作品タイトル不明
二枚の地図
「では、陛下。早速見て頂きたいものが」
「……ん、トゥーナでいい。なに?」
閑さんは紙の束を取り出した。
その紙に描かれているのは森の風景画のようだ。
色鉛筆でいろいろと描かれている。
「これは23階層に描かれた壁画を私が模写したものだ」
「うまっ!?」
思わず声が出てしまった。
まるで写真かっていうくらいに見事な風景画で、プロが描いたと言われても信じる。
「34のダンジョンを巡り模写した。さて、トゥーナくん。この絵を見てどう思う?」
「ん…………トゥーナのいた世界だと思う。この三枚の絵の場所は見たことがある」
五本の滝、巨大な倒木、そしてキノコの群生地か。
どれも幻想的な光景だ。
「そうか。それで、この砂漠は?」
「……知らない。トゥーナの世界に砂の大地は存在しない」
「君の世界の地図はあるだろうか?」
「……ん、ここに」
彼女はそう言ってアイテムボックスから紙の束を取り出す。
それは地図だった。
以前に彼女が手書きした大雑把な世界地図ではなく、細かい地図だった。
ただ、ほとんど暗号のようにも見える。
俺の知っている地図とは少し違うようだ。
何が違うのかと考えると直ぐにわかった。
真っすぐ延びる道がほとんどないのだ。
車がないから道を真っすぐ敷く必要がないのかと思ったが、それにしては途中で途切れていたり明らかに遠回りだったり道と呼んでいいのかって思うものばかりだ。
俺の疑問の答えは閑さんが理解した。
この道は自然の道。たとえば獣道だったり茂みが生えにくい場所を道として記しているのだろうと。
エルフには森を切り開いて道を作るという文化がないのだろう。
「……エルフは木々の枝を跳んで移動する。道を記してるのは獣を追い詰めるのに便利だから」
森と共に生きるエルフというのは俺たちのイメージと似ているが、彼女たちは普通に獣の肉を食べる点で俺のイメージするエルフとは違うんだよな。
よく見ると、この地図も羊皮紙――羊がいるかはわからないが――だし。
「それで、壁画の場所はどこかな? それと、君がシェルターに入ったダンジョンのあった場所も教えてほしい」
「……滝はここ、大木はここ…………あとはキノコの群生地はこのあたり。トゥーナが封印されたのはここ」
トゥーナは地図で指差していく。
さらにその距離を聞いた。
メートルなんて単位はエルフには存在しない。
彼女の木と木を跳んで渡る時にかかる距離と時間を聞いて、そこから閑さんはおおよその距離と地図の縮尺率を計算する。
それになんの意味があるのかは俺にはわからないが、閑さんには興味深い結果だったようだ。
「これは面白いぞ、ちの太くん」
「何がですか?」
「わからないのかね?」
彼女は鞄の中からタブレットPCを取り出して写真を撮ると、その画像を取り込み何やら操作をした。
それを俺に見せる。
そして、もう一つ彼女が用意したのは日本地図だった。
「この三枚の壁画があったのはこの三カ所、そして陛下が発見されたてんしばダンジョンはここだ」
「はい」
「そして、エルフの世界の地図と重ね合わせると――」
と彼女がそう言って地図を重ねると、ピッタリとは言わないまでもおおよその場所が一致したのだ。
「閑さんはこうなることがわかってたんですか?」
「おおよそな。私は日本だけではなく世界のダンジョンの祭壇の壁画もこの目で見てきた。熱帯地方のダンジョンの祭壇に描かれた壁画には熱帯雨林のような森が生い茂り、逆にツンドラ地帯のダンジョンの壁画には北方特有の植生となっていた。もっともエルフの世界の方がやや気温が高いようだがな」
「……それで、何がわかった?」
「トゥーナくん。君が発見されたのはダンジョンの22階層だったな? そして、これがてんしばダンジョンの22階層の地図だが――」
と閑さんは22階層の地図を置き、さらにその上に23階層の地図を置く。
「君が封印されていたシェルターは、23階層の祭壇の真上にあるということがわかった。それで、私は一つの推測を立てた」
「……推測?」
「本来、君のシェルターは祭壇の上に現れるはずだったのではないかと。だが、祭壇の上にシェルターを設置すれば天井を突き破ってしまう。結果、23階層ではなく22階層にシェルターが現れたのではないか? と」
そういえば、トゥーナが封印されていたシェルターの屋根とダンジョン天井との間には僅かな隙間しかなかった。
22階層と23階層の天井の高さはあまり変わらなかったと思う。
閑さんの言う通り、23階層の祭壇の上にシェルターがあったら天井を突き破ってしまっただろう。
やっぱり異世界との流れを掴むヒントは23階層にあるのか。
「閑さん。33階層にも祭壇があるんですよね? そこってどんな感じなんですか?」
「良い質問だよ。確かに33階層にも祭壇はある。ただ、そこには壁画はない。だからこそ、本当になんのためにあるのかは不明なのだ。私も一人で33階層に潜るには戦力が足りない」
そういえば、月見里研究所の人は24階層で全滅しかけてそれ以上先にはいけなかったと言っていた。
「……33階層に行きたい。手がかりがあるかもしれない」
「うむ。しかし、行くとしたらちの太くんたちにも強くなってもらわないといけないし、私もさらに強くならないといけないな」
「上松大臣に頼んで、竹内さんを護衛に頼むのが手っ取り早い気がするが……」
と俺は何気なく提案すると、閑さんはため息をつく。
「西条虎という信頼できるはずの護衛に裏切られたばかりの彼女にその提案をするのは人としてどうかと思うぞ、ちの太くん」
「……ん、トゥーナも泰良様と一緒に行きたい」
ぐっ、閑さんに人としての正論を説かれるとは。
考えなしに喋ってしまったと反省する。
「で、どこの33階層を目指すんですか?」
「そうだな。まずは手始めにここではないか?」
彼女が指さしたのはエルフの村らしき場所があるところ。
そして日本の地図でを見て、閑さんは言った。
「日下遊園地跡ダンジョンだな」
※ ※ ※
閑さんは一通り話を終えると帰っていった。
そして、姫に電話してPDに来てもらって話し合う。
「ふぅん、いいんじゃない? その月見里閑に協力してもらうのは賛成ね。信用できると思うわ」
話を一通り聞いた姫は、閑さんのことをすんなりと認めた。
「は? 生徒をモルモット扱いする人間だぞ? なんで信用できるんだ?」
「そりゃ彼女は研究者だもの。泰良程、興味深い研究対象はないわ。本当に油断ならないのは、エルフの世界を救うためだとか困ってる人を放っておけないとか言って近づいてくる人間のほう。心の内で何を考えているかわからなくて遥かに厄介」
それは、まぁ、確かに厄介だ。
そう考えると、研究という目的がはっきりしている閑さんは、むしろ俺たちにとってはわかりやすい人だとも言える。
「それに、泰良を騙そうと思って実験素材にしようとしたのなら、あなたのマムに見せたように常識人を振舞って研究に協力してほしいと真摯な態度で接していたでしょうね。そうしたら泰良も協力しようって気になったんじゃない? それこそ、父親の死を同情的に話したら断れないはずよ」
「そりゃ、確かに……ん? 父親って誰の事だ?」
「月見里研究所研究員の岩倉さんよ? 泰良から電話を貰って調べたけど、あの時亡くなった岩倉さんは月見里閑の実父よ」
「は?」
岩倉さんが閑さんの父親?
名字が違うことは両親が離婚しているからだとして、閑さんは岩倉さんの話をするときそんなこと言ってなかったぞ。
むしろ、「何度か地上での勤務に専念するように言ったのに聞く耳を持たない彼が悪い」って彼を責めるような態度を取っていた。
そのことを話すと姫は呆れたように言う。
「あのね、泰良。貴方の話だと月見里閑は自分以外は実験の協力者か実験材料にしか思っていないマッドサイエンティストなのよね? それが、岩倉さんには『ダンジョンの探索は危険だから無理をするな』って声を掛けているのよ? 特別な感情があったのは明白でしょ」
「うっ、言われてみれば」
そう思うと、「彼が悪い」って言った彼女の言葉も、自分の忠告を聞かずに死んでしまった父への怒りだったのかもしれない。
「まぁ、その月見里閑についてはミルクとアヤメの意見も聞くとして、今日は二人でダンジョンに潜りましょう。泰良に見せたいものがあるの」
「見せたいもの?」
「ええ。私がレベル100になって覚えた新スキルよ」
姫はドヤ顔で俺にそう言ったのだった。