軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【06】朝のサプライズ──学園入学、初日

そして、いよいよ王立学園入学の日。

準備をして馬車へ向かった私の前に驚く事が起きた。

「え……。アッシュ様!?」

なんと。バルツラインに居るはずのアッシュ様がいらっしゃったのだ。

「久しぶりだな。アンジェリーナ」

「は、はい。久しぶり……いえ、別れてから、そんなに時間は経っていませんね? 久しぶりではないです、アッシュ様」

「ははは。まったく、その通りだ」

一体、なぜ彼がここに、王都に来ているのだろう?

だって、彼は王都から馬車で、二週間は掛かる辺境に居るはずなのに。

「安心してくれ。きちんと皆の了解を得た上、準備は整えてから来ている。バルツラインが魔獣に落とされることはない」

「い、いえ。そこは疑っておりませんが……」

北の辺境、壁の向こうの大森林から魔獣が出ると言っても、周期的なものがあるらしい。

厳しい攻勢が続く日もあれば、緩慢で比較的、平和な時期もある。

なのでアッシュ様が、まったく外に出られないワケではない。

何より、彼の地の騎士たちは優秀な者ばかりだ。そして領主への忠誠心が厚い。

アッシュ様が抜けた穴を一時期だけ埋めるぐらいはやってのけるだろう。

とはいえ、こうして予想外のタイミングで出会えるとは思っていなかったのだけど。

「……というか、実はキミを追いかけるようにと、皆から押し進められた」

「はい?」

「長く離れて暮らすのだ。将来、婚姻すると決めた間柄とて、それまでの期間を蔑ろには出来ない。……それは俺も大いに納得できたことなのだが。その、失礼ながら、アンジェリーナ」

「え、ええ? アッシュ様」

「キミを誰にも渡せない。ので、共に……学園へ向かう道中、キミと共に行き、俺とキミが……そういった仲であると。『他の生徒』たちに見せ付けたい。見せ付けて来い、と。皆に俺の気持ちを引き出された」

「ああ……」

な、なるほど。辺境の皆は、アッシュ様のことが大好きだ。

そして、その関係は、とても親密。

皆さん、アッシュ様の嫁取りに関しては、かなり積極的な、困った方たちだった。

その筆頭が妹のアリアさんで、若干、私利私欲が見え隠れするレベル。

もちろん『アンジェリーナお義姉様とお呼びしたいんです!』という私欲である。

アッシュ様は、そんな彼らに後押しされて、ここまで来てしまったのだろう。

流されるまま。そして、それはそれとして『自分もそうしたいな。じゃあ、やるか』と。

胸を張って堂々と王都に来たに違いない。

まだ半年ほどの交際ではあるが、彼らの 為人(ひととなり) は、それなりに掴めている。

「つまり、アッシュ様が私を学園まで送ってくださる、と?」

「そうだ。許してくれるだろうか、アンジェリーナ。キミの婚約者として、学園では、そばに居られないが……」

そうね。アッシュ様は私の五歳年上。とっくに学園は卒業してしまった人だ。

許可があれば、学園内に入るぐらいは出来るだろうけれど。

何もない日常で、私の学園生活のために辺境伯を連れ回すなど出来ない。

その代わり、彼こそが私の婚約者であると。私は彼に想われているのだと。

そう、他の生徒にアピールしてくださるのだ。

私の婚約まわりの懸念点については既にお伝えしているから。

一人で寂しい女だと、私が学園で軽んじられないために。

「ふふ。それ、エルクくんのアイデアじゃないですか?」

「実は、そうなんだ。『こういうのは最初が肝心ですよ、アッシュ様』と。だが、話を聞いて俺がそうしたいと思ったのは本当だぞ」

「ええ。分かっております。ありがとうございます、アッシュ様」

「……では、学園まで送っても良いか? アンジェリーナ」

「はい。喜んで。アッシュ様」

私は、彼に手を伸ばし、その手を取って貰う。

そして、わざわざ、この地まで運んできた辺境伯家の馬車へと私をエスコートしてくれた。

「アッシュ様は、いつまで、こちらにいらっしゃる予定ですか?」

「王都に来たのだからな。 ついでに(・・・・) 陛下へ挨拶しようと考えている。宿も既に取っているんだ」

陛下に会うのが『ついで』って。ふ、不敬……。

だけど、それは私に会う事の方が本命、という意味なのだ。

少し、恥ずかしい。嬉しいとも思っているけれど。

「では、数日は、いらっしゃるのですね」

「ああ。そのつもりだ。流石に何ヶ月と滞在は出来ないが……」

「そうですわね」

どうしようか。それこそ『ついで』に王都を案内したいところだけど。

私と約束すれば、その日程に合わせてくれそうな気がする。

そうすると彼のスケジュールを圧迫してしまうかも。なにせ辺境までの移動距離と日数がある。

彼には予定通りに過ごして、きちんと身体を休めてから移動して貰いたい。

「アンジェリーナ」

「はい。アッシュ様」

「……良ければ、でいいのだが」

「ええ」

「陛下への挨拶が終わった後。こちらに滞在中、……共に王都の街を歩かないか?」

私が考えていた事を、アッシュ様から誘われる。いいのだろうか。

もちろん、許されるなら、私だって一緒に居たいと考えている。

「まだ学園へ入る前、入った直後の話だ。慣れるための時間だと思う。キミに無理強いはしない」

「い、いえ! 一緒に参ります!」

「そうか!」

パッと笑顔が浮かぶアッシュ様。喜んでいただけた様子だ。

けれど、嬉しいのは私の方だろう。

この朝の送迎に加えて、逢瀬の約束までしていただけたのだから。

私たちは、互いに互いを……という、恥ずかしい半年間を過ごした。

惹かれている、のではなく。惹かれ合っている、かも……? でも? だって。

……なんていう、恋人になるかならないかを楽しむ、ような時間を過ごしてきたのだ。

学園初日だというのに浮かれて、道を踏み外してしまいそうだった。

本当、この縁談を決める事が出来て良かったと思える。

そして、馬車は学園の敷地内へと入り、馬車停めに止まった。

アッシュ様が先に降り、私に向けて手を差し伸べてくる。

「ありがとうございます、アッシュ様」

「ああ」

彼の手を借りて馬車から降り立つ。

見慣れぬ辺境伯家の馬車が目立っていたのか、既にいくらか注目を浴びていた。

私は、アッシュ様に手を引かれ、仲睦まじい婚約者だと見せ付けて貰う。

これがまた何とも嬉しいやら恥ずかしいやら。

でも、あっという間にその時間は過ぎてしまった。学園前、門の外側で、この時間は終わりだ。

流石に既に成人されたアッシュ様が、堂々と私の手を引いて学園の中へ入っていく事は出来ない。

それは、きっと格好いいというよりは、少し空気が読めてない感じになってしまうだろう。

「アッシュ様。では、また」

「ああ。放課後、また迎えに来る。来れないならば、別の者を用意しよう」

「分かりました。ありがとうございます、アッシュ様」

「アンジェリーナ」

「はい」

そこで。アッシュ様は、ほんの少し戸惑われたけれど。

私の、おでこの辺りに優しく……唇を落としてくださった。とても軽く。触れるだけ、程度の、キス。

唇へのものではない。でも、まさか、こんな場所で!

「あ、アッシュ様……! あ、あの!」

「いや、その。これぐらいはして見せろ、と……アリアが……」

アリアさん! なんて事させているの! ちょっと、今のはアピールを越えているのでは!

顔から火が出るように恥ずかしかった。

「アンジェリーナ。その。が、頑張って……」

「は、はい。アッシュ様、ありがとう、ございます……」

私たちは、互いに顔を赤くしながら、何とかお別れした。

初日から、かなり波乱の幕開けだったと言わざるをえない。

婚約者とはいえ、まだ半年ほどのお付き合いのみ。そもそも結婚も、まだ先の話で。

別に急遽、関係を進展させる必要はない。だから、情熱的なことは、まだ必要ないのに。

「はぁ……」

これは、むしろ、延々と私が、からかわれる対象になるだけでは?

十五歳、いえ、もう十六歳になる私。

既に学生ではなく、成人し、しっかりと領地を守っていらっしゃる大人の男性が相手。

……五歳年上の男性って、私の年齢だと余計に輝いているように見える気がする。

「はぁ、もう」

パン、と自身の頬を軽く叩き、火照りを解消する。身を引き締めて頑張りましょう。

まだ、私はスタート地点に立ったばかりなのだから。

……そうして。

今朝の一連のやり取りを、離れた場所で見ていた女子生徒が居たことなど、私は知りもしないのだった。