだ。

「あの日、僕たちが初めて会ったあの日だけど」

「はい」

「プリシラ嬢が足が痛い、と言ってぐずっていたね」

「はい。あの子は精神的にまだ幼くて。履き慣れない靴で足が痛くなったようでした。お見苦しいところをお見せしました」

「僕が声をかけなかったら、あなたは靴を脱いでプリシラ嬢に自分の靴を履かせようとしていたでしょう」

「あっ」

見られていたのか、とエミリアが赤面する。人が見ていないと思っていたとはいえ、土の上で靴を脱ぐなど、令嬢としてはとんでもなくはしたないことだとはわかっていた。それでも痛がる妹を見ていられなかった。

「優しい人だな、と思ったら思わず声をかけてしまったんだよ」

うつむいていたエミリアがハッとしたように顔を上げてハロルドを見た。

「そんな人と話をしてみたい、どんな人なんだろうと思った」

「そう、でしたか。お恥ずかしいことです」

「僕の所にはたくさんの家から婚約の打診が来るんだ」

「はい」

それはそうだろう。家柄も令嬢としても自分などとは比べるべくもない立派なご令嬢の話が、たくさん寄せられるであろうことはわかっている。エミリアは前回から今日までの自分の思い上がりを恥ずかしく思い出した。

「どの令嬢も立派な方だろうけど、足を痛がる妹のために自分の靴を脱いで与えようとする人はいるかな、と思った。きっと一人もいないだろう、とも」

「私、あれから色々考えたのです。あの時の正しい対応は、人を呼んで来ることではなかったでしょうか」

「それだとプリシラ嬢は一人になってずいぶん心細い思いをする。呼んで来た人に抱き抱えられて運ばれるのも人目につきすぎる。あなたはそれも考えたのではないの?」

コクリ、とエミリアが小さく頷いた。

(この方は何でもお見通しだ。私なんかの浅ましい願いもお見通しなのだろうか)

エミリアは心の奥の密やかな願いを見透かされそうで鼓動が早くなった。

「そう考えて行動できるあなたを、僕は誰かに取られたくないと思っているんです」

(え? どういう意味かしら。まさか、ハロルド様が私に好意を抱いてくださっているなんてこと、あるかしら)

エミリアは膨らむ期待と、期待している自分を恥じる気持ちの狭間で困惑した。

ハロルドの目を見つめているエミリアの瞳は、本人の心のように柔らかい薄紫色だ。その瞳が細かく揺れていて、(可憐で美しい)とハロルドは思う。

「僕の婚約者になってほしいのだけれど、まだ三回しかお会いしていないのに、厚かましいだろうか。でも、グズグズしていたら他の男に取られそうで心配なんです。正式に認められるには陛下のお許しが必要ですが、僕が必ず陛下のお許しを得るまで努力します」

真っ直ぐすぎる言葉が眩しくて、エミリアは思わず瞬きをした。そしてしばらくして、これだけは今言うべきだ、と心を強くした。

「わたくしはもう二十才です。ハロルド様より四つも年上です」

「きっとそう言うと思ってました。歳の差は僕の努力では埋められませんが、あなたを不安にさせないための努力なら惜しみません」

「わたくしが二十五才の時にハロルド様は二十一才です。十六才の御令嬢とも釣り合う年齢です。私はずっと、ずっと……」

ずっと嫉妬心を抱えるのはつらい、と言う言葉は理性でのみ込んだ。

「僕の母がね」

穏やかな笑顔を浮かべてハロルドがエミリアの瞳を覗き込んだ。

「僕の母が、今朝、僕にこっそり耳打ちしたんだ。『もしエミリアさんが年齢を気にするようならこう言ってあげなさい』とね。『あなたは四十才の夫に四十四才の妻が寄り添っているのを見て、おかしな夫婦だと思うのか』って」

「そんなこと、思いません!」

「うん。僕も思わないよ。四才の歳の差なんて、その程度のことだよ。そしてあなたが気にしているのは僕が他の若い令嬢に気移りしないかってことでしょう? そんな事はしない」

黙り込むエミリアに、立ち上がって近づいたハロルドが優しく語りかけた。

「エミリア、僕の婚約者になってほしい。その先のことは二人で力を合わせて乗り越えていこう。僕が全力で君を支えるよ」

振り返り、見上げたエミリアの薄紫の瞳に涙が盛り上がっていて(宝石のようだ)とハロルドは思う。