軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エンペラートレント素材の納品

強化されたエンペラートレントを倒したその日は家でぐっすりと寝た。

そして翌日、俺は朝から水野さんの家に行った。

朝からクラスメートの女の子の家に男一人で遊びに行くなんて――と思うかもしれないが、水野さんの部屋は女の子の部屋というより完全に仕事部屋だからな。

彼女の家につくなり、影の中にいたクロが飛び出してきて、水野さんの家で飼っているシロと一緒にじゃれ始めた。

そして作業着姿の水野さんが家から出てくる。

「壱野くんいらっしゃい。いまお茶淹れるね。ちょうど仕事を一区切りつけて休憩にしようとしてたんだ」

「ご馳走になるよ。あ、これあんドーナツ買ってきたから一緒に食べよ」

「ありがとう。やっぱり仕事の休憩は甘い物だよね。作業場に行ってて。花蓮ちゃんもいるから」

水野さんが笑顔で言った。

胡桃里さんもいるのか。そういえば土日は朝から働いているって言ってたな。

水野さんの家に来た時にたまに会うけど、どうやら俺のベータとしての顔を知っているらしく、最初は緊張していた。

でも、最近は普通に接してくれるようになった。

「ベータさん……じゃなくて壱野先輩、お疲れ様っす。昨日の配信見てたっす。カッコよかったっすよ!」

俺のことをベータって呼ぶのは御愛嬌だ。

学校でチーム 救世主(メシア) のことが話題になることが多いらしく、その癖が抜けないらしい。

水野さんも胡桃里さんと二人きりのときは俺のことを「ベータくん」って呼んでるみたいだし。

それにしても、年下の女の子に面と向かって「カッコよかった」って言われると照れてしまうな。

「まぁ、それほど疲れてないよ」

本当は最後の戦闘でボロボロになるくらい疲れたけど。

「胡桃里さんは元気だね」

「はい! 土曜の朝はまだ元気っすよ!」

そうか、これから仕事なのか。

まだ朝の十時前だけど、こんな時間から働いてるんだ。

……あれ? でもいまおかしな言葉が聞こえたような。

仕事を一区切りつけてって言ってたような。

仕事を始める前に、じゃなく一区切りつけて?

「胡桃里さん、何時から仕事してるの?」

「はい! 朝の六時からっす!」

「六……!? え、そんなに早いの!?」

「法律では朝の五時から働いてもいいそうなんすけど、始発がまだ動いてないから六時からの仕事になってるっす」

いやいやいやいや、おかしいって。

「安心してください! ちゃんと原則週四十時間以内になるように調整してるっすから! いまも休憩時間なのでタイムカードは一度切ってるっす……あ、キサイチくん。そこは優しくはめ込むっすよ」

俺が呆れていると胡桃里さんは何か勘違いしたのか、そんなことを言った。

週40時間って1日5~6時間だろ?

学校に行っててそれだけ働いてるのか?

「あ、キサイチくん。そこの箱詰めはもう十分っすから、今度はアダマンタイトの箱詰めを頼むっすよ。今日、ダンジョンマテリアルの人が取りにくるっすから」

休憩中と言いながら、なんかパペットに指示出してるよね?

完全な休憩じゃないじゃん。

ちなみに、水野さんの場合、最近土日は朝の五時から仕事をしているらしい。

二人の仕事の話を聞いていると、ボス戦で頑張っただけで「疲れた」と言っている俺がまだまだに思えるな。

俺の場合、本当に疲れたらPDの中で半無限に休めるわけだし。

「お待たせ、お茶淹れて来たよ」

「ありがとうございます」

仕事で疲れてるだろうにお茶まで淹れてくれるなんて。

俺は水野さんに深く頭を下げてお礼を言った。

水野さんは「え?」と不思議そうに首を傾げた。

※ ※ ※

「まず、昨日狩ったエンペラートレントの木材だけど――ここに出していいの? それとも倉庫みたいなところがあったらそっちに出そうか?」

「十本ほどここに出して。いろいろと使ってみたいから。あとは倉庫に頼もうかな」

「わかった」

インベントリからエンペラートレントの木材(亜種を含む)を取り出した。

一個一個が大きめのダンボール箱サイズの丸太なので十本も並べると圧迫感があるな。

「凄いっすね。エルダートレントの木材を見た時も感じたっすけど、それ以上に命の脈動みたいなものを感じるっす」

「本当だよね。植物系の素材が持つ特有の波動みたいなものがあるんだろうね」

水野さんと胡桃里さんはエンペラートレントの木材に手を当てて言う。

木材の家具は温かみを感じる……みたいな話かな?

「これで何が作れそう?」

「これだけ立派な素材だといろいろ作れるよ。やっぱり木材って人間が扱う素材の原点だしね『そうだ、壱野くんの新居、もうすぐ完成するんだよね。そこで使う家具とかベッドとかいっぱい作ろうか?』」

水野さんが後半は念話を使って茶化してくる。

エンペラートレントの家具ってワンセットおいくら万円になるんだろ?

下手したら家の値段より高くなるかもしれない。

というかそんな家具使ってるのが知られたら泥棒の格好の的だ。

それに、どうせ姫あたりが家具を適当に買いそろえて運び入れてくれるので、丁重にお断りさせてもらった。

「このくらいの木材ならアダマンタイト製の剣の柄や鞘に使うとバランスがいいっすよね」

「そうだね。あとは、戦闘用のパペットかな? 元々、パペットの数が増えるからエンペラートレントの素材を頼んだわけだし」

水野さんが言ったとき、アダマンタイトの箱詰めをしていたキサイチくんが振り向いた。

「大丈夫っすよ。あたしのパートナーはキサイチくんだけっすから」

それを聞いてキサイチくんは作業を再開する。

もしかして、廃棄されると思ったのか?

いや、まさかな。

「となると、この子を変えるのか?」

俺はインベントリから預かっているパペット――アビコくんを取り出した

話の流れがわかっていないアビコくんは俺と水野さんの顔を交互に見比べる。

「変えるわけじゃないよ。前にパペット強化ってスキルを覚えたって話したでしょ? エンペラートレントの木材とそのスキルを使えば、エルダートレントの木材で作られたパペットも、エンペラートレントの木材のパペットと同じように強くできるみたいなの。しかも、元が亜種の場合は亜種の特性は引き継いで――」

「へぇ、じゃあノエウチンダイくんにエンペラートレントの木材で強化すれば、松茸が生える特性を持ったままエンペラートレントのパペットができるのか」

「松茸が生えるのはノエウチンダイくんじゃなくてキレウリワリくんだよ。うちのパペットにノエウチンダイくんなんていないし」

荷物を運んだり作業の手伝いをする程度なら問題ないけれど、戦闘用となるとアビコくんなら深い階層では力不足になるからな。

強化できるのはいいかも……ん? 待てよ?

「アビコくんの強化なら、この木材を使ってみてくれないか?」

俺はそう言ってエンペラートレントの木材を取り出す。

見た目は先ほどと同じ、いや、少し大きい程度の木材だが。

「こ、これは――」

「凄い力を感じるっすよ」

気配探知のスキルがあってもその凄い力っていうのはわからないが、生産職の二人には感じるものがあるらしい。

「エンペラートレントの強化版の木材だよ。四人がかりで苦労して倒したんだ。姫が言うには六十階層のボスレベルじゃないかって言ってたな」

なにしろ琴瑟相和を使わざるを得ないレベルだった。

琴瑟相和は四人同時に使うことで、一分間限定でステータスが二倍になるスキルだ。

クールタイムもあるため、ここぞという時にだけ使う切り札。

単純な強さでいえばそれを使うまでではないのだが、まず、相手がでかすぎて剣で斬り倒しきれなかったのだ。

姫の攻撃も樹皮を切り裂く程度。

最終的にはミルクがパイルバンカーの金属の杭を打ち込み、そこにアヤメが最大火力の雷の魔法を落として倒すことができた。

「強化版? そんなの戦ってたっすか?」

「配信が終わってからね。その時にこれも落としたよ」

俺はそう言って、野球球くらいの大きさがある栗のような木の実を十個置いた。

「木材以上の力を感じるよ。これって、もしかして――」

「うん、エンペラートレントの種だよ」

水野さんと胡桃里さんが一個ずつ種を持つ。

まるで宝物を扱うように慎重に。

「水野さん――質問だけど、これを使って捕獲玉を作れないかな?」

「捕獲玉を……? ちょっと待ってね」

水野さんがじっと種を見て考えるように黙り込む。

「……んー、ダメだね。作れない」

「そうか。やっぱり――」

「捕獲玉って卵の殻が素材で、卵をそのまま持ってきても加工できないの。それと同じで、この状態だと中身があってダメ。だからまずはこの種の外側の――えっと、栗で言えば渋皮の外の部分かな? それと内側を分ける必要があるみたい」

水野さんが言うには、俺が種だと思い込んでいたのは実際には種ではなく、果実らしい。

見た目通り栗と同じ堅果という種類らしく、一番外側の固い皮の殻斗が捕獲玉の素材になるらしい。

「え? じゃあ」

「うん、少し加工すれば捕獲玉を作れるよ。しかも、このレベルの種なら一つから捕獲玉百個は作れそう。それに内側の部分だけでも十分に種として植えることも可能だから箱庭農園で繁殖もできそう。ってことで、花蓮ちゃん!」

「はい、水野先輩! 休憩は終わりっすね!」

「そうだよ! 今日は残業してね!」

「もちろんっす! 寮にはちゃんと遅くなるって伝えてあるから大丈夫っすよ!」

え? えっと、何が始まったの?

突然、二人が 戦闘(しごと) モードに入った。

「壱野くん、じゃあ明日、同じ時間に! たぶんインターホン鳴らしても私はここで寝てて起きないと思うから勝手に入ってきていいよ!」

「ちゃんとベッドで寝ようよ!」

そう懇願することしか俺にはできなかった。