軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

お土産とドーナツ

薬魔法について、アヤメと姫にどう説明したのか?

答えは保留だ。

とりあえず、薬魔法の熟練度を上げて他の魔法を覚えるまで黙っておくことにしたようだ。

そして、また始まる日常。

学校の体育の時間で、今日は年に一度の体力測定が行われる。

ジャージ姿で自分の順番を待つ。

まずは50メートル走で、出席番号順に行われる。

本来、青木の出席番号は1番、俺の出席番号は3番なので最初に走るはずなのだが、ダンジョン探索者は最後の方に回されるらしい。

探索者はダンジョンの外でほとんどステータスの影響をうけないが、僅かに影響があるから、測定は別にするべきだという教育委員会からのお達しがあったらしい。

レベルは個人情報として秘匿が認められているため、申請はしなくてもいいそうだが。

最近だと、部活をしている高校生は全員探索者としてレベルを上げるのを禁止するべきだって風潮までできはじめている。

なにもそこまでする必要はないと思うんだが。

「聞いてくれよ、壱野! 昨日、俺、レベル10になったんだ! 毎日六時間ダンジョンに潜ってレベルを上げた甲斐があったよ」

「おぉ、青木もレベル10になったのか」

万博公園Dと石舞台Dの事件が立て続けにあってから、ダンジョンの一階層に行く人の数はだいぶ減ったらしく、思ったより効率よくレベル上げができたらしい。

「『も』ってことは壱野もレベル10になったのか。いやぁ、ダンジョン探索って儲からないって思ってたけど、レベル10になったらそこそこ稼げるようになってきたぞ」

「割りのいいアルバイトのお話? よかったら紹介してもらえない?」

声を掛けてきたのは同じクラスの水野さんだ。

眼鏡に三つ編みというどこか昭和の空気を感じさせる少女だ。

「いやいや、ダンジョン探索の話だよ。水野ちゃんも興味あるの?」

「あ、ダンジョン探索かぁ。レベル10になるまでは赤字って聞いたんだけど」

「最近はそうでもないよ? いまは一階層の人は少ないから。まぁ、普通にアルバイトしたほうが稼げる額だけどね」

そうだよな。

ダンジョン探索で何百万も稼げる方が稀だ。

昨日、姫から身代わりの腕輪の代金375万円、薬等の売却分105万円が振り込まれ、Dコインの換金額等を含め、そこから諸経費や社会保険料が差っ引かれて、それでも500万円くらい収入があったんだけど、そんなのは稀だよな。

「あ、そうそう。家に墨汁が一本あったから持ってきたんだ。あとで渡すよ」

「本当? ありがとう、助かるよ」

「どういたしまして」

墨汁?

水野さんが自分の列に戻ったあと、青木になんのことか尋ねる。

「水野さんの家って、 町工場(まちこうば) を経営してるんだけど、結構苦しいらしくてさ。弟の習字セットを買うお金がないって言ってな。習字セットって、男の子用と女の子用で鞄が違うだろ? 水野さんのお下がりだと弟くんがかわいそうだから、俺の習字セットをプレゼントしたんだ。どうせもう使わないし」

「そういうことか」

と意味がわかったところで、俺たちの番になった。

去年は7秒くらいだったな。

最近ダンジョンで運動もしているし、目標は6秒5でいこう。

去年は僅かに青木に負けたから、リベンジも含めて本気を出す。

「壱野、負けた方が昼飯ジュース一本奢りでどうだ?」

「いいぜ、乗った」

青木は調子に乗ってクラウチングスタートの姿勢を取るが、俺はスタンディングスタートで勝負をかける。

先生がスタートの合図を出した。

っしまった、出遅れた。

俺は挽回しようと走った。

本気で走った。

結果――

「壱野――5秒9!?」

……へ?

6秒を切っていた。

「陸上部の奴より速いんじゃないか? 壱野、スタート少し出遅れてたよな?」

「高校生の50メートル記録っていくつだ?」

「壱野くん、カッコいい……」

他のクラスメートたちがざわつき始めている。

「先生、俺たちのタイムは?」

「あぁ、悪い。えっと――」

一応タイムの計測はしっかりしていた先生が、一緒に走った他の生徒のタイムを言っていく。

青木は6秒7だった。

「なんだよ、壱野。めっちゃ速いじゃねぇか。俺も去年より速かったのに」

「いや、自分でも驚いてる」

身体が軽いし、それに息も切れていない。

ステータスはダンジョンの外ではほとんど影響がないって言っていたけれど、ほとんどってことは僅かに影響があるってことか。

探索者とそれ以外で体力測定を分ける意味なんてあるのかって思っていたが、これは分ける意味あるな。

なんなら公式大会に出る人は探索者になるのを禁止するべきだ。

真面目にスポーツに取り組んでる生徒がかわいそうだ。

「壱野、次は遠投で勝負だ」

「望むところだ!」

その後のスポーツテストでも俺は青木に勝ち続け、今週は毎日青木にジュースを奢ってもらえることになった。

※ ※ ※

夕食後、庭にPDを再設置し、中に入る。

「ダンポン、お土産だ」

ダンジョンの中には持ち込めないものも多いが、お菓子くらいなら大丈夫だ。

ダンポンへのお土産を買い忘れたことに気付き、慌てて帰りの紀ノ川サービスエリアで晩飯を食べた後に購入した。

ダンポンは俺が渡した箱をじっと見て、そして尋ねる。

「これはなんなのです?」

「紀州銘菓かげろうだよ。書いてあるだろ? 知らないのか?」

「人間の食べ物はあまり知らないのです」

そういや、D缶から出た食べ物を一緒に食べたことはあるが、ダンポンに何か食べ物を持ってくるのは初めてか。

ダンポンにとっての初かげろうとなるわけだな。

「じゃあ、早速食べるか」

「これ、僕へのお土産じゃないのです?」

「土産っていうのはみんなで食べるものなんだ」

そう言って包装を破り、箱を開けて取り出す。

ダンポンは念動力で一個取り出して、個包装を破った。

中から楕円形のお菓子が出てくる。

ダンポンはそれを一口でパクリと食べた。

「これは美味しいのです!」

「そうだろそうだろ」

「柔らかくふわっと焼き上げた生地は口の中に入れたら優しい甘さのクリームと共に消えていく食感なのです。食べた瞬間に消えていくこの感覚、なるほど、だから陽炎って言うのですね」

「公式サイトの宣伝に使われていそうな食レポだな。どうだ、人間の食べ物もなかなかうまいだろ」

と言ったところで、足下にいるクロも食べたそうにしたので食べさせてやる。

さて、用事も済んだし、ダンジョン探索頑張るか。

もう五月も終わりだもんな……五月も………………

そう思った瞬間、汗が流れて来る。

ヤバイ!

懐中時計を見る。

夜七時。

まだ間に合う。

「ダンポン、悪い! 用事ができた!」

俺はそう言うと、自転車で――いや、ダメだ。

夕食後のこの腹いっぱいの状況。

少しでも腹を減らさないといけないと、俺は走ることを選択。

ジョギングモードで、駅の方に向かった。

だが、大丈夫か?

いくら俺でも、今回はさすがにヤバイかもしれない。

助けを呼ぶか?

青木は今日もダンジョンに行っている。

ミルクは……いや、夜に呼び出すなんて牛蔵さんに怒られる。

どうしたら――

と駅に向かっている途中、コンビニから出てくるうちの高校の女子生徒を見つけた。

水野さんだ。

ちょうどいい。

「水野さん!」

「――っ!? 壱野君?」

「力を貸してほしい」

俺はそう言って、彼女にある願いをした。

※ ※ ※

「びっくりしたよ。まさか、力を貸すっていうのがこれだっただなんて」

「だって、勿体ないだろ? これで無駄にしないで済むよ」

「私、得しかしてないんだけど、いいのかな?」

「いいのいいの」

俺たちは二人ともドーナツの入った袋を持って言った。

俺たちが入ったのは駅前のドーナツ屋だ。

ここでは毎年年末年始に福袋を販売し、その中にはドーナツの引換券が入っている。

それがかなりお得なため、俺は毎年必ず購入していた。

しかし、そのドーナツの引換券の有効期限が5月までで、残りの交換可能数が15個だった。

明日になったら引き換えられない。

だが、家族三人でドーナツ十五個は流石に食べきれない。夕食後の満腹状態なら猶更だ。

せいぜい一人二個。ダンポンとクロにやっても5個残る。

交換しないなんて許されない。

だが、無理に食べるのもなんか違う。

そう思った時、水野さんがいてくれて本当に助かった。

ダンジョンで高校生にあるまじき稼ぎを叩き出しているといっても、それとこれとは話が別だ。

「ところで、水野さんはこんな時間まで何してたの?」

「アルバイト。放課後、そこのコンビニで働いてるんだ」

「へぇ、偉いね」

「偉くないよ。壱野君や青木君だって、ダンジョンでアルバイト頑張ってるんでしょ?」

「そう言われてみればそうなるのかな?」

アルバイトじゃなくて、EPO法人の正会員――正社員みたいなものだけど。

「私、死ぬのは怖いからダンジョンなんて絶対無理だし」

「そんなに危なくない……とは言い切れないな」

立て続けに死亡事故も起きてる。

それに、イビルオーガ、ダークネスウルフと、死ぬかもしれないって思ったのは二度あるし、アヤメとミルクも死にかけた経験がある。

「じゃあ、私そろそろ帰るね。いそいで晩御飯の準備しないと」

「今から作るのか? 水野さんが?」

「うん。お父さんとお母さんは朝から工場だし、弟はまだ小学生だから私が用意しないと」

水野さんはドーナツのお礼を言って帰って行った。

俺も家に帰ってドーナツ食べるか。

二個は予定通りダンポンにお裾分けに持っていく。

「泰良! カゲロウ美味しかったのですよ」

PDの中で、ダンポンがカゲロウを食べ終わっていた。

マジか、こいつ。

いや、でもPDだと時間の流れが違うから、食べ終わる時間はあったのか?

俺がダンジョンに入っていない間、ここってどうなってるんだ?

「おかわりが欲しいのです」

「暫く和歌山に行く予定ねぇよ。ドーナツでも食べてろ」

俺はそう言って、ポンデリングとエンゼルクリームをダンポンに渡したのだった。