軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【34】ミランチェッタのお祭り

デニス様の一件の後、予約していたミランチェッタの宿に泊まり、準備を整えた晩。

私やミーシャが泊まるのは貴族向けの宿だ。

綺麗に整えられた宿のロビーで、私たちはアッシュ様をお迎えする。

護衛の騎士たちは少し離れた場所で控えて貰っているわ。

「アッシュ様」

「アンジェリーナ」

ロビーの奥まった場所のソファに向かい合って座る私たち。

ミーシャは私の隣、アッシュ様は木製のテーブルを挟んで正面ね。

「改めて。お久しぶりでございます。アッシュ様」

「ああ。久しいな、アンジェリーナ」

学園で長期休暇がある度にバルツラインへ訪れている私。

このミランチェッタ子爵領の街道整備と宿場町の完成をさせた時点でバルツラインへの功績が一つあり、でいいかしら。ふふ。

「デニス様の件。対処していただき、ありがとうございます」

「いや。キミが害されると聞いたからな。居ても立っても居られなかった。キミが無事ならそれでいい」

「アッシュ様」

「もちろん、トライメル嬢も無事で何よりだ」

「ありがとうございます、閣下」

「バルツラインの騎士たちにも、お怪我はありませんか?」

「ああ。こちらにも問題はない」

「よかった」

ひとまず私の知人は全員、無事ね。それだけで一安心。なのだけど。

「そもそも別にデニス様がこちらを害する意図はなかったのでしょうか?」

「凶器の類は持ち合わせていなかった。加えて、どうやら護衛すら連れて来ていなかったらしい。

彼は宰相家の息子なのだろう? 随分と不用心だと思うが」

「護衛もなしでここまで来られたと? ……ミーシャに告白するために」

「そうらしいな」

それはまぁ、何とも。見ようによっては情熱的な話だ。

その情熱を数年前に見せてくれていたなら、ミーシャだって考えなくもなかっただろうに。

「……バルツラインへ一報を送った方というのは?」

「匿名でな。手紙はこうして持参しているが。アンジェリーナたちの知っている文字だろうか」

アッシュ様が一通の手紙を取り出し、私たちへ手渡す。

私とミーシャはそれを読んでみるのだが。

「……知人の誰かの字ではありませんね。男性からの手紙のように感じますが」

「私も心当たりのある方は居ません。それに私のことは書いておらず、アンジェリーナ様の安否を気遣うものですね」

「そうだな。どうもトライメル嬢を心配してのものではない。

送り主には何かしらの根拠があったか。あの様子だと勘違い……いや、誤解して慌てて手紙を書いたのかもしれない」

「デニス様のご様子ですか」

見る限り、憔悴していらっしゃる様子だった。

私とミーシャも、彼の身に何があったのか何も知らないのだが。

「彼は、あの後、何か言っていましたか。閣下」

「言ってはいたがな」

「なんと?」

尋ねるとアッシュ様は困惑した表情で答えてくれた。

「『やり直していなかったら、ミーシャは僕を好きだったんだ!』と。

号泣しながら訴えていた。やり直さなければ良かった、と」

「……はい?」

やり直していなかったら。

うん? どういう事かしら。ミーシャとやり直したかったのよね、彼。

いえ、そもそもやり直すような関係にもまだ至っていなかったはずなのだけど。うーん?

私たちは首を傾げるしかない。

「少し意味が分かりませんわ」

「そうか。俺たちも理解が出来なかったが……切羽詰まってはいる様子だったな。

別件で何かあって憔悴して、彼女に縋りつきたかったのかもしれない。

『何もかも上手くいかないんだ』とも言っていた。

……博打か酒で失敗した男のようだったよ。哀れだった」

「はぁ……」

そう言われてもミーシャだって困るだろう。

「困った時に恋人にすがりつきたくなる気持ちは理解できなくもないが。恋人でも何でもない相手へ、とはなぁ」

「まったくです。……他に縋れる相手がいらっしゃらなかったのかしら。

よく知らないけど、ご学友も? 彼が女性に縁があるかは……」

デニス様が、レオンハルト殿下の側近に取り立てられたという話は聞かない。

2年生の夏になった今でもだ。

そうなると、令嬢たちにも将来性があるとは見られていなかったかもしれない。

誰も彼に寄り付かなかったのだろう。

王宮へ仕官する文官職になるには採用試験を通る必要がある。

家の権威では無理強いできないのが王宮士官だ。

掲示されている彼の成績であれば、充分に見込みがあるはず。

宰相の息子で、王宮士官となるならば、相応に出世した男児と言えるだろう。

たとえ『将来の宰相』になれずとも、需要という意味ではあるはずなのだが。

「……デニス様のお噂は、あまり良いものを聞きません」

「そうなの? ミーシャ」

「はい。正確に把握しているものでもなく、学園の生徒間で回ってくる噂話程度ですが。

学友も作らず、必死に勉強に明け暮れていると。鬼気迫るものもあるとか。

あまり余裕のある態度には見られず、『あれでは将来、文官になっても苦労するだろう』と……」

「なんとまぁ」

そこまで真剣に、一生懸命に学んで、あの成績を取られていたのね。

私も努力してきたつもりだったし、真剣に学んできたつもりだったけれど。

そういう事ならば、私も負けてはいられないでしょう。

そんなデニス様を抑えての学年首席なのだから、驕らず精進しなくてはいけないわね。

……って。

「あ」

「どうした、アンジェリーナ」

「デニス様のご様子がおかしい点から、手紙の送り主が『私を害するかも』と判断したのは、学園の成績が関係しているかもしれません」

「学園の? アンジェリーナは首席だったな。……ああ、そういう事か。彼がキミに嫉妬してどうにかするかもしれないと?」

「ええ。デニス様の普段のご様子を観察していらっしゃる、どなたかが居るなら。

そのように考えて危険と思って報せてくれたのかもしれませんわね」

「そうか。だが、蓋を開けて見れば、彼にとっては現状を救い出してくれる、慰めてくれる女性こそを求めただけだったと」

「そうかもしれません」

どの道、ミーシャにとっては迷惑な話に変わりない。

他の女性ではダメだったのかと言いたくなる。

「……この後、彼はどう処理しますか?」

「うーん。危害目的ではなかったからな。ただ不安定であるのと、コールデン家には連絡はするつもりだが。

今は騎士らに彼の『愚痴』を吐き出させている。尋問というよりは、溜まっていたものを吐き出させるという方向だ」

「そうですか。騎士様たちであれば、まぁ対処も出来るでしょうし。お任せしても?」

「ああ。女性に話を聞いて貰うのとは違うが……同性に愚痴をこぼすのもまたストレスの軽減だ。

案外、吐き出せば憑き物が落ちたようになるかもしれない」

「そうなると良いですわね」

ふぅ。いきなり、ここに来て混乱するしか出来ない事態だったわね。

「とりあえず。デニス様の件はお任せする、として」

「ああ」

一旦、彼のことは置いておきましょう。

「そろそろ明日のことを話しましょうか、アッシュ様」

「ああ、そうだな。アンジェリーナ」

私たちは、招かれた側ではあるが。同時にこの街の発展を願った出資者でもある。

明日は、ミランチェッタ子爵に共に会いに行き、この新しい町について話を聞く予定だ。

そして、その後は……お祭りへの参加である。

◇◆◇

翌日。

私たちはミランチェッタ子爵と朝から会合。

子爵には、凄く歓迎された。

領地の目玉とも言える宿場町と街道が出来たので、とても嬉しいらしい。

であれば、こちらも幸いだ。

そしてアッシュ様と共に街全体の案内をされる。

だんだんと人通りも増えてきており、今でも十分に賑わいを見せていた。

「……馬で駆け抜ければ、二日で王都まで行けるか」

「二日はちょっと。馬が可哀想です。アッシュ様」

たしかに道は繋がった。かなり短縮されたことだろう。

でも二日はやり過ぎだ。たとえアッシュ様の体力が保っても馬が倒れる。

「夕方になれば通りに並べた屋台が営業を始めます。そして日が暮れ始めてからになりますが……」

「何かあるのか」

ミランチェッタ子爵は、得意気に私たちを見て告げた。

「はい。『魔法花火』をご用意させて頂きました」

「魔法花火!」

空に打ち上げて、大きく光を放つアイテムだ。

祭好きの領地ではよく採用されているシロモノ。

ミランチェッタ子爵、どうやらお祭り好きであるらしい。

「それはまぁ。素敵ですね」

「ありがとうございます。シュタイゼン公女。お二人や、ご親族、使用人たち用の特別席も用意しております。どうでしょうか」

「ほう。特別席? あまりそう厚遇されるのも忍びないが」

「何をおっしゃいますやら。お二人のお陰で今、この街、この場所があるのですから。あっ」

「どうしましたか、子爵」

「街の名前をどうすべきかと悩んでおりまして。お二人の意見を尋ねたかったのです」

「街の名前」

私とアッシュ様は顔を見合わせた。

まぁ、ミランチェッタは、領地全体の名だ。町単体の名ではない。

であれば、私たちに名を願うというのも分かる話。

「……アンジェリーナ」

「はい」

「いや。アンジェリーナ 街(シティ) と」

「それは止めてください!」

そのままですし! 流石に恥ずかしい!

「ははは。お二人は仲がよろしいですな」

「……ええ、はい」

アッシュ様は時々、ストレート過ぎるところがあるわね。困ったこと。

「今回の祭りが成功すれば、来年以降も同じ時期に祭りを開くことを考えております。

お二人の良き思い出となるならば……私も先々まで祭りを続けていく意義が生まれましょう」

「毎年、か」

「それは素敵ですね。では……お言葉に甘えても良いかしら? あ、親族も一緒でもいいの、その特別席は」

「もちろんでございます。警備の配置についても確認していただいても?」

「分かった。これから確認させて貰おう」

そして。

夕方となり、ミランチェッタはいよいよ活気に溢れてくる。

私たちのように遠方から来た者も居れば、近隣から噂を聞き、駆け付けた者も多く居るようだ。

まさにお祭りの様子。

一番頑張ったのはミランチェッタ子爵ではあるけれど、これが私とアッシュ様が結ばれたからこそ生まれた光景だと思えば……。

「……感慨深いな」

「そうですね、アッシュ様」

私とアッシュ様は一通り、屋台を見て回った後。

早々に特別席へ移動させて貰った。

アリアさんたちとは途中で合流したのだけど……お祭りの雰囲気に居ても立っても居られなかったようだ。

エルクくんを連れて早々に屋台を周りに出掛けていった。

魔法花火の時間になったら、こちらに来る予定だけど、間に合うかしら?

「ふふ……」

護衛は少し離れた場所へ。町を見下ろすような高台に作られた特別席。

ミーシャは気を遣ってか、少し離れた場所に居る。

来年か再来年になったら、ミーシャも想い人と共に来れるといいなと思った。

「どうした。アンジェリーナ」

「いえ、ね。今ここでアッシュ様とこうして二人で居ることが奇跡のように思えて」

思えば。

レオンハルト殿下の婚約の話は、なくなって良かったと心から思う。

あの件と王家の抑圧がなければ、私も自ら動こうとは思わなかっただろう。

バルツラインの事だって、きちんとは知ろうしなかったかもしれない。

王都だけで、紙の上で物事を判断し、実際の『人』を知らない王妃となっていたかもだ。

そうならなくて本当に良かった。

そして……本当に慕う相手と縁が結ばれて。

良かったのだと心から思う。

デニス様のような、たらればの後悔は私にはない。

今、この時間こそ。私にとって一番、輝かしいものだから。

「アンジェリーナ。俺もキミに会えた事を奇跡のように思っている」

「あ、アッシュ様」

だから、ストレートなんですってば!

これで私たち、キスもまだな純粋な関係なのだ。

その辺り、アッシュ様の方から一線を引かれているのだと感じる。

大人の余裕なのか。それとも大人の矜持なのか。

確かに今の私は学生に過ぎないが……彼とは婚約者なのだ。

貞淑であるつもりだが、好意がストレート過ぎて、もう。

「アッシュ様。私のことは……『アンジェ』とお呼び下さい」

「……アンジェ?」

「はい。愛称、でございます」

「あ、ああ。では俺のことは……短くし辛いな」

「ふふ。今まで通りにアッシュ様とお呼びさせてください」

「そうか。うーん。勿体ないな。もう少し長い名前が良かったか?」

愛称呼びをされたいから? ふふ。それも悪くないわね。

ええ、将来、子供に名前を付けるのなら。

「では……アンジェ」

「は、はい。アッシュ様」

「改めて。今日まで、ありがとう。そして、これからも共に歩んでいこう」

「……はい。アッシュ様」

ほとんどプロポーズ、なのだけど。

そして、その時。

──ドォオン!

……と。魔法花火の音が鳴り始めた。

辺りはちょうど薄暗くなった頃合い。

夜空には、様々な色の付いた魔法の火がキラキラと瞬いていた。

「……綺麗」

「ああ。綺麗だ」

周囲の人払いがされた場所なせいか。まるで世界に二人きりのような気分だ。

私は花火に目を奪われながら、隣に座る彼にも視線を向けた。

「アッシュ様」

「どうした、アンジェリーナ、いや、……アンジェ」

「ふふ。少しだけ、失礼を」

私は逞しい彼の身体に寄り添って。彼の身体を少しだけ引き寄せた。

「──!」

そして。

唇を、軽く触れ合わせて、すぐ離す。

「……な、ん。アンジェ……?」

「ふふ。だって。私から積極的にしないと、アッシュ様。これから苦労しそうなんですもの!」

恥ずかしい。でも、嬉しくもある。これが私の気持ちなのだ。

これがアンジェリーナ・シュタイゼンの恋。

「アンジェ。キミは、自分の魅力を自覚してくれ……」

「ええ?」

堪えがたいようにそう告げるアッシュ様。

彼の目から見て、今の私はきちんと魅力的な女性に映っているだろうか。

そうであるといい。心からそう思う。

そうして私たちは、ミランチェッタの夜を一緒に過ごしたのだった。