軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

294.ポンコツの敗北

王都からロートシュタイン領へと続く、広くなだらかな舗装街道。その上を、最新型のエスユーブイタイプの魔導車が滑るように疾走していた。

重厚な車体を軽々と御し、ハンドルを握るのは、デューセンバーグ伯爵。

日没前の柔らかな光が、車内の高級な革シートに落ちていた。

後部座席には、三人の麗しき女性。超絶大人気ラーメンチェーン店"ポンコツラーメン"の共同経営者である、パメラ、マジィ、ジュリである。

「ハァ〜。本当に疲れたわねぇ……」

パメラが、窓の外を流れる景色を見つめながら、深いため息をついた。王都の喧騒と形式的なやり取りは、彼女たちの自由な気風にそぐわない。

「やっぱり、王都は空気が違うというか、慣れないなぁ」

マジィが、背もたれに体重を預けて言う。

「そうっすよ! ロートシュタインが一番っす! ロートシュタインがホームっすよ!!」

ジュリが力強く同意し、地元への愛着を露わにした。

疲労の色は濃いものの、帰路についた安堵感が、彼女たちを包んでいた。

バックミラー越しに、伯爵が優しい眼差しを向ける。

「しかし、新たなフランチャイズ・オーナーが見つかったのだろう。実にめでたいではないか? これから、ますます稼ぎが伸びるな!」

その言葉に、パメラは複雑な表情を見せる。

「まあ、そうなんですけどねぇ……。貧乏生活に戻りたいわけじゃありませんが、さすがに、この忙しさは疲れます」

「稼げねぇ時代もそれはそれで地獄だったけどな。さすがに連日となると、疲れる」

マジィも本音を漏らす。

「もう少し、休みは欲しいっすよねぇ。このままだと、いつか過労で本当の"ポンコツ"になりかねないっす」

かつては「ポンコツ三人娘」と呼ばれ、日々の糧にも困窮していた冒険者時代。

今や、その頃からは想像もできないほど多忙なラーメンチェーン店のオーナーとなった彼女たちは、その"稼げなかった頃"の、ある種の気楽さを、時折、懐かしく、そして少し恋しく思っていた。

「まあ、"あの領主"に関わった時点で、諦めることだな。彼の手にかかれば、お前たちの人生など、もはや立ち止まることは許されない。……まあ、ウチのエリカもだがな……」

デューセンバーグ伯爵は、年長者としての含蓄ある言葉を贈る。

「あ、その……、え、エリカさんには、敵わない……」

「あ、あのぉ? 諦めて、どうすれば?」

「あの領主さまって、あの領主さまっすもんね〜」

三者三様、もう諦めなければいけないことは、深く理解している。

「……まあ、三人とも、まだ若い! がむしゃらに何かに打ち込むことは良いことさ! その情熱が、ロートシュタインの活力になっている!」

もちろん、「あの領主」とは、彼女たちの人生を一変させた張本人、ラルフ・ドーソンのことだ。

彼女達だけでなく、全員、人生を狂わされている。

夕刻前、魔導車はロートシュタインの目抜き通りに到着し、三人は降車した。

「ありがとうございました!」

「また飲みましょう、伯爵!」

「またっすねー! エリカのお父ちゃーん! 安全運転であざーっす!」

王都までの往復を快く引き受けてくれた伯爵に、三人は手を振った。

デューセンバーグ伯爵はこれから、「居酒屋領主館」に向かうという。妻のリネアが、この地で建設中の別荘の図案を大工たちと話し合う予定で、自由な気風に感化された奥方の暴走を、なんとか阻止せねばと危惧しているらしい。

しかし、尻に敷かれている感が否めない伯爵が、ロートシュタインの「自由」を手に入れた妻の欲望を制御できるかは、極めて謎であった。

「さて、夕飯は、どうする?」

パメラが空腹を覚え、お腹を押さえる。

「いっそ、私たちも領主館に行けばよかったじゃねーか?」

マジィの提案に、ジュリは不敵な笑みを浮かべた。

「ふっふっふー。実は、とっておきの"試作品"を試してもらいたいんすよー。ウチまで来てもらえませんっすか!」

何やら確固たる企みがある様子のジュリに、二人は素直に従う。

三人は、夕暮れに染まり始めた街を連れ立って歩き出した。

この時間から、屋台からこぼれる暖かな灯り、香ばしい匂い、そして人々の賑やかな話し声が織りなすロートシュタイン特有の喧騒は、王都の形式的な空気から解放された彼女たちの心に、居心地の良さと安らぎを与えてくれる。

運河沿いに建てられた、可愛らしいレンガ造りの平屋。それが、ジュリの住処である。

かつては、三人で一つの宿屋の雑魚寝部屋を転々としていた彼女たちだが、今やそれぞれ、"邸宅"と呼べる住まいを持つ、一国一城の主なのだ。

扉を潜り、ジュリが魔導灯に炎の魔石をセットすると、淡い光が空間を浮かび上がらせた。

「うわー! 意外と広々としてるわね!」

「結構キレイにしてるじゃーん?! ジュリにしては珍しい!」

パメラとマジィは、ジュリの居住空間を褒める。

「へっへっへー。こういう家に住むのが、夢だったんすよ!」

ジュリの平屋の内部は、まるで物語の中のようだ。レンガの壁に囲まれた空間は、貴族の応接室と見紛うばかりの広さ。

炊事場は木製のカウンターに囲われ、貴族御用達の洒落た酒場の趣がある。壁際にはドワーフ謹製の頑丈そうなベッド。

本棚には、ぎっしりとロートシュタイン出版の書籍が並ぶ。可愛らしいデザインの魔導ランプやハーブの鉢植えが絶妙に配置され、庶民的でありながら、洗練された空間デザインのセンスが感じられる、ジュリならではの住処だった。

パメラとマジィは、ふかふかのソファに並んで座る。目の前の円形テーブルは、酒樽の上部を輪切りにして作られたもののようだ。その中央に、ラルフ・ドーソン作のぐい呑みが、キャンドル入れとして利用されているのを見て、二人はジュリの意外なお洒落センスに感心した。

「まあ、気楽にやってて下さいっす! お酒は、テキトーに保冷庫からとっていいっすよー」

ジュリはカウンターに立ち、さっそく調理を始める。

「そんじゃ、遠慮なく何か冷たいもの頂こうかしら〜」

パメラは小さな保冷庫を開け、中を物色する。

「何か手伝おうか? ジュリ」

マジィが申し出るが、ジュリはテキパキと手を動かしながら答える。

「いいっす! すぐできるんでー!」

その調理の所作は、普段屋台で働くことで洗練されており、この領地に「美味しい革命」を起こしたラルフ・ドーソンのそれと、どことなく似ていた。

パメラとマジィが、白ワインを片手に、たわいない世間話を交わしていると、割と早く、調理は完了した。

「できたっす! これが私の試作品、『血の鍋』っす!!」

ドーン! と、円形テーブルの真ん中に、熱々の土鍋が置かれた。

その名の通り、真っ赤な汁に、肉や野菜がたっぷりと沈んでいる。漂うのは、酸味を帯びた、濃厚なトマトスープの芳醇な香り。

「なるほどー! "血のラーメン"のスープで、鍋にしたのねー!!」

パメラが叫ぶ。彼女たちの人生の分岐点となった、あの「血のラーメン」。それを開発したことで、彼女たちは今の恵まれた生活を手に入れたのだ。

「これは、もしかすると、新メニューにできるのでは?!」

マジィは目を見開く。

「あの時、うらぶれた宿屋の一室で、身を寄せ合い、あの"血のラーメン"を啜った時の事が、まるで昨日の事のようだわ……」

感慨に浸るパメラ。

そういえば、あれからまだ一年も経っていない。それでも懐かしいと感じるのは、あまりにも怒涛の急転直下な出来事が多すぎたせいだろう。今年の夏には、ロートシュタイン祭で「金獅子勲章」まで受賞し、まさに人生が一変した。

しかし、あの頃のように、また三人で一つのメシを囲むという行為に、なんとも言えぬ温かい感慨が湧き起こる。

「さ! 食べましょ!!」

ジュリが小皿に具材をよそう。

「オーク肉と、モヤシ、そして、ホクホクの紅芋も入ってるな!」

マジィが具材を言い当てる。

「いや、これ、絶対に血のスープに合うでしょ?!」

パメラは、その見た目と香りで、この料理が新たなヒット商品になり得ると直感した。

「そして、シメは、麺を投入するっす! 肉と野菜のエキスが溶け出したスープで完成する、究極の〆麺料理! どうっすか? これは、ラルフさまでさえ、思いつかないっす!!」

ジュリが自信満々に胸を張る。

「天才だ……、ウチには、料理の天才がいた」

パメラはワナワナと震えながら、その料理を貪り食う。

濃厚なトマトの旨味と酸味、そしてオーク肉の野性的なコクが混ざり合い、熱いスープが体を芯から温める。

「これ、絶対に、売れる!!」

マジィも、スープをズズズズズズーッ! と音を立てて飲みながら、甘く酸っぱい、脂が溶け出したその魅惑の美味に、新たな商機を見出した。

しかし、後日。

そんな彼女たちの勢いと、浅はかな思い付きが、"真の天才"を前にして、いかに無意味であるかを自覚する出来事が起こった。

三人が、屋台を早めに切り上げ、久しぶりに「居酒屋領主館」に赴いた時のことだ。

メニュー表に、「トマト鍋」の文字。

興味を持った三人の前に運ばれて来た土鍋。

それは、ジュリが試作した「血の鍋」とは、似て非なるものだった。

具材は、クタクタに煮込まれたキャベツと、腸詰め(ソーセージ)、そして、ニンジンと馬鈴芋。

そして、極めつけは、シメとして、米を投入し、その上にチーズをたっぷりふりかけた、リゾット風の一品だという。

トマトスープと、香辛料を利かせた腸詰めの相性に、パメラの表情はみるみる青ざめる。

「えっ……。こ、こんな、こんなの、あり?」

オーク肉よりも、内臓の苦味や香辛料の刺激を利かせた腸詰めとの絶望的なまでの美味しさに、彼女は思わず現実逃避しそうになる。

「な、なんで、なんでニンジンが美味いんだよ?!」

マジィは、悔しさのあまり、拳をテーブルに叩きつけた。彼女たちが絶賛した「血の鍋」と比べ、その完成度は雲泥の差があった。

「め、麺じゃないんすね? で、でも。……米と、チーズ……。そんなの、思いつかないっすよ〜!!!」

ジュリは、もはや敗北感から、涙をダラダラと流す。

(……結局、天才には、勝てない……)

三人とも、すっかり意気消沈してしまったその時。

「あ、あのぉ……。どしたの? 三人とも? せっかくの料理が、冷めちゃうよ?」

と、当事者であるラルフが、無自覚に三人に声をかけてきた。

しかし、三人は、キッ! とラルフを睨み付け、シメのトマトチーズリゾットを、がむしゃらにかき込むのだった。

「えっ?!! どゆこと?! 何っ?! なんなのさっ?!!」

ラルフに人生を狂わされた「ポンコツ三人娘」の心の内など知る由もなく、相も変わらぬロートシュタインの夜は、騒がしく、そして、幸福に更けていくのだった。