軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

37.涙のトッピング

リック・デューゼンバーグ伯爵は、馬車に揺られ、ロートシュタイン領を目指していた。

彼の胸中は、言いようのない不安と後悔で満ちていた。

娘のエリカが王子に婚約破棄され、その身が奴隷に落ちたという報せ。何かの間違いであってくれと願ったが、それは紛れもない事実だった。

思えば、エリカを甘やかしすぎたのだろう。確かに、小さい頃から、謎の野心を表に出す子ではあった。しかし、初めて生まれた我が子。可愛くて仕方がなかったのも事実。それが、まさかあんなことになるなんて。

叔父にあたるグレン子爵が、「私に任せなさい。決して、悪いようにはしない」と言ってくれたが、娘は今、奴隷として、ラルフ・ドーソンの経営する酒場で働いているという。

ロートシュタインといえば、冒険者が集う荒れた街だ。そんな酒場で、自分の娘がどんな目に遭っているかと思うと、胸が締め付けられる思いだった。

「旦那様、まもなく、居酒屋領主館に到着します」

お付きの従者が声をかけてくれた。馬車が止まり、リックは深呼吸をして、店の前に立つ。中からは、信じられないほどの喧騒が聞こえてくる。彼は、平民風の質素な格好をしている。店に怪しまれないように、と。

意を決して、店の扉を開いた。

「だから! そのハンバーグをご飯に乗っけて、私の作ったカレールーをぶっかけて食べてみなさいよ! 飛ぶわよ!」

「いやぁ、俺はフレーバービールのツマミに、このタマネギソースが好きなんだが?」

「わかってないわね! カレーはすべてを超越するのよ!」

店内に響き渡る、聞き覚えのある声。リックは耳を疑った。

「おーい! エリカちゃーん! こっちに焼き魚くれよぉー!」

「気安く呼ぶなっての?! オーダー! 焼き魚ひとつー!」

「ちょっとぉー! 誰よお尻触ったの?! ラルフ! こいつに殲滅魔法ぶっ放してー!」

なんだか、想像していたよりも、ずっと元気そうな娘の姿だった。

「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」

一人のメイドがリックに声をかけてきた。

「あ、ああ」

リックは、呆然としたまま、言葉を返した。そのメイドは、アンナだった。

「ん? あれ? もしかして、デューゼンバーグ伯爵?」

アンナは、リックの平民風の格好にもかかわらず、すぐに彼に気づいた。

「あ、ああ。ちょっと待ってくれ! 今日は、お忍びなんだ」

リックは、慌てて声を潜めた。

「あー。なるほど。そういうことですね?」

アンナは、すべてを察したように頷くと、リックをカウンター席へと案内した。しばし待つ間、リックは店の様子を観察した。

「なんだこれ! ハンバーグ?!」

「いや、これ、また革命だろ?!」

客たちの間では、初めて見る料理「ハンバーグ」が話題になっているようだ。冒険者や商人が多いが、どこかで顔を合わせたことのある貴族たちも、お忍びで交じっている。皆、生き生きとした表情で、料理と酒を楽しんでいる。

「あー、ご新規さん! ここは初めて? とりあえず、カレーがオススメよ! 私が作ったカレールーなのよ! カレーライスにハンバーグトッピング! どう?」

そう聞いてきたのは、いつの間にか傍らに来て、熱心に話しかけてくれる、エリカだった。彼女は、かつての高慢さは鳴りを潜め、生き生きとした表情でこちらを見つめる。

「あ、え、え、エリカ」

リックは、思わず娘の名を呼んだ。エリカはリックの顔を見て、驚きに目を見開いた。

「あっ、あれ? お父様??」

リックは、たまらずに娘に抱きついてしまった。

「ちょっ! ちょっと、お父様、私、仕事中でしてよ!」

エリカは、抱きしめられながらも、周囲を気にして小さな声で抗議した。

「すまない。すまない! 私は、助けられなかった! お前を! 私の、私のせいだ!」

リックは、人目もはばからず、娘を抱きしめて涙を流した。

他の客はキョトンと、わけが分からない様子で、親子の抱擁を見つめている。

すると、カウンターの向こうにいたラルフ・ドーソン公爵が、いつもの飄々とした態度で口を開いた。

「ああ。デューゼンバーグ伯爵。今日のオススメは、ハンバーグと、"ウチの従業員"のエリカが作ったカレーです。どうですか? かなり美味いですよ。食べてみては?」

ラルフの言葉に、エリカはパッと顔を上げた。

「えっ! 私のカレー、美味しいの?! ねぇ、美味しいって言ったでしょ!」

エリカは、興奮してラルフに詰め寄った。その姿は、かつての傲慢さとはかけ離れた、年相応の少女の表情だった。

「調子に乗るな! 早くデューゼンバーグ伯爵に、我が店自慢の一品を提供しろ!」

ラルフに一喝され、エリカは「むー!」と不満げにしながらも、リックに向き直った。

「お父様! 待ってて下さいませ! 私が作ったカレーと、このお店のハンバーグ、きっと気に入ってもらえるわ!」

エリカは、まるで店の看板娘のように、胸を張って言った。リックは、娘の変わり果てた、いや、生き生きとした姿に、ただただ驚くばかりだった。

「おーい! 俺もカレーハンバーグを!」

「こっちもだぁ! カレーライス大盛りに、ハンバーグ二枚トッピングしろー!」

何故か冒険者たちから次々にオーダーが入る。

「うっさいわねー! あんた達、さっきは断ったでしょ?! ちょっと待ってなさい!」

リック・デューゼンバーグ伯爵。彼の目には、涙の向こうに、娘の新たな、そして輝かしい姿が映っていた。