軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

328.剣閃の酔夜

王都の片隅に佇む"刀剣酒場"。

その夜は、剣を愛する者たちの静かだが確かな熱狂を伴って更けていく。

魔導士であるラルフは、当初こそ場違いな居心地の悪さを感じていたが、酒を飲めば飲む程に、それはあまり気にならなくなった。

それに、案外と店内には顔見知りも多かった。そのほとんどが、ロートシュタイン領の「居酒屋領主館」で杯を交わしたことのある貴族や冒険者たちだ。

(領主の傍ら、居酒屋の店主などやっていると、案外と顔が広くなるものだな……)

そんなちょっとした再発見に、ラルフは密かな喜びを感じていた。

「パリポリパリポリ……。へぇ〜、ジャンバティスタさんの実家って鍛冶工房なんだ。なるほど! だからそんなに剣が好きなんですねぇ!」

ラルフは今、先ほど知り合った禿頭の大男、ジャンバティスタとカキピーをつまみながら、立食形式の飲み会に興じていた。

「へ、へい……。しかし、俺ぁ鉄打ちの才能がありませんで。家業は弟が継ぎましてねぇ」

「そうなんだ! でも、剣を愛する心は持ち続けてきたんだね」

「お恥ずかしながら、これがまた剣を振るう才能もからっきしでして! ですが、観るのは本当に大好きで。コレクションもいくつか所有しているのですが、そんな自分でも、こうして帯剣してこの店を訪れる時が、何よりの至福の時なんですよ……」

しみじみと語るジャンバティスタの言葉には、偽らざる情熱が宿っていた。

カーライル騎士爵が趣味で開いた飲み屋だと思っていたが、こうして誰かが日々を生きる活力を見出している。その事実に、ラルフは心から感じ入り、思わず笑みがこぼれた。

ジャンバティスタのグラスが空になったのを見て、ラルフは白ワインのボトルを差し出す。

「あっ! すいません! すいません!!」

恐縮して腰を浮かす大男。ラルフが公爵であり、ロートシュタインの領主であると聞いてから、彼はこの調子だ。

「いいからいいから! ささっ!」

「かたじけねぇ……」

再び呑み交わす二人。

ふと、ラルフは展示されているある一点に、何度目かわからない熱視線を向け、深いため息を漏らした。

「ハァ……。あー、"アレ"、いいなぁ。騎士爵に売ってくれって言ったら、即座に『ダメ!』って言われちゃいましたよ」

彼が未練がましく愚痴るのは、あの謎の"ドラゴン剣"だ。

「まさか"アレ"に目を付けるとは。ラルフ様も、男ですなぁ! ハッハッハ!」

「そりゃあそうでしょ! へっへっへっへー!」

招待された時はあんなに面倒くさがっていたくせに、今や誰よりもこの場を楽しんでいるラルフだった。

「そういえば、ジャンバティスタさんはご結婚されてるんですよね? 剣のコレクション、奥さんに何か言われたりしません?」

聞いてみれば、この花屋を営む巨漢は、二人の娘を育てる良きパパだという。

野盗か狂戦士のような風貌とのギャップに、同行していたミラとスズは呼吸困難になるほど笑いを堪えてぶっ倒れていた。

メリッサ船長だけは、「人は見た目ではない! ああいう男には、案外、気立ての良い美人の奥方がいるものさ」と、何故かこの世の真理でも語るように宣っていたが。

「あ、ああ……。コレクションを増やすたびに、『また似たようなモノ買ってどうすんのさ!』って、怒られるんですわ……」

「ハーハッハッハッハ! ひぃ〜、お腹痛い! やっぱり、どの世界でも同じかよ!」

ラルフは爆笑するしかなかった。旦那の趣味は、いつの世も理解されない。

前世でも聞いた覚えがある――バイク、ギター、フィギュア、時計、スニーカー、etc――。コレクターという人種の欲望と、その浪費に目を光らせる奥方の気苦労。世界を跨いでも変わらぬその夫婦の営みに、独身だった前世の自分を重ね、おかしくも少しだけ切なくなる。

(しかし、この大男を尻に敷く女性とは、一体どんな風貌なんだろう?)

メリッサの予言を疑い、きっとアマゾネスみたいな女性なんだろうな! と失礼極まりない妄想を膨らませていると――。

店のオーナーであるカーライル騎士爵が、一人の男を伴って近づいてきた。

「いやぁ、楽しんでくれているようで何より。して、ラルフ。紹介したい者がいるのだ……」

その言葉を、ラルフは静かに遮った。

「やぁ、コール・ディッキンソン。久しぶり。……元気そうだね?」

騎士爵の背後に控える、豪華な装束を纏った男。浅黒い肌にウェーブした黒髪。狐のように鋭い顔立ちの男を、ラルフは真っ直ぐに見つめた。

コールと呼ばれた男は、明らかな敵意を滲ませた眼差しで、ラルフを射殺さんばかりに睨みつける。

「ラルフ・ドーソン。……何故、俺がここに、いるか? わかっているよな?」

冷たく言い放つ。

事の次第を、その厄介事を――いや、自らの罪を自覚したラルフは、深く深呼吸を一つ。

「カーライル騎士爵。まさか、このために僕を呼んだのですか? 彼と僕の因縁を、すべて知っていて?」

おちゃらけた空気を一変させたラルフの真剣な迫力に、騎士爵は狼狽した。

「むっ? い、いや! なんのことだ? 儂はただ、彼から『是非とも殲滅の魔導士に会ってみたい』と請われて……」

「いや。騎士爵殿は悪くない。すべて、俺が仕組んだことだ。……再び、お前に会うためにな」

コールの言葉が、冷たく店内に響き渡る。

誰の目にも、二人の間に浅からぬ因縁があることは明白だった。

その重苦しい気配に、店内の喧騒は潮が引くように静まり返る。

「でも……本当に久しぶりだね。少し痩せた? 顔を合わせるのは学園以来かな」

努めて平和的に問いかけたラルフに対し、コールは吐き捨てるように言った。

「いや……最後は、あの戦争の時だ。"プロドスの丘"でだ。俺の部隊は遠く離れて布陣していたが、丘の上に立つお前の姿は、この目に焼き付いている。……お前には、見えていなかっただろうがな」

固唾を呑んで見守る客たちは、朧げながら事情を察し始めた。

王都魔導学園での出会い。そして、あの王国と共和国との大戦。そこで生まれた禍根。

「で? 何の用かな。騎士爵を騙してまで、僕に会いに来たのは」

「決まっているだろう。……敵討ちだっ!!!」

刹那、コールが動いた。

誰の目にも留まらぬ神速。

腰の剣を引き抜き、ラルフの喉元へ突き出す。

その刃からは、まるで煉獄のような炎が迸る。

「《 位相(フェイズ) 》」

ラルフが右手をかざすと、魔法の干渉により剣の炎は瞬時に相殺された。

しかし、コールの剣尖は止まらない。

ラルフの喉元、わずか一ミリの距離で、それはビタリと静止していた。

あと数ミリ突き出せば、ラルフの命を奪える距離。

しかし、ラルフは感心したように。

「相変わらず。いや、腕を上げたみたいだね? コール。本当に、凄まじい"魔法剣"の腕前だ」

死を目前にした男とは思えない絶賛。

だが、コールはそれ以上動けなかった。

何故なら、

いつの間にかコールを取り囲むように、至近距離で四振りの凶刃が突きつけられていたからだ。

魔剣:ルシドを構えるミラ。

木の棒に見えて神聖な威圧感を放つ聖剣を突きつけるクランク。

大太刀を引き抜き、コールの後ろ首に添えているメリッサ。

そして、神速の抜刀術の構えをとるスズ。

四方から向けられる凄腕剣士たちの殺気に、コールは極めて冷静に、己の劣勢を悟った。

「相変わらずだな……、"取り巻きを作ることだけ"は上手いようだ。……この卑怯者が!」

悔しげに悪態をつくコールに、ラルフはそっと剣の切先を摘んだ。

「なぁ……ここは剣好きが、平和的に酒を飲んで語らう店だ。これじゃあ、興醒めじゃないか? もしよければ、また出直してほしいなぁ〜。僕はロートシュタイン領の、居酒屋領主館にいるから。逃げも隠れもしないよ」

凍りつくような緊張が数秒。まるで戦の渦中にいるような、長く重い刹那。

やがて、コール・ディッキンソンは、つまらなそうに鼻を鳴らした。

「ふん。……カーライル騎士爵。大変にご迷惑をおかけした。此度は、これで失礼させていただく」

最低限の礼を執り、彼はひらりと店を後にした。

剣を下ろす面々。

厄介事は去ったが、それが「大いなる厄介事」であることを、その場の誰もが予感していた。

静まり返った店内で、スズが不安を代弁するように問いかけた。

「あの人……どういう関係? 凄く、ラルフのこと、恨んでるみたいだったけど」

ダンジョンに引きこもっていた彼女にとって、広い世界を解放してくれたラルフについての事柄は、もはや他人事ではなかった。

「ああ……同級生だ。あの時、彼は留学生で、今は共和国に併合された小国の――王子さま、だったんだ」

「だった――つまり過去形ってこと? ……それと、敵討ちって。どういうこと?」

ラルフは極めて無表情に、その残酷な事実を淡々と口にした。

「ああ。……彼の父親を殺したのは。紛れもなく……僕だからね」