軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

408.二人のエリカ②

夜の帳が下り、居酒屋領主館が開店の刻を迎えると、店内は瞬く間にいつもの熱気と喧騒に包まれた。しかし、今夜の熱気には、困惑という名のスパイスが過剰に振りかけられていた。

「はい、お通しの枝豆と冷奴よ!」

「おー、ありがとな!」

威勢よく料理を置いた給仕のエリカに、冒険者たちが笑いかける。だが、その直後――。

「はいよ! ビールお待たせ!」

背後から、まったく同じ声、同じ姿のエリカがジョッキを運んできた。

「ん? あ、あれ……?」

「おい、エリカちゃんが二人いないか?」

「……まだ一杯目だぞ? 俺、もう酔っ払ってるのか?」

メイド服に身を包み、黄金のツインテールを激しく揺らして店内を駆け回る看板娘。それがどう見ても、「二体」存在していた。

カウンターの一角では、エリカの両親であるデューゼンバーグ伯爵夫妻が、店主ラルフによる緊急の事情聴取を受けていた。

「で。デューゼンバーグ伯爵……エリカって、実は双子だったなんてオチはないですよね?」

「いや! 断じてそんなはずはない!」

リック・デューゼンバーグ伯爵が必死に否定する傍ら、隣に座るリネア夫人が冷ややかな視線を夫に突き刺した。

「あなた……まさか、私に隠れて……隠し子でも?」

「いや! 天地神明に誓ってそれはない! 本当だ!!」

焦り散らかす伯爵を余所に、その隣で漬けマグロを肴に冷酒を嗜んでいたウラデュウス国王が、赤ら顔で口を開く。

「まあよいではないか。子が増えるのはめでたいことだ。なあ、ラルフ?」

「めでてーかどーかで言えば、絶望的にめんどくせーっす」

ラルフは雑な返球とともに、ホールへと視線を戻した。

「あんたねぇ! さっさと四番テーブルのオーダー取ってきなさいよ!」

「はぁ?! あたしに命令しないでよ! あたしは六番テーブルのジョッキが空くから、次の準備をしてるのよ!」

二人のエリカは、互いに喚き散らしながらも完璧な連携でオーダーを捌いていく。

騒々しさが二倍という致命的な弊害はあるが、労働力も二倍。店としては皮肉なほど効率化が進んでいた。

「あれ! エリカちゃんが二人いる! 可愛いー!」

「本当だ! ラルフ様の魔法かな? すごーい!」

客たちはこの不可思議な現象を、驚きつつも『領主館ならあり得る』という妙な納得感とともに受け入れていた。

「「カレー欲しい人、いる?!」」

アイデンティティを懸けた絶叫が完璧に重なり、店内に響き渡る。

ラルフが深いため息をついたその時、カウンター近くの席から不穏な密談が聞こえてきた。

「……ラルフが魔法で奴隷を増殖させた。きっと、"いかがわしい"ことを企んでいるに違いない」

黒いセーラー服のダンジョン・マスター、スズがジト目で断じる。

「ほう。どのように"いかがわしい"のだ? 具体的に、極めて描写力に富んだ、洗練された文語表現として教えてもらおうか。……これは、そう! あくまで後学のためにな」

魔獣生態学者のヴィヴィアンが、銀色の瞳を怪しく光らせる。

「それはね……ゴニョゴニョ」

スズが耳元で囁くと、ヴィヴィアンは「……っ!」と顔を赤らめ、何やら激しくメモを取り始めた。

「おーい、お前ら。……ぶっ◯すぞ〜?」

限界に達したラルフが、極めて雑で、ドスの利いた声を投げかける。

その時、ドアベルが壊れんばかりに鳴り響き、一人の男が飛び込んできた。

「ラルフ! "シェイプ・シフター"という魔物が封印を破って逃走した! どこかで見かけなかったか!?」

息を切らして現れたのは、隣領の主、ファウスティン・ド・ノアレイン公爵だ。

ラルフは天を仰ぎ、即座に結論を下した。

「はい、解決。……つまり、どちらかのエリカが、その魔物が化けた偽物ってことですね?」

シェイプシフター。人、獣、無機物――あらゆるモノに完璧に擬態する厄介な魔物だ。

「シェイプシフターだと!? ダンジョンの深層に潜む高ランク魔物じゃないか!」

ギルマスのヒューズが戦慄する中、ヴィヴィアンが学術的好奇心を露わにして二人のエリカに歩み寄る。

「ふむ……外見、声、魔力の潜在的波動に至るまで完全に模倣しているのか。見事なものだ」

冷徹な観察眼に晒され、二人のエリカは同時に冷や汗を流した。

「よし、とりあえずだ。二人ともエリカだとややこしい。区別をつけるぞ。ちょっと来い」

ラルフが呼び寄せると、二人のエリカは、

「な、なによ」

「何するの?」

と、これまた完璧にシンクロした動きで身構える。

ラルフが懐から取り出したのは、試作品のマジックペンだ。

「判別のためのマーキングだ。動くなよ」

彼はまず、右側のエリカの額に大きく、『肉』の一文字を書き込んだ。

「ちょ、ちょっとー! 何よこれ、呪いの紋章!? 変な術式じゃないでしょうね!」

手鏡を覗き込み、漢字の意味を知らぬエリカが絶叫する。

続いて、左側のエリカの額に、ラルフはさらさらと"第三の目"のイラストを描き加えた。

「……はい、お前はこれな」

戸惑うエリカを、ファウスティンとスズが覗き込む。

「なるほど……『3×3 EYES』の 三只眼(さんじやん) か……」

ファウスティンが感心したように呟く。

「え? 『三つ目がとおる』じゃないの?」

スズが首を傾げる。

ラルフは呆れ顔で二人を見た。

「いや……二人とも、分かるよ。分かるんだけどさ……ネタが古いんだよ! なんか古い!!」

前世の偉大なる漫画家たちへの敬意はあれど、世代間のギャップに悲しさを覚えるラルフ。

ちなみに、彼のイメージは『天津飯』であった。どっちもどっちである。

「あんたが魔物でしょ!」

「違うわよ、あんたが偽物よ!」

『肉エリカ』と『三つ目エリカ』は、再びポコポコと不毛な喧嘩を始めた。

「本当に魔物なのか? 私でも判別がつかぬ。実はまたラルフの悪戯なのではないのか?」

ヴィヴィアンが疑いの目を向ける。

「いや、なんで皆そうやって僕を疑うかな? 僕が日夜、魔法を悪用してるとでも思ってるんか?」

心外だ、と言わんばかりのラルフに、国王が追い打ちをかける。

「お前ならやりかねん。というか、以前似たようなことをやっておったではないか?」

「……うーん。まあ、やろうと思えばできますけどね」

ラルフが観念したように左目に深紅の魔力を宿した。

刹那、彼の姿が陽炎のように揺らめき、左右に分裂――いや、増殖していく。

幻影魔法を物理的な干渉力を持つまでに昇華させた応用術式。

ホールに、六人のラルフが等間隔で並んだ。

そして。

「「「「「「どーもー! 僕たち、六つ子の……『ドソ松さん』でーす!」」」」」」

一糸乱れぬ所作で、シェーを彷彿とさせるポーズを決め、高らかに宣言する。

客たちが(……やっぱり、コイツの仕業じゃねーのか?)と冷ややかな視線を送る中。

ファウスティンとスズの二人だけは、突如として床に崩れ落ちた。

「……ぐ、ぶふっ! ドソ、ドソ松……っ!」

「だ、ダメ……お腹痛い……っ! よりによって、そのネタ……ッ!」

腹を抱え、酸欠寸前で悶絶する二人。

その異様な光景を見下ろし、ウラデュウス国王は至極冷静に、そして心底呆れたように呟いた。

「わけがわからんが……医者か、治癒術師を呼ぶか? お前ら、大丈夫か?」

居酒屋領主館の夜は、本物の魔物が紛れ込んでいるという事実さえ、笑いとカオスの中に溶かしていくのだった。