軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

394.怒りのデスロード

荒涼たる大地に、一筋。

天を衝くほどの苛烈な砂塵を巻き上げ、地平線の彼方へと一直線に疾走する鉄の塊があった。

それは、ラルフ・ドーソンが魂を込めてハンドルを握る、最新鋭魔導車――『ハイバックス』。

【車両諸元:魔導車ハイバックス】

全長:5,300mm / 全幅:1,855mm / 全高:1,815mm

車両重量:2,400kg(魔導増加装甲含む)

最大積載量:1,000kg / 乗車定員:5名

いわゆるピックアップトラックの形状を模したこの怪物は、パートタイム4WD(マニュアル魔導切替式)という質実剛健なシステムを採用している。走破性に関しては、もはや「バケモノ」という形容すら生ぬるい。

コンセプトは――"戦場から農場まで"。

この車両に求められるのは、都会の虚飾に満ちた輝きではない。

泥にまみれ、泥濘みを踏み割り、いかなる過酷な環境下であっても目的地に「荷」と「人」を送り届けるという、執念にも似た絶対的な「信頼」そのものだ。

その運転席でハンドルを握るラルフは、薄い色のサングラスの奥で、三下悪役も裸足で逃げ出すような卑劣な笑みを浮かべていた。

「ケーッケッケッケッケッケ! いやぁ、リネアさんには悪いけどさぁ。人材不足で悩んでるのは、僕も一緒なのよね~!」

独り言の内容が、あまりにも清々しいまでに、

正に、クズである。

スナック開店に向けた従業員募集という切実な悩みをリネアから打ち明けられ、あろうことか、彼は「出し抜いた」のだ。

父ヴォルフガングが漏らした、放浪の旅路で見かけたという難民キャンプ。

ラルフの歪んだ経営者脳にとって、彼らは「救済すべき哀れな人々」ではない。

未開拓の、そして驚異的なコストパフォーマンスを秘めた「人的リソース」という名の金脈に他ならなかった。

それを、一人残らず、根こそぎ、独占的に掻っ攫う!

果たしてこの男の胸中に、良心という概念はミクロ単位でも存在しているのか……。

「フフ~ン♪ フフ~ン♪ フフ~フフフ~ン♪ テレッテッテッテッーレッテッテッテテ~ン♪」

前世で愛してやまなかったアニメ映画のBGMを、上機嫌で口ずさむ始末。

ハイバックスが岩石を撥ね飛ばし、不毛の荒野を蹂躙するたびに、ラルフの優越感は成層圏まで撥ね上がっていく。

しかし、その至福の時間は、頭上を掠めた「黒い影」によって唐突に断ち切られた。

「ん?」

遮蔽物など微塵もないはずの大地で、太陽を遮る異質な質量。

ラルフは反射的にサイドウィンドウを開け、身を乗り出すようにして天空を仰ぎ見た。

そこには――。

「ラルフ公爵! あんまりじゃありませんかぁぁぁ! 人でなしだとは思っていましたけれど、ここまでの外道だったなんてッ!」

「り、リネアさん……っ?!」

空を切り裂き、力強く羽ばたく灰色の巨躯。尻尾が途中から欠損している、あのお馴染みのワイバーン『ゲータースキン』の背に跨り、髪を振り乱して憤慨するリネア・デューゼンバーグ伯爵夫人の姿があった。

「ラルフ! アンタねぇ、絶対に抜け駆けすると思ってたわよ! この、ど畜生領主がぁぁぁ!」

リネアの背後から身を乗り出し、親指を下に向けて罵声を浴びせてくるのは、エリカだ。

二人の怒りを乗せたワイバーンが、ハイバックスの走行速度に合わせて高度を下げ、完全に並走状態に入る。

「おぃいー! ちょっとちょっとぉ! 二人とも失礼が過ぎるだろ! なんで僕が最初から悪巧みしてる前提なんだよ?!」

必死の抗弁を試みるラルフだったが、金髪のツインテールを風にたなびかせたエリカの返答は、あまりにも容赦がなかった。

「自分の胸に、手を当てて、一秒でいいから考えてみなさいよッ!」

言われるがまま、ラルフは片手をハンドルから放し、そっと自らの左胸に当ててみた。

そして。

「…………ああ。うん。…………確かに!」

これ以上ないほど朗らかに、自らの邪悪な本性を再確認し、納得した。

「『確かに』じゃないわよ、このバカ領主! アンタの底の浅い本性なんて、みんなお見通しなのよ!」

「……へっ? みんな?」

ラルフの頬を、嫌な汗が伝う。

「後ろを見てみなさい!」

というエリカの叫びに導かれるように、彼はルームミラーへと視線を走らせた。

そこには、巻き上がる猛烈な砂塵を貫き、死神のごとき迫力で迫り来る「白い影」があった。

ジョン・ポール商会が総力を挙げて世に送り出した、SUV型魔導車――『プラウド』。

それがハイバックスの真横へと滑り込むように並走を開始すると、ウィンドウが威圧感たっぷりに開いた。

「ワーハッハッハッハッ! ラルフ殿ぉ! 私まで出し抜けると思っていたのかねぇぇぇ?!」

「あ?! は、伯爵っ?!」

そこにいたのは、デューゼンバーグ家の当主、リック伯爵その人である。

つまり今、ラルフはデューゼンバーグ家によって、空と陸から完璧な 十字砲火(クロスファイア) を浴びている状態だった。

「私とて多角的経営に乗り出す一実業家! ワイン・バーに葡萄農園、労働力は、いくらあっても足りんのだよ!」

「ハァッ?! 貴族なら領地の税収だけで優雅に暮らしてりゃいいでしょうに!」

「貴殿がそれを言うかぁッ?! そもそも、高貴な身分でありながらビジネスという名の戦場に首を突っ込む、その悪しき第一人者が誰であるか、忘れたとは言わせんぞッ!」

ラルフは再び、そっと胸に手を置いた。

「……あー。僕だわ!」

因果応報。

身から出た錆。

なんだか一周回って、悟りを開いた仏のような穏やかな気持ちになってしまった。

だが、悪夢はそれだけでは終わらない。

走行音と暴風を突き破り、もはや物理現象を無視したレベルの怒声と罵声が、後方から津波のように押し寄せてきたのである。

ハンドルを握り直したラルフは、冷や汗でサングラスを滑らせながら、決死の覚悟で背後を振り返った。

「ラルフさまぁぁぁ! 冒険者ギルドも慢性的な人手不足なんですよぉぉぉ!」

テイムされた巨大な走竜に跨り、必死の形相で手綱を捌くのは、冒険者ギルドマスターのヒューズだ。

「ハァァァ?! ヒューズ、お前まで来てるのかよ!」

さらには、ラルフのペットであるはずのワイバーンまでが無断使用され、その背からは、

「難民だってよお姉ちゃん! 何がなんでも、私たちが囲い込んで酒浸りハッピーにしてあげよう!」

「賛成! 私たちの特製蒸留酒で脳を焼いて洗脳……じゃなかった、慈悲深き女神様の教えに導いてあげましょう!」

と、倫理観をどこかに置き忘れてきた聖女姉妹、トーヴァとマルシャがとんでもない声明を絶叫している。

「お前ら! 僕のレッドフォードを勝手に使うんじゃねえ! 窃盗で訴えるぞコラァッ!」

ラルフの怒号も、もはや多勢に無勢。サングラスは鼻先までずり落ち、視界は砂塵と混沌で塗り潰されていく。

そこに追い打ちをかけるように、大型魔導輸送車:ファット・ローダーが、大気を震わせる重低音と共に戦列に加わった。

「ジョン・ポール商会の輸送部門も限界なんです! 分かってください、ラルフさま!」

レグが涙目で叫ぶ。

さらにその脇を、爆走するキッチンカーが狂ったようなドリフトで追い抜いていく。

「ラルフさまぁ! 独り占めなんて、本当に最低っすよぉぉぉ!」

ポンコツ三人娘の一人、ジュリが調理器具を、カンカンカンカン! と、楽器のように鳴らしながら詰め寄ってくる。

そして、その狂乱のパレードの 殿(しんがり) を飾ったのは、王家の紋章を不遜に輝かせる一台の青い影だった。

魔導ラリー車――『アンプレイザ』。

ハンドルを握るのは第三王子ミハエル。

そしてその助手席から、あろうことか身を乗り出し――いわゆる「ハコ乗り」状態で拳を振り上げているのは……。

「おい、ラルフ! 貴様、国境を越えるならこの儂にお伺いを立てろと言ったはずだ! この、大バカモンがぁぁぁッ!」

「ハァー?! ヴラドおじっ?!」

地方の成人式で羽目を外しすぎたヤンキーですら、ここまで酷くはない。

一国の王が、時速100キロを超える魔導車の窓から身を乗り出し、公爵を罵倒する。

その光景に、ラルフは前世のガラが悪い若者たちの記憶を呼び起こし、深い頭痛を覚えた。

「どいつもこいつも……なにしてんだよ?! 正気かコラ……ッ!」

ラルフはアクセルを床まで踏み込む。

回転数が臨界点へと跳ね上がると同時に、左右の魔導シリンダーが完璧な 共鳴(レゾナンス) を果たした。

これまで重く響いていた『グロロロロロ!』という湿った重低音は、大気を引き裂く高周波の絶叫へと研ぎ澄まされる。

あたかも巨大な魔獣が、自らの獲物を奪い去らんとするハイエナ共を威圧するために放つ、狂おしいまでの旋律。

もはや、この荒野を疾走する一団は、新たなリクルーティング部隊などではなかった。

それは、欲望と執念、そして慢性的労働力不足が産み落とした、資本主義の狂気――。

不毛の地を駆け抜ける、文字通りの『怒りのデスロード』と化していた。