軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

374.号砲

ロートシュタインの街中を震わせているのは、破竹の勢いで人々の営みに定着した。新たな娯楽――「魔導ラジオ」から流れる陽気なサウンドだった。

魔力同調の波に乗り、人々の鼓膜を物理的に、鼓動を情緒的に揺さぶる、その魔法の「小箱」から、今やこの地の「賑やかさの象徴」とも言えるあの声が響き渡る。

『さってぇ! お昼になりましたさぁ! いんやぁ、今日のロートシュタインはひゃんで快晴だねっかてぇ! パーソナリティはオラ、エルフのミュリエルがいぎますよ〜!』

突き抜けるような高音と、どこか牧歌的でいて破壊力のある独特の訛り。

彼女の冠番組『ミュリエルの食いしん坊ワッショイ!』の開始合図だ。

『今日はなんと! 新装開店を迎える『居酒屋領主館』に来てんだてっ! ……いんやぁ、たまげたねっかぁ! ひゃ〜、行列が彼方まで続いてんけど?! まるで祭りみってだねっか〜?!』

スピーカー越しでも伝わる、現場の異常な熱気。

興奮に上気した群衆の吐息が、バックノイズとして臨場感を煽る。

ミュリエルは獲物を見つけた肉食獣のごとき素早さで、最前線の男にマイク代わりの魔導具を突きつけた。

『したら……、ちょっとインタビューしてみっか! おーい、おめさん! ちっと良いかねぇ? 話、聞きてぇんだども!』

『あ、俺か?』

『んだんだ! いつから並んでん?』

『ああ、昨日の昼過ぎからだな……』

『いんや〜! そってはそっては……徹夜したん!」

男は、過酷な夜を乗り越えた者特有の、悟りを開いたような昏い瞳で不敵に笑った。

『……ああ。そりゃそうさ! なんたって、あのラルフ様の居酒屋領主館、新装開店だぜ? ……乗るしかねーだろ? このビッグウェーブに……!』

自信満々に言い放たれたその言葉は、ラジオを通じて領内、ひいては、"何故か"、近隣諸国にまで「宣伝」という名の劇薬として拡散された。

――夕刻前。

新装開店した『居酒屋領主館』の前に立ったラルフ・ドーソンは、自らの視界を疑った。

「……なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁ?!」

絶叫が、ロートシュタインの青い空に吸い込まれていく。

目の前にあるのは、もはや「行列」などという生易しいものではなかった。

人、人、人、人の、地平だ。

これまでも開店待ちの長蛇の光景は何度か見てきたが、今日という日は明らかに次元が違う。

この大陸に住む全人口が、この一点に凝縮されているのではないかという錯覚すら覚える。

「押すな! 押すなと言っているだろう! 店内は今までよりずっと広い! 順次入れるから列を乱すな!」

屈強な冒険者たちが、まるで暴動鎮圧のような形相で人員整理に当たっている。

「おいそこっ! 割り込みは即、叩き出すぞ!」

すると、その列から、

「これ、もう酒飲むってレベルじゃねーぞ?! オイッ!」

怒号、喧騒、そして期待という名の熱毒。

ラルフは滝のような汗を拭い、背後に控えるメイドを振り返った。

「あ、アンナ! 屋台のオーナー達を緊急動員しろ! 想定し得る限り最悪のキャパオーバーだ! 前庭も中庭も、なんなら目抜き通りも全部開放! ……こうなったら、祭りだ、祭りにするしかねぇ!!」

しかし、アンナの返答は、ラルフの絶望をさらに深い層へと突き落とすものだった。

「……既に手配済みです。ですが旦那様、王都からは大型観光魔導バスが既に十数台出立したとの知らせが届いております。これはもう、飲食店としても、一介の領主としても……対応限界を超えています。……"非常事態宣言"の発令をご検討ください」

「えっ? ……そ、そ、そ、そんなに?」

青ざめるラルフ。

だが、追い打ちは止まらない。

領兵が砂埃を上げて駆け寄ってくる。

「伝令! 伝令ッ!! 共和国から竜騎兵部隊が、通常の三倍の速度でここに向かっているとの報告が! ……率いるは王国貴族、リネア・デューゼンバーグ伯爵夫人です!」

ラルフの膝がガクガクと笑い始めた。

リネア。

あの自由奔放な夫人が、共和国の精鋭を、この、「飲み会」に誘ったというのか……。

(なにしてくれてんだよっ……?!)

と叫びたかった。

すると、そこに通りかかるは、リネアの娘。

「えっ? 何、震えてんの? ――あ、そうそう」

縦ロールのツインテールを優雅に揺らし、エリカが散歩でもするかのような足取りで通り過ぎる。

「皇帝陛下も、家族と臣下一同引き連れて来るって言ってたわよ。今ごろ国境越えてるんじゃないかしら?」

「そ、そ、……そういうのは、もっと早く言えよォォォォ?!!!!」

ラルフの怒号による風圧で、エリカのツインテールが真後ろに水平になびいた。

そこへ、もはや不法侵入に近いカジュアルさで現れたのは、一国の主であるウラデュウス国王だった。

「チッ、おいラルフ! うちの馬鹿息子ども――アンドレアスとヨハネスが城を抜け出しおったらしい。十中八九、目的地はここだ。見つけたら首根っこ掴んで報告しろ」

「ハァあ~?! 知らねーよ!! 他所の家の家出騒動に付き合ってる暇はないんだよッ! あんたらで何とかしろ! ……家出した生徒を夜の街に探しに行く熱血教師じゃねーんだよ、僕はッ!」

国王相手に一歩も引かないラルフの剣幕に、さすがの陛下も「ね、ねっけつきょうし……?」と困惑の表情を浮かべる。だが、混乱の極致はまだ終わらない。

海賊公社のメリッサと、シャークハンターズのフィセが、獲れたての魚介類が詰められた木箱を抱えて平然と現れたのだ。

「あ、ラルフ様! 港がパニックで船の渋滞が起きてるんで、対応をお願いします!」

「聖教国からも、東大陸からも、見たことないような豪華客船が山ほど来てますよーっ!」

彼女たちの屈託のない笑顔。

それは、ラルフに対する絶対的な、そして残酷なまでの「信頼」の証でもあった。

――ラルフなら、この未曾有の事態も、いつものように、誰もが驚くような方法で、解決してくれるはずだ。と。

しかし、当のラルフは、

実は、

な~んにも、考えていなかった……。

「……アアアアァ! もう! どいつもこいつも、偉い人達が動く時はもっとこう! 事前の調整とか、厳かな親書とか、段階を踏めよぉぉぉっ!!」

頭を掻きむしり、理不尽の極みに喚き散らす。

だが、来賓たちは知っていた。

この若き領主が、追い詰められ、正気を失いかけたその瞬間にこそ、食の歴史を塗り替える真の奇跡が起こることを。

これは、列強の重鎮たちが仕掛けた、最大級の期待を込めた「悪戯」だったのである。

「……うがぁぁぁぁぁぁ! ああもうっ! やってやろうじゃねーかっ?! ゴルァァァァァァァァァ!!」

ついにラルフの理性の糸が弾け飛んだ。

その左目に深紅の魔力が奔流となって渦巻き、天に掲げた右手には、魔導核熱を孕んだ特大の《 火炎球(ファイヤーボール) 》が生成される。

「全員、よく聞けェ! 飲めよ歌えよ踊り踊れよ、狂いやがれぇぇぇえ!! ――はい、ドォォォォン!!」

ヒュ〜〜〜〜ッ!!

と尾を引いて打ち上げられた魔力の塊は、夜の帳が降り始めたロートシュタインの上空で――。

ドーーーーン!!

腹の底を揺さぶる轟音と共に、見たこともないほど巨大で、七色の色彩の光を放つ大輪の華を咲かせた。

「うわぁぁぁぁ! 凄い! キレイっ!!」

「おぉぉぉ! ラルフ公爵、今回も、気合入ってんなぁ!」

遠く街道を進む魔導車の中、そして海上を進む船の上。

その「開演の合図」を見上げた来賓たちは、これから始まるであろう、最高に無茶苦茶で、最高に贅沢な夜を予感し、子供のような満面の笑みを浮かべるのだった。