軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

377.酒器の魅力

突発的に発生した祭りの狂乱から一夜明け、ロートシュタイン領は皮肉なほどに透き通った快晴に恵まれた。

昨夜の、居酒屋領主館における阿鼻叫喚の注文ラッシュをどうにか捌ききった領主ラルフは、死んだように眠り続け、昼過ぎにようやく這い出してきたところだ。

今日は新装開店の祝いに駆けつけてくれた魔導学園時代の旧友たち――ヴィヴィアンとアルフレッドを連れて、活気あふれる街へと繰り出していた。

「いらっしゃい! そこの綺麗なお姉さん、見ていきな! ダンジョン由来の深紅の魔石さ、安くしとくよ!」

「串焼きはどうだい! 秘伝のタレが焦げる匂いだけで酒が飲めるよ!」

「焼き立てのカレーパンはいらんかね〜。オーク肉の旨みが爆発するピリ辛美味しいカレーパンだよ〜!」

目抜き通りには、即席の屋台や露店が所狭しと軒を連ね、店主たちの威勢のいい声が春の空気に弾けている。その様子を、ヴィヴィアン・カスターは感銘を受けたように見渡した。

「ふむ。今日も祭りが続いているような活気だな。ラルフの領地は、住人すべてが祭りのプロのようだ」

「あ、それ、言い得て妙ってやつだわ……。でも、これ、いつまで続くんだよ〜?! というか、共和国も聖教国の連中も、年に何回ここへ観光に来る気なんだ?! 普通、旅行ってのはもっとこう……綿密な有給休暇の計画とか、連休の調整とかがあるもんだろ?!」

ラルフは前世の「社畜精神」が染み付いた感覚で、この自由奔放すぎる人波に溜息をつく。だが、この世界では雇用される者より、己の腕一本で日銭を稼ぐ「自由民」の方が多い。彼らにとって、稼ぎ時は即ち祭りなのだ。

「ほう……。この串焼き、実に興味深いな。臭み消しのタマネギとローズマリー、さらにニンニクと生姜の配合が完璧だ。薬理学的にも食欲増進効果が極めて高い。……もう一本、検証のために頂こう」

錬金薬学の権威であるアルフレッドは、歩きながらもその分析眼を鈍らせることなく、串焼きを頬張っている。

気心の知れた仲間との食べ歩き。それは忙殺されていたラルフへの労いとしてヴィヴィアンが企画したものだったが、彼女はふと、かつて、"あの秘密教室"で共に学んだ「もう一人」がこの場にいないことを、少しだけ寂しく思っていた。

――その時だった。聞き覚えのある、やけに朗らかな声が風に乗って聞こえてきたのは。

「はいよー! そっちの赤いのは銀貨一枚ね! ……おっ、お客さん、いいセンスしてるわ。その発色、金貨一枚と言いたいところだけど、今日は景気良く銀貨十枚で、持ってけドロボー!」

一際大きな屋台で、赤髪を揺らしながら土を捏ね、豪快に接客をしている女性。

「あ……? あれは、パトリツィア・スーノではないか?! 見ろ、ラルフ!」

ヴィヴィアンが指差す先、火魔法の名手にして、"炎の精霊使い"のパトリツィアが、色とりどりの陶芸作品を棚にズラリと並べていた。その露店の前には、もはや人だかりを通り越して「壁」ができている。

「あの青白い柄のぐい呑み、吸い込まれそうなほど綺麗だなぁ……。高いんだろうなぁ……えっ?! 銀貨二枚? 買う、買うぞ!」

「ちょっと待て! この炎のようなグラデーションのお猪口が金貨二枚!? 破格に安価だ、私が買う!!」

熱狂する客たちをかき分け、三人は彼女に歩み寄った。

「よぉ、パトリツィア。……なんか、儲かってますなぁ?」

「あー! ラルフぅ! 見てよこれ、大繁盛! 全部サラちゃんのおかげなんだから!」

パトリツィアが作業台を指差すと、そこには眠そうな目をした真っ赤な巨大ヤモリ――炎精霊のサラちゃんが鎮座していた。

パトリツィアが手際よく形を整えた粘土を、サラちゃんの口へ「はい、あーん」と放り込んでから、わずか数分。

真っ赤に熱を帯びていたサラちゃんの喉元が、スウッと落ち着いた色を取り戻したかと思うと、炎の精霊は面倒くさそうに、大きな 欠伸(あくび) をするように、口を開け、

そして――。

「…………ベロンッ!」

湿った音と共に、サラちゃんの口から一つの「ぐい呑み」が勢いよく吐き出された。

それは、まるで青空に鮮やかな虹が架かったかのような、神々しいまでの七色のグラデーションを纏った逸品。

熱はすでに魔法的に奪われ、完成品として洗練された輝きを放っている。

そのあまりの早業に、ラルフの時が止まった。

「おいっ! 焼き上がりまで三分くらいしか経ってねーぞ?! ……カップ麺じゃねーんだからよッ?! お湯入れて待ってる間に、 芸術(アート) が完成してんじゃねーかよ!! ってか……。ま、さ、か……サラちゃんの口を『焼き窯』代わりにしてるのかよ!?」

ラルフの引き気味な問いに、パトリツィアは胸を張って答える。

「そう! 大発見よ! サラちゃんに焼いてもらうと、なぜか最高の色彩が出るの。……原理はわかんないけど」

その時、アルフレッドがぐい呑みの一つを手に取り、その瞳に異常なまでの熱が宿った。

「ふむ……。諸君、この器を手に取り、まずはその『構造色』の揺らぎを直視したまえ。これは単なる顔料の呈色ではない。サラマンダーの唾液に含まれる『霊的ナノ結晶体』がもたらす奇跡だ。……察するに、精霊の口腔内は魔力によって物理限界を超えた『超臨界状態』にあり、その唾液が強力な『霊的触媒』として機能している。それが粘土中の鉄分と瞬時に『魔導的酸化結合』を起こし、0.1ミクロン単位の緻密な多層膜を形成しているのだよ。通常なら数刻を要する焼結をわずかな時間で完遂させるその熱量は、いわば『凍結された爆発』。もはや、これは土ではない! 芸術(アート) だ!」

「……」

ラルフとヴィヴィアン、そしてパトリツィアは、無言で視線を逸らした。

この天才のスイッチが入ると、彼はとにかく「面倒くさい」のだ。

「はーい、サラちゃん。ご褒美ですよー」

パトリツィアがフライドチキンを差し出すと、サラちゃんはそれをバクッと咥え、「バリ、ボリ、モシャ……」と骨ごと豪快に粉砕した。

その愛らしくも凶暴な咀嚼音に、ラルフは静かに冷汗を流す……。

そんな中、"戦利品"を手にした客たちが、満足げにラルフたちの横を通り過ぎてゆく。

「いやー、これは良い買い物をした! 早速、今夜は『居酒屋領主館』にて、"これ"で米酒を飲みたいもんだな!」

「いいですな! あそこなら色んな米酒がありますぞ! それに、熱燗も冷やも思いのままだ。"これ"でグイッと一杯、楽しみだなぁ!」

すると、ラルフが、止まった。

聞き捨てならない言葉が、脳内で警告音を鳴らし始める。

「お、おい。……パトリツィア。……念のため、確認なんだが。……これ、どれくらい、売った?」

「ん? えーっと……昨夜と今日だけで……うーん、千個近くは売ったかも!」

「せ、千……?!」

ラルフの脳裏に、最悪のシミュレーションが展開される。

手に入れたばかりの、色彩豊かな、希少な酒器。

自慢したくなるほどの、その美しさ。

それを試す場所として、あの好事家どもが選ぶのはどこか?

――間違いなく、自分の店――居酒屋領主館だ。

「せ、せ、千個の酒器が、売れたってことは……」

パトリツィアの笑顔の裏で、サラちゃんが「バリッ! ボリ、バリっ!」と骨を噛み砕く。

どうやら、

まだ……。続く、らしい。

また……。今夜も、

祭りが……。