軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

345.崩れ落ちる日々

領主館を飛び出した三人の視界を塞いだのは、希望の光ではなく、絶望の象徴たる黒煙だった。

ラルフ、ヒューズ、そしてファウスティン公爵。彼らが見上げる空は、かつての平穏を嘲笑うかのように、ロートシュタインの至る所から立ち昇る濁った煙に汚染されていた。

孤児院へと全速力で駆ける彼らの前に、異様な光景が立ちふさがる。

見慣れた女騎士、ミラの細い背中。そして、それに対峙する、鉄と魔力の異形——。

「ミラっ! 大丈夫か?!」

ラルフの叫びに、ミラは肩で息をしながら振り返った。その瞳には、かつてない困惑と恐怖が滲んでいる。

「マスター?! はい……ですが、突然、街の至る所にこの『怪物』たちが……」

ラルフたちはミラの前に進み出た。対峙する魔導兵器の冷徹な威圧感に、ファウスティンの頬がわずかに引き攣る。

「ラルフ、まさかこれは……?」

魔導水平二連銃:スクリーミング・ディーモンの銃身をその異形へ向け、呟く。

「……その『まさか』です。大戦末期に共和国が実戦投入した、禁忌の魔導機械化兵装——"カスカラッド"」

「嘘だろ……。あの技術は講和条約で、すべて破棄されたはずだ?!」

ヒューズが背中の大剣を抜き放つ。歯を軋ませる音が、静まり返った通りに響いた。

「原理そのものは、魔導車の応用でしかない……。回路を組む 術(すべ) を知る魔導士がいれば、再現は可能だ」

ラルフは、魔導士として、そして発明家としての冷徹な知見を述べた。しかし、その声は微かに震えている。

「マスター……」

ミラが怪訝そうに呟く。

「私も大戦でこれに似た兵器を見た。けれど、これは……あまりに大きすぎないか?」

ミラの指摘は正しかった。

全高:約四メートル。魔獣の如き重厚な装甲。かつてのそれは、兵士の動きを補助する「強化外骨格」——ラルフの知る言葉で言えば「パワードスーツ」に過ぎなかった。

だが目の前のそれは、魂を持たぬ巨神、あるいは"リヴィング・アーマー"そのものだ。

「……人が、中にいるのか?」

ミラの問いに、ラルフは苦渋を滲ませて頷いた。

「そのはずだ。ミラ、ヒューズ。奴の 項(うなじ) にある魔導回路を切断すれば、動力は止まる。頼む、無用な殺生は——」

だが、この有事という狂気において、ファウスティンの決断は氷のように冷酷だった。

「ふん、それがお前の甘さだ。……俺に任せろ」

特製の弾包が装填される。竜殻晶とアダマンタイトの結晶体——対竜徹甲弾『ドラゴン・スレイヤー・スラッグ』。

「ま、待って! ファウストさん……!」

ラルフの制止が届くより早く、ガオオオォン!! と、大気を引き裂く雷鳴が爆ぜた。

白煙が舞い、魔導兵装の頭部が、まるで紙細工のように粉々に砕け散る。

「中に人がいるんですよっ!!」

ラルフの悲痛な叫びを、二発目の轟音が無慈悲に塗りつぶした。

ガオオオォン!!

魔導兵装は、皮肉な舞踏を踊るかのように半回転し、重苦しい音を立てて大地に沈んだ。装甲の隙間から、どす黒い液体が石畳を濡らしていく。

「……なんてことを……! なんでっ、こんなことをっ?!」

ラルフが食ってかかる。だが、ファウスティンはその胸ぐらを強引に掴み、怒声を浴びせた。

「コール・ディッキンソンは、お前を殺しに来たんだ! お前だけじゃない、この街のすべてを焼き尽くそうとしているんだぞ! その甘さを捨てろ! さもなくば、お前は死ぬ! お前だけじゃない!! それを理解しろっ!!!」

残酷な真実が、ラルフの瞳から感情を奪い去った。

(僕のせいだ。僕の過去が、この街を、みんなを……)

胸を焼くような焦燥と後悔。

その時、通りの向こうから、冷徹で優雅な声が響き渡った。

「ラルフ・ドーソン。誘いに応じぬ不義理な貴君のために、こちらから出向いてやったぞ。……感謝するがいい」

十数体の"カスカラッド"を従え、亡国カドスの伝統衣装に身を包んだコール・ディッキンソンが、悠然と歩みを進めてくる。

「……コール……。君の恨みは、わかる。だが、無関係な民まで巻き込むのは筋違いだ」

「筋違いだと? 先の大戦で無辜の民を、魔法という業火で焼き払った貴様がそれを言うか。なあ、『殲滅の魔導士』よ」

「貴様に何がわかる!」

ミラが激情を爆発させる。

「マスターは戦争を終わらせるために、その罪を、呪いを一人で背負ったんだ!」

「……私も戦ったのだよ」

コールの声が、慟哭となって溢れ出す。

「王国に裏切られ、民を守るために、カドスの誇りを守るために! 泥をすすり、共和国の手先となって剣を取った。なのに……! カドスは消えた。歴史の染みとしてだけ名を遺し、すべてを奪われたのだ!」

ファウスティンが鼻で笑う。

「だから、生き残ったお前の愚かな復讐で、またその悲劇を繰り返すというのか?」

「その侮辱は、我が民への侮辱。貴様らは常に勝者の論理で語るのだ……。よし。皆の者! その積年の恨みを、言葉に変えて叩きつけてやれ!」

コールの号令に応じるように、周囲の兵たちが、そして魔導兵装の中に潜む者たちが、呪詛を吐き出し始めた。

「俺は、リタを……。婚約者を失った。魔導適性が高いかって、共和国に徴用され、連れて行かれたんだ……」

「アタイの旦那も息子も……。あの日の夕食の時、『帰ってきたら大金持ちになれる』って笑ってたのに……帰ってこなかったよ……今も、ずっと待ってるのに……」

次々と耳に届く、血の通った怨嗟の声。それはラルフの心を抉り、思考を麻痺させた。

「ラルフ・ドーソン。理解したか? お前の『罪』の深さを」

コールが無表情に見下ろす。ラルフは震える声で、ただ一つの願いを口にした。

「……ミンネと、ハルは……二人はどうした?」

「おい、連れてこい」

コールの命により、兵士に引きずられるようにして現れたのは、恐怖に顔を歪ませた幼い少女たちだった。

「お兄ちゃん!」

「お兄ちゃん、私達は、大丈夫だからっ……!」

すると、

「卑劣な真似を……! 貴様らに誇りはないのか?!」

ヒューズが大剣を構え直すが、コールは嘲笑を浮かべる。

「誇り? そんなものはあの敗戦で焼き尽くされたよ。……それに、勝つためにはどんな手でも使う……それを教えてくれたのは、他ならぬ貴様だよ、ラルフ」

ラルフは、膝から崩れ落ちた。

石畳の上に額を擦り付け、貴族としての矜持も、魔導士としての自尊心もかなぐり捨てた、無様な土下座。

「コール……頼む。なんでもする。二人を返してくれ。……頼む、この通りだ……」

「ほう? ……ならば、ラルフ・ドーソン。このロートシュタインを、我らに明け渡せ」

「なっ……それは、明白な王国への侵略行為だぞ、貴様!」

ファウスティンの叫びを、コールは冷たく一蹴する。

「共和国が我らにしたことと、何が違うのかね? ここはかつて、カドス民族の地だった。……我々も同じ、ただ、奪われたものを取り返すだけだ。正義は、我らにある」

その時、天を裂く咆哮が轟いた。

「グギャァァァァァァァァァ!!!」

深紅の巨体、ワイバーンのレッドフォードが飛来し、その尾の一振りで一体の魔導兵装を弾き飛ばす。

「グオっ!!!」

「マズい! 例のワイバーンです!!」

レッドフォードの背中から飛び降りたのは、スズとクレア王妃だった。

「ラルフ、私たちがこいつらを制圧する。いい?」

スズの瞳に宿る獰猛な光。

クレア王妃の手には、二振りの聖剣が握られていた。

「……やはり、あの時、根絶やしにしておくべきでしたわね?」

「ダメだ! 二人とも! やめてくれ!!」

ラルフは血の滲むような叫びを上げる。

「街中に 魔導機械化兵装(カスカラッド) がいるんだ! 戦えば、無関係な人たちが死ぬ!」

ラルフの悲痛な叫びに、

「構わん! ここは俺たちの街だ! 命に代えても、俺たちが守るっ!!」

いつの間にか集まっていたドワーフの親方や、騎士、冒険者たちが武器を手に叫ぶ。

「死んでも守ってやるっすよ!」

ポンコツラーメンのジュリも涙を拭い、構えをとる。

しかし、ラルフは首を振り続けた。

「ダメだっ! 犠牲は、一人だって出しちゃいけない……!」

レッドフォードが、まさに"逆鱗に触れた"咆哮を上げ、目の前の憎き侵略者どもを焼き尽くさんと、ブレスを放とうとした。

だが、ラルフはその前に立ち塞がり、

「やめろっ! 頼むっ、ヤメてくれぇ! レッドフォード!!! 頼むからっ!!!」

その目に光る、愛する主人の涙を見たワイバーンは、悲しげに喉を鳴らし、その尾を垂れた。

言いようのない、残酷な静寂。

ラルフは泥に塗れた顔を上げ、コールを見定めた。

「……わかったよ、コール。僕は、ロートシュタインを明け渡す。……だから、もう誰も傷つけないでくれ。……頼む……。貴族の誇りに懸けて、いや、これはラルフ・ドーソンとしての、僕個人の約束だ。その言葉に、二言はないと誓う……」

再び、額を石畳に打ち付ける。

誰もが言葉を失った。

憤怒、悔しさ、やるせなさ。それらが渦巻く中、コールは静かに歩み寄り、ラルフの後頭部を軍靴で踏みつけた。

「ふんっ、不様だな……今日、この地は"新生カドス国"として生まれ変わる!! そして、貴様は……楽には死なせんぞ……。せいぜい、絶望を味わえ……。ラルフ・ドーソン……。貴様は、追放だ……。何も持たず、ここから去れ!!!」

人々の非難と、絶望は、更に渦巻く。

「なんでっ?! どうしてっ?! ラルフ様ぁぁぁ?!」

「やめてくれよっ!」

「ラルフ様っ! 頼む、戦わせてくれっ!!」

「アンタの為だったら、命は惜しくない! 頼むっ!! 俺達に、戦えと、ロートシュタインを守れと命じてくれぇぇぇぇぇ!!!!!!」

だが、コールの命令はさらに残酷だった。彼は振り返り、忠実なる部下に対して、

「おい……。あの薄汚い店は……壊せ」

数体の魔導兵装が、ガシャリ、ガシャリ、と。無機質な足音を響かせ、居酒屋領主館へと歩を進めてゆく。

「や、やめろぉぉぉぉおおお……!」

「それだけは、やめてくれぇぇぇぇぇ!!」

人々の絶叫の中、魔導兵器の熱線が、赤く明滅した。

温かな笑い声が絶えなかった、あの……。

あの場所に集う、誰に対しても等しく……。

今日を精一杯生きたご褒美と、明日も生きる意味を与えてくれた、あの場所が……、

崩れ落ちていく……。

――この日、ロートシュタイン領は陥落した。