作品タイトル不明
【19】再び、バルツラインへ──16歳、8月
王立学園は『夏季休暇』に入った。
私は、その夏季休暇を利用して、バルツライン領へと向かっている。
1年前は、辺境の地へ向かうことが、こんなに嬉しいと感じるなんて思わなかった。
またアッシュ様やアリアさんに会えるのが楽しみだ。
バルツラインヘ着くまで二週間の旅路。
これだけの日数を費やしてしまうため、私の夏季休暇のほとんどは移動時間となる。
帰る日まで、きちんと考えておかないと2学期の開始に間に合わなくなるわね。
とはいえ、まぁ、この移動日程は、かなり余裕を持ってのものだ。
馬で早駆けすれば、もっと短い日程で行き来が出来るはず。
道中の街道や、通行する領地などを確認しながら移動しているの。
バルツラインは戦いの地であり、時に魔獣による蹂躙を受ける。
そんな時、近隣領主からの支援があれば、なんとも心強い。
もっと嬉しいのは王都から王宮騎士団を始めとした強力な援軍が到着することだろう。
バルツラインの騎士団は屈強であるが、魔獣の規模が多いと疲弊は避けられない。
そんな時に彼らが一時退避し、休む時間を作れる後詰めの軍勢があれば……と。
しかし、騎士団は 徒(いたずら) に数を抱え込んでいればいい、という話では収まらない。
魔獣の進軍には緩急があるため、いくら備えていた方がいいとは言っても、『何もない時期』に大量の人員を余らせておく、というのは……予算や何やらの問題が生じる。
これはあまり『幸い』とは言えないが、バルツラインではそうして『人が余る』ということは、あまりないのだが。
実情を知らず、歴史を学ばず、人に聞かず。
机上の空論でバルツラインについて提案することは許されない。
紙の上だけの現状を見て『ああすればいい』『こうすればいい』などとはね。
特に辺境伯夫人にならんとする私の意見は、下手をすれば混乱を招くだろう。それは避けたい。
なので、こうして時期の異なるタイミングで、何度も馬車で行き来してみることも必要なことだと思う。
『いいところと婚約が決まったわ』
『じゃあ、卒業してから結婚ね!』
『それまで私、学園通いで3年間、王都で暮らすわ! 偶に貴方も王都へ遊びに来てね!』
……なんて挙動が、おそらく一番『最悪』な結婚相手になるだろう。
きっと、辺境の彼らを不安にさせてしまうに違いない。
3年間は長いようで短い。様々な準備をしていても、まだ足りないぐらいだ。
だから、馬車の移動が合計1ヶ月掛かろうが、バルツラインをもっと知るために費やすべき。
まだまだ、私は知らないことだらけだから。
前回の滞在では、やはり気を遣われていた。
もちろん、魔獣の襲撃を 直(じか) で見て、戦う彼らの姿を目にもしたのだが。
それでも、まだまだ彼らは私に甘い。
バルツラインの取り繕った優しさや甘さは、確かに救いや癒しにはなるけれど。
私は、彼らの『身内』となるのだ。その厳しさや、過酷さ、苦しさこそ知らねばならない。
そして、それは、ただ言葉を交わすだけでは真には知ることが出来ないと思う。
あの地で暮らし、経験を重ね、様々なトラブルと直面してこそ。
アッシュ様とアリアさんのご両親は、魔獣の襲撃により、亡くなられている。
当主夫妻が亡くなられる状況ならば、領民や暮らしている場所にだって被害は出ただろう。
恋愛的な意味で浮かれそうになってしまうが、相手はそういう状況で、そういった地の領主。
私が殊更に暗い顔をすることもないが、真摯に誠実になるべきところは必ずある。
そう、私が嫁ぐ家はバルツライン辺境伯家。
王族であっても公爵家であっても蔑ろにすることは許されない。
王国一の武力を誇り、護国を体現する家門なのだから。
きっと『王妃』にならんとする覚悟とは異なる、別の覚悟と意志が必要だった。
「アンジェリーナお姉様!」
「アリアさん、お久しぶりね」
そして、アリアさんやエルクくんと再会する私。
他の方たちも、にこやかに私を迎え入れてくれている。
心なしか前回の訪問よりも、雰囲気が柔らかく親密に感じたわ。
「さぁ、さっそく、こちらへ! お姉様用の部屋は、完璧に準備していますから!」
「ええ、ありがとう。アリアさん」
アッシュ様と同じ銀色の髪にルビーの瞳をした明るく活発な辺境伯令嬢、アリア・バルツライン。
彼女は将来、私の妹になるのだ。……少々、今は令嬢にしては元気過ぎるきらいがある。
母親を早くに亡くした上、周囲には男性が多い環境だからか、お淑やかさが足りていない。
……そうね。きっと私が、彼女を『淑女』に育ててみせるわ。
「アンジェリーナお義姉様? 何か怖い事を考えていらっしゃいます?」
「ふふふ……」
「お義姉様!?」
そんな風にアリアさんたちと再会してから、私は再びアッシュ様の下を訪れた。
今度の私は、久しぶりに会う『婚約者』としてだ。
この再会は、それだけで、なんだかとても私の胸を温かくさせた。