作品タイトル不明
464.今日という日は……
調査隊のメンバーを乗せた新造魔導船『アビエラ・グレイス号』と、それを随伴する『ウル・ヨルン号』は、極めて順調な帰路の航海にあった。
天候は雲一つない快晴。この時期の海上に吹く心地よい偏西風は、絶えず帆を美しく膨らませ、船脚を速めている。
三日間に及ぶ海上生活ともなれば、普通なら退屈が首をもたげる頃合いだが、乗組員たちは案外飽きることなく、思い思いの時間を満喫していた。
例えば、船室に籠って凄まじい勢いで旅の記録を書き殴っているウラデュウス国王。
彼は「此度の釣行記を、後世に残る一大巨編として執筆しようとな!」と鼻息を荒くしていたが、同行したラルフは心の中で盛大なツッコミを禁じ得なかった。
(うん。釣行記じゃなくて、建前は学術調査だったはずなんだけどな!)
もはや、あの最高権力者は、自らの個人的な欲望を隠そうともしていなかった。本音と建前の境界線を、満面の笑みでスキップしながら踏み越えている。
もちろん、真面目に職務を全うしている者もいる。
錬金薬学の権威であるアルフレッドは、採集してきた希少な野草や苔類を丁寧にケースへと分類し、一心不乱にメモを走り書きしていた。彼は文字通り、昼夜を問わずその作業に没頭しており、学者としての狂気的な情熱を感じさせる。
一方、ラルフや孤児たちといえば――。
デッキで優雅に釣りを嗜み、獲れたての魚で船上バーベキューを開催するなど、これでもかと贅沢なバカンスを楽しんでいた。
「ふふん、やっぱりこの船は最高だっ!」
アビエラ・グレイス号という極上の愛船を与えられたメリッサ・ストーン船長は、ただ舵輪を握っているだけで愉悦に浸れるらしく、まるで新しい玩具を買ってもらった子供のような笑みを浮かべて胸を張っていた。
ちなみに、道中で半ば強制的に乗船させられる羽目になったコール・ディッキンソンだが、帰路の途中で彼の島へと無事に送り届けられている。
別れ際、彼は砂浜からこれ以上ないほどの怒声を響かせていた。
「もう二度と来るなよ! 絶対に、絶対にだぞっ!!」
親の敵でも見るかのようにラルフを指差して憤るコールに対し、ラルフの返答は極めて軽いものだった。
「じゃあなー、コール! また近いうちに遊びにくるわ〜!」
お構いなしに満面の笑みで大きく手を振るラルフに、コールは砂浜の足場を失って盛大にズコッとズッコケそうになっていた。
「お、お前はもう、上陸禁止だぁぁぁぁぁあ!!」
そうして、賑やかだった旅路もいよいよ終わりを迎える。
長かったような、あるいは一瞬の夢だったような、そんな濃密な時間を経て、ついに一同の視界に愛しのロートシュタイン領の港町が飛び込んできた。
「あ! ほらっ、みんながお出迎えてくれてるよ!」
「本当だっ! おーい、ただいま〜!」
船首へと駆け出し、手摺り越しにミンネとハルが、ちぎれんばかりに両手を岸へと向かって振る。
その微笑ましい後ろ姿を眺めながら、ラルフは満足げに息を吐いた。
「まあ……たまには、こういう遠出も悪くないかなぁ……」
生来の面倒くさがりで、筋金入りの出不精。おまけに腐っても一国の公爵という、領地を預かる身分だ。おいそれと国外へ羽を伸ばすわけにはいかない立場ではある。だが、今回の遠征は、国王のワガママに巻き込まれたのが発端とはいえ、終わってみれば「なんやかんやで楽しかった」というのが本音だった。
岸辺が近づくにつれ、領民たちの威勢のいい歓声が、海風をかき消すほどの勢いでラルフの耳へと届き始める。
「おかえりなさーい!」
「ラルフさまぁ! 今回も何か、美味い新発見はありましたかぁー!?」
集まった冒険者や領兵たちが、親しみを込めて大きく手を振っている。
さらに、別の区画からは一際黄色い、しかし妙に熱量のある声が上がった。
「エリカさまぁー! おかえりなさいませ!」
「エリカさま、新発見の未知なるスパイスはありましたか!?」
見合えば、そこにいたのは、領内で独自の勢力を築きつつある『スパイス・ガールズ』の面々だった。
「ただいまー! ふふん、凄いのをたくさん仕入れてきたから、楽しみにしておきなさい!」
身を乗り出したエリカが、勝ち誇ったような笑みでそれに応える。
さて。これにて、楽しかった冒険の旅は幕を閉じる。
誰もがそう確信した、まさにその時だった。
先に着岸を済ませていたウル・ヨルン号のタラップ付近。そこに駆け寄ってきた一人の領兵と、シャーク・ハンターズのフィセが、何やらただならぬ深刻な表情で密談を交わしている姿が、遠目に見えたのだ。
「……何か、あったのだろうか?」
いつの間にかラルフの隣へとやってきたメリッサが、心配そうに眉をひそめて呟く。
「さあな。あー……もしかして、積荷の検疫か何かか?」
ラルフが何気なく口にすると、背後からウラデュウス国王が不機嫌極まりない声を割り込ませてきた。
「そんなはずがあるか。この儂が直々に勅許状を発行しているのだぞ? 此度の積荷は、あらゆる臨検を無条件で通過できる特権があるわ!」
「いや、陛下。制度としてはそうでも、未知の病原菌や小さな害虫なんかの水際対策は、慎重に越したことはないでしょう」
もっともな正論をラルフが並べていると、地上から大きな声が響いた。
「すみませーん! 陛下! それとメリッサ船長! 先に降りてきてもらえますかー!?」
フィセがアビエラ・グレイス号を見上げ、必死に手を振っている。
「……ん? 僕じゃなくて、陛下と船長?」
ラルフは怪訝そうに首を傾げた。
メリッサは自慢の魔導船を滑らかに着岸させると、国王を伴ってタラップを渡り、一足先に地上へと降り立っていく。そして、ラルフの手が届かない、声も聞こえない距離で、フィセたちと何やら緊迫した様子で言葉を交わし始めた。
(……なんだ? 妙にこっちをチラチラ見てる気がするんだけど……)
ラルフがますます不信感を募らせていた、その時。
護岸のさらに別の動線から、鼓膜を震わせるような野太い声が響き渡った。
「おーい! ラルフ! 今から飲みにいくぞ! 付き合え!」
「え、えぇ……!? 親父、なんで今!?」
そこに立っていたのは、ヴォルフガング・ドーソン。ラルフの父親であった。
王命とも言える大規模な学術調査から帰還した直後だ。元領主であるならば、このような大イベントの直後には、山のような手続きや処理すべき業務が待っていることくらい、嫌というほど知っているはずなのだが。
「何言ってんだよ親父! これからやることが山積みなんだから、飲みになんて行けるわけないだろ!」
ラルフが甲板から叫び返すと、コツコツと小気味よい足音を鳴らして、なぜか国王が再び船へと戻ってきた。
そして、信じられない言葉を口にする。
「構わんぞ?」
「ハァ!?!?」
あまりの暴論に、ラルフは目を限界まで見開いた。
「だから、親子水入らずでたまには飲みに行ってこいと言っているのだ。あとの面倒な残務処理は、儂らが適当にやっておく」
「んんん? いや、待ってください。っていうか、下で、何か問題でも起きてたんですか?」
「……あ、いや。問題といえば、そうだな……。少し、厄介そうな案件がな……」
なぜか、天下の国王が視線を泳がせ、言葉を濁している。
「それなら、領主である僕も、手伝いますが?」
「チッ……! いいから! なんでもないと言っておるだろう! ほら、さっさと親父殿と酒でも喰らいに行け!」
「なっ……なんだよそれ! わけわかんねえ!」
まさかの舌打ちまで頂戴し、理不尽に怒られたラルフは、釈然としないまま不貞腐れるしかない。
ふと見れば、トトトッと軽快にタラップを駆け上がってきたファウスティン公爵のお付きの料理番――エド少年が、ミンネとハルの元へ近寄り、何やらコソコソと内緒話を始めている。
「ん? ……おい、アンナ。アンナも一緒に来るか?」
妙な空気を感じ取ったラルフが、専属メイドのアンナに声をかけてみるが、
「……いいえ。私は少々、片付けなければならない所用がございますので」
いつも以上の鉄面皮、かつ極めて冷淡な無表情であしらわれてしまった。
(怪しい。絶対に何か隠してやがるな……)
ラルフの疑念は深まるばかりだ。最後の望みをかけて、子供たちに視線を向ける。
「ミンネ、ハル、エドも。一緒に飯いくか?」
「あっ! い、いえ! 僕はその、戻らないといけなくて……!」
「わ、私たちも、ちょっと……部屋の片付けとか、やることがあって!」
「うんうん、そうなの!」
なぜか急に、全員が全員、あからさまに余所余所しい。
挙動不審のバーゲンセール状態である。
「……まあ、いいけどさ。気をつけて帰れよ?」
これ以上考えるのが急激に面倒くさくなったラルフは、深く考えるのを放棄し、さっさと船を降りて父親の元へと歩き出した。
――それから暫くして。
地下街(サブナード) に新しくオープンしたばかりのヤキトリ居酒屋にて。
香ばしい炭火とタレの匂いが充満する店内で、ドーソン親子は向かい合い、黄金色のビールジョッキを傾けていた。
「……ってかさ。僕の留守の間、領主代行くらい親父が引き受けてくれればよかったんじゃ?」
ラルフは冷えたビールを一口啜り、不満を漏らす。
しかし、対面に座る元領主は、じろりと息子を睨みつけ、
「は? …………嫌だね。……」
「いや、嫌だじゃなくて! わざわざお隣のファウスティン公爵にご迷惑をおかけすることなかったろ? って言いたいの!」
「いいや、絶対に嫌だね。書類仕事なんて面倒くさいだろ? 誰がやるかってんだ……」
堂々と、一ミリの悪びれもなく言い放つ実父の姿に、ラルフは深い、深いため息を吐き出すしかなかった。
ラルフが当主の座を継ぐまでは、間違いなくこの男が領主をやっていたはずなのだ。ならば、数日間の代行などお手の物だろうに。
ラルフは諦めたようにぼんじりの串を持ち上げ、口へと運ぶ。
「ムシャムシャ……。いや、できるでしょ? 書類仕事くらいさぁ……」
「無理だな」
「は?」
「俺が書類仕事をまともにやっていたのは、もう十数年も前の話だ。……もう忘れた」
その、あまりにも衝撃的な告白を聞いた瞬間。
チリリっ、とラルフのこめかみに鋭い痛みが走った。
それは、脳の奥底に眠っていた、忌まわしくも鮮明な幼き日の記憶――。
当時、ラルフ・ドーソン、わずか五歳。
『親父ぃ〜、ここの決算、計算が全然合ってないぜ?』
『だからっ、ラルフ! 何度言えばわかる、父上と呼べ! ……で、どこが違うんだ?』
『ここ、この帳簿の部分! ね? ハァ……だから書式を完全に統一した方がわかりやすいって、僕があれほど言ったのに〜』
『いや、そ、その。じゃあ、具体的にどうすれば……』
――若き日の父親が、五歳児に泣きそうな顔で頭を下げていた記憶の回帰を終えると、現実のヴォルフガングが追い打ちをかけるように言った。
「あれは、まだお前が五歳の時だったか。それからずっと、ロートシュタイン領の経理と書類仕事は、お前が裏で全部担当していただろ?」
父親の身も蓋もない言葉に、ラルフは完全に頭を抱えた。
(そうだった……忘れてた……!!)
思い返せば、ラルフが物心ついた頃から、この領地の財務システムは彼一人の頭脳によって支えられていたのだ。
ラルフが王都の魔導学園に通っていた期間、さすがに不便だからと文官を雇っていた時期もあった。最初こそ、マニュアル通りに回っていたようだが、数年も経たずにその体制は完全に破綻した。
なぜなら、ラルフが設計した経理システムは、あまりにも緻密で合理的、かつ膨大な数式が組み込まれており、並の文官の頭脳ではついていくことすら不可能な代物だったからだ。
結果、ヴォルフガングは完全にパンクし、卒業を控えたラルフに対し、「頼むからロートシュタインに帰ってきて領主を継いでくれ!」と、事実上の泣きつき状を送る羽目になったのである。
「まあ、そういうことだ。これからも頼むぞ……」
ニカッと豪快に笑い、ヴォルフガングはグビグビとビールを喉に流し込む。
しかし、そんな親子としての間抜けな語らいは、案外早く終わりを迎えることとなった。
まだお互いに数杯しかジョッキを空けておらず、夜の帳が下りるには早すぎる時間だというのに、
「そんじゃ、そろそろ。帰るか……」
ヴォルフガングが、唐突にどっこいしょと腰を上げたのだ。
「へ? あ、もう帰るの?」
釣られてラルフも立ち上がる。
(どうせ、居酒屋領主館で飲み直すつもりなんだろうな……)
ラルフはそんな風に軽く考えながら、父親の広い背中を追って店を後にした。
✢
父親の広い背中を追いかけるようにして、見慣れた我が家――領主館が近づいてきた時、ラルフはまたしても奇妙な違和感に足を止めそうになった。
(……おかしい。明かりがついていない?)
いつもなら、この時間帯は『居酒屋領主館』の赤提灯や魔導灯が煌々と走り、遠くまで賑やかな喧騒が漏れ聞こえているはずなのだ。それなのに、今の領主館はまるで眠りについたかのように静まり返っている。
しかし、矛盾するように、館へと続く目抜き通りには、一目で高級とわかる魔導車が数多く駐車されていた。
本日もまた、多くの貴族たちが何らかの用件でロートシュタイン領に来訪しているのは間違いない。
「ん? なぁ、親父。今日は、居酒屋領主館は臨時休業だったのか?」
不審に思って尋ねてみる。
だが、前を歩くヴォルフガング・ドーソンは一切振り返ることもなく、ただ無言で歩みを止めない。
「え? な、なあ、親父ってばどうしたんだよ? それに、アンナたちは……」
そうだ。
メイドのアンナ、幼いミンネとハル、それにエリカ。
船を降りたはずの彼女たちは、なぜまだ帰ってきていないのか?
疑問が、膨らんでいく。
「……いいから……ついてこい……」
地を這うような父の声には、どこか苛立つような、奇妙な怒気が含まれていた。
(――いや、これは絶対におかしい)
ラルフの脳裏に、下船の瞬間に見た光景が鮮明に蘇る。言葉を濁した国王陛下、そわそわしていたメリッサ、コソコソと耳打ちしていたエド、そして露骨に挙動不審だった子供たちと、極めつけに冷淡だったアンナの態度。
繋がった。
弾き出される結論は、ただ一つ。
(全員が……結託して、僕に何か重大な隠し事をしている……!?)
最悪の事態(例えば、領地を揺るがすような大トラブルの隠蔽など)を想定したラルフは、もはや手段を選ばなかった。
彼は父の背後、その完全な視覚の死角に滑り込む。そして、自らの左目に意識を集中させた。
――発動させるは、『名も無き神霊の涙』。
大魔導士たるラルフの左目に、妖しくも美しい紅き魔力が宿る。
それは物理的な障害物を透過するだけでなく、時間軸さえも僅かに超越する、透視と未来予知の複合極大魔術。全力を注いでもほんの数分先を見通すのが限界だが、今の状況を打破するには十分すぎる。
ラルフの脳裏に、数分後に訪れるであろう、真っ暗な領主館の中の光景が朧気に、しかし確実に浮かび上がってきた。
そこに視えたものは――。
「あ…………」
予知の光景を脳細胞に叩き込まれた瞬間、ラルフは前庭の芝生の上に力なく膝をついた。
「……ん? どうした、ラルフ」
ガサリという音に、ヴォルフガングが怪訝そうな顔で振り返る。
ラルフは、今しがた味わったあまりの驚愕を、どうにか必死に顔の筋肉を総動員して隠そうとした。
「あ……い、いや! ちょ、ちょっとね、旅の疲れが出たのかなぁ。ほら、さっきの店でちょっと飲みすぎたみたいでさ! へっへっへ……」
引きつった笑みを浮かべ、誤魔化すように立ち上がる。
ラルフは、文字通り『視てはいけない光景』をフライングで視てしまっていたのだ。
「……ならいいが。ほら、早く行くぞ」
再びヴォルフガングが歩き出す。
ラルフは内心で滝のような冷汗を流しながら、トボトボとその後を追った。
たどり着いた領主館の正面口。
いつも通り『居酒屋領主館』の暖簾が掛けられてはいるが、ガラス戸の向こうはやはり静寂に包まれている。
ラルフは、その引き戸にそっと手をかけた。
(……やるしかない。やるしかないんだ……!)
意を決して、ラルフは引き戸をガラリと開け、暗がりの店内へと足を踏み入れる。
その、瞬間だった。
パッ!!!!
まばゆいばかりの明かりが一斉に灯り、ラルフの視界を真っ白に染め上げる。それと同時に、耳を聾するほどの怒号のような大歓声が爆発した。
「「「「「ラルフさまぁ! お誕生日、おめでとう!!!!!」」」」」
パーン! パーン! パンパパパン!!
派手な音を立てて無数のクラッカーが撃ち鳴らされ、色鮮やかな紙吹雪が舞い散る。
そこには、
愛すべき常連客たちや領兵、従業員たちが、これ以上ないほどの満面の笑顔でラルフを迎えていた。
不意を突かれた、哀れな主役を演じるべきラルフは――。
「うわ~、お前たち〜、びっくりした〜。えー、なになに、なんだよコレ〜〜〜」
信じられないほど、感情の籠っていない凄まじい棒読み大根役者っぷりを発揮した。しかし、
「はっはっはー! どう、お兄ちゃん、ビックリしたー!?」
「お誕生日、おめでとうっ!!」
純粋無垢という名の防弾ガラスに守られたミンネとハルは、全く疑うことなく無邪気にはしゃぎ、サプライズが大成功したことを確信して飛び跳ねている。
だが、世の中そんなに甘くはない。
「……んんん? なんか今、もの凄く嘘くさい驚き方じゃなかった?」
鋭い視線を向けてきたのは、やはりエリカだった。
「い、いやー! そ、そんなことないってば! もう、本当にビックリしたなぁ! ビックリし過ぎて、びっくりドンキーになっちゃうかと思ったぜ! ハッハッハッハ、ハ……」
墓穴を掘るようにわけのわからない前世知識の固有名詞を口走る始末。
「おめでとう、ラルフ。今日は『南方学術調査』の無事な成功祝いと、お前の誕生日を祝う特別なパーティーだ!」
元同級生のアルフレッドが、温かい拍手と共に歩み寄ってくる。
「ふふん、ちなみに主催は、この儂とデューセンバーグ伯爵、そしてファウスティン公爵の共同主催なのだぞ!」
グレン子爵が、我が事のように誇らしげに胸を張った。
「い、いや〜。なんか、本当に、僕なんかのためにありがとうございます……へっへっへー」
先輩貴族たちの並々ならぬ手回しと善意に、恐縮しきりで頭を下げるラルフ。
それと同時に、
魔術を使ってまで人々の純粋な善意を疑い、フライング透視してしまった自分への羞恥心で、今すぐ消え入りたい気分だった。
恥ずかしすぎる。
大魔導士の力をこんなことに使うな! と、少し過去の自分を殴りたい……。
「もう。そろそろ良い歳なんだから、ラルフ。いい加減に結婚したらどうなのぉ?」
人混みを掻き分けて現れた母ジャニス・ドーソンが、呆れたような、しかし心底心配そうな顔で溜息を吐く。
すると、待ってましたと言わんばかりに、ラルフの眼前に一人の美しい女騎士が飛び出してきた。
「じゃあ! 私と結婚するというのはどうだっ!」
「うっ、ニンニク臭いっ!! お前、昼休みに二郎系か家系ラーメン絶対に食ったろ!?」
詰め寄ってきたミラ・カーライルを全力で押し返すラルフ。
「なんなら、オラとするべかぁ〜!」
横から便乗してきたミュリエルが、豊満な胸を押し当ててくる。
「ちょっとラルフ〜! 新発見のスパイスで試作品作るから、厨房借りるわよー! アンタたちもついてきなさい!」
「はい、エリカさまぁ!」
感動の余韻もそこそこに、エリカを筆頭とした『スパイス・ガールズ』の面々が、凄まじい熱気で厨房へと突撃していく。
「ラルフぅ!」
「お兄ちゃーん!」
「ラルフさまぁ!」
「ちょっとラルフ、こっち来てよー!」
「ラルフー!!」
右を向いても左を向いても、誰も彼もがラルフを呼び、彼を求めていた。
彼の情けないリアクションを笑い、その不器用な優しさを愛おしみ、そしてその手から生み出される至高の美味を渇望して。
押し寄せる幸福な喧騒の中心でラルフが揉みくちゃになっていると、上座に陣取った国王陛下が、楽しげに酒杯を掲げて一喝した。
「ほら、主役! ラルフぅ! これだけ人が集まったのだ、お前の役目だろう! 早く乾杯の音頭をとれ!!」
その言葉に合わせるように、いつの間にか背後に控えていたメイドのアンナが、静かに巨大な物体を差し出してきた。
「はい。旦那様、こちらを」
「デカい! デカすぎるって、えっ!? 何これ、こんな規格外の巨大ジョッキ、ウチの店にあったかー!?」
「ほら、主役ー! 早くしろよなー!」
客たちの、小気味よい野次が店内に響き渡る。
ラルフは観念したように肩をすくめ、両手でずっしりと重い巨大ジョッキを高く掲げた。
「あー! もう、わかったよ!! どうせお前ら、飲む理由がありゃあ、主役が誰だってなんだっていいんだろ!?」
「「「「オー!!!」」」」
「そんじゃあ、なんか色々ツッコミたいことは山ほどあるけど……居酒屋領主館! 本日も、カンパーイ!!」
「「「「「カンパーイ!!!」」」」」
幾重にも重なる乾杯の衝突音と、地鳴りのような歓声。
こうして、ラルフは、騒がしくも愛おしい『いつもの日常』へと、最高の形で帰還したのだった。