軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

26.グルメと株式会社

あれから三日後、開店前の居酒屋領主館の客席は、普段の喧騒とは打って変わり、静かな緊張感に包まれていた。

テーブルには、ラルフとアンナ、そして商業ギルドのギルドマスターであるバルドル、さらにはグレン・アストン子爵の姿があった。

四人の中心に立つラルフは、どこか得意げな表情を浮かべていた。

「では、改めて宣言する。本日、ここに"株式会社グルメギルド出版"を立ち上げる」

ラルフの言葉に、ギルマスをはじめ、アンナもグレン子爵も、皆がポカーンとした顔になった。「カブシキガイシャ」という聞き慣れない響きと、その意味が理解できないのだ。

ラルフは、そんな彼らの反応を予想していたかのように、前世の知識から、株式会社という仕組みについて詳しく語り始めた。

「つまり、この会社は、皆から出資を募って設立される。そして、この会社の利益が出れば出るほど、出資額に応じて配当金が得られるという仕組みだ」

「しかし、利益が出なかったら?」

ギルマスが、不安そうに尋ねた。

「だからこそ、出資者はそうならないように、経営努力をしてくれ。いわば、出資者全員が経営者だ。金を出せば出すほど、経営方針に口も挟み放題というわけだ」

ラルフは、株主という概念を説明した。グレン子爵は、難しい顔で腕を組み、バルドルは、ひたすら戸惑っているようだ。

アンナが、疑問を口にした。

「しかし、それで、商業ギルドの抱える問題は、どう解決するのですか?」

「いい質問だ、アンナ。まず、今の商業ギルドの問題としては、私の提出したレシピ、及びこれから提出するであろうレシピの登録作業に忙殺されてるわけだ」

ラルフの言葉に、バルドルは顔を青ざめさせた。

「まだ、隠し持ってるレシピがあるのですか?!」

「とにかく。この会社では、レシピ本を出版する。商業ギルドの既存のシステムで登録するのではなく。広く多くの人にレシピ本を買ってもらうことで、利益を出す」

ラルフの言葉に、バルドルは焦りの表情を浮かべた。

「そんな! それでは、レシピを公開するようなものではないですか?」

「ある意味ではそう。しかし、レシピ本が売れれば、それは利益になる。しかも、かなり大きな利益に、だ」

「いや、しかし! それでは、レシピの独占権や、二次利用、登録料といった、商業ギルドの既存の収入源を失うことに……」

バルドルが、半ばパニックになりながら反論した。

「そんな"はした金"で満足と?」

ラルフの挑発的な言葉に、バルドルは絶句した。

「え?」

「おそらく、出版の方が儲かるぞ。実は、僕が開発したレシピはまだまだ改良の余地がある。つまり、レシピはどんどん進化する。誰かが研究改良する度に、新たなレシピ本を出版する必要があるかもしれない。そうなれば、商業ギルドは常に新しいレシピを登録し続ける手間とコストから解放され、むしろ出版による利益という、より大きな収入源を得られることになる」

ラルフの言葉に、バルドルは呆然とした。

「そんな! 領主さまの、あの料理たちが、まだ未完成とでも?!」

居酒屋領主館の料理は、すでにこの国の食文化を変えるほどの衝撃を与えている。それが、まだ未完成だというのか。

「そのとおり。実は、ラーメンなんかはまだ私の満足する水準には達していない。麺のコシ、スープの深み、具材。まだまだ改善の余地がある」

ラルフの言葉に、その場にいた全員が唖然とした。

特に、近くで聞き耳を立てていた製麺工場の責任者であるトムも、昨晩の夜食倶楽部で新たな麺を開発しているにも拘らず、自分たちの麺がまだ未完成だと言われ、衝撃を受けているようだ。

「なので、まずは基本となるレシピを広めたい。そして、その先の改良は、この出版会社が手がけていくことになるだろう」

ラルフは、今後の展望を語った。

「いや。確かに、おっしゃることは分かりますが。しかし! 王都の商業ギルド本部や、他領の支部が、この方法で納得するかが……」

バルドルが、最後の抵抗を見せるかのように言った。ギルドという組織は、古くからのしきたりや、既存の利益構造に縛られている。

「なので、最終的には、商業ギルドがこの会社の株式をすべて買い取ってくれ」

ラルフの言葉に、バルドルは目を見開いた。

「なんと?!」

「まだわからないが、ここからは私の妄想になってしまうが。"グルメギルド"という形で、商業ギルドから独立採算する新たなギルドになるのだと予想する」

ラルフが、未来の展望を語るその時。いつの間にか、扉の傍に立っていたエリカが、口を挟んだ。

「あー。なるほどね。ギルドとはあくまでも民衆の自助団体、王侯貴族の思惑が働けば本末転倒。反発も必至。なので、公爵さまの入れ知恵でいきなり新ギルドの設立は難しい。だとしたら、曖昧な形からはじめて、少しずつその業務を移管していこうということね!」

エリカは、その金髪ドリルツインテールを揺らしながら、恐ろしいほどの理解力を示し、ラルフの意図を完璧に言い当てた。

「お前は、早く開店準備をしろ!」

ラルフは、思わずエリカに怒鳴った。自分の考えを完全に読まれていることに、どこか気恥ずかしさを感じたのだ。

「ねぇ、今晩の賄いはラーメンだっていうじゃない! カレーはないの?」

エリカは、不貞腐れたように尋ねた。

「ない! 食いたきゃ自分で作れ! ってか、お前毎日カレー食ってんじゃねーか?」

「カレーなんて毎日食べても飽きないじゃない!」

「とにかく、シッシッ!」

ラルフは、エリカを追い払うように手を振った。エリカは不満そうにしながらも、渋々といった表情で開店準備に戻って行った。

グレン子爵が、資料を読み耽りながら発言した。

「私は出資することに異議はない。しかし、この会社? といったか? 実務はどうするのだ? 写本師を雇うのか?」

「さすがグレン子爵。そこは、有能な人材を孤児たちの中で見繕ってある。ヨハン! カイリー! ヘンリエッタ! ちょっとこっちへ」

ラルフがそう呼びかけると、広間の隅で控えていた三人の孤児が前に出た。彼らは、皆聡明そうな顔立ちをしており、その目は知的な好奇心に満ちている。

「彼らは、居酒屋の手伝いの傍ら、我が領主館の蔵書室に入り浸るような。つまり、"本の虫"だ。読み書きは全く問題ないし、厨房の実務経験者なので、レシピの再現性も問題ない。むしろ、将来は本に関わる仕事を希望している。な?」

「はい! お願いします!」

「頑張ります!」

呼ばれた三人は、目を輝かせながら答えた。彼らにとって、本に関わる仕事というのは、まさに夢のような話だったのだろう。

「よし! 私は出資しよう。金貨二十枚」

グレン子爵が、懐から金貨を取り出した。

「おっ! じゃあ、僕は35枚!」

ラルフも負けじとそう言った。

するとアンナが、驚いたように言った。

「私も買えるのですか? なら、金貨5枚ほど、出資させてください」

アンナの言葉に、ラルフは嬉しそうに頷いた。

「ちょ、ちょっと待ってください! 商業ギルドとしては、一度持ち帰って、王都本部の承認を得なければ……」

バルドルは、混乱した様子で言った。この場で、ここまで話が進むとは思っていなかったのだろう。

「む? 商人が、千載一遇の商機を逃すと? もったいないのぉ。では、私が増額しても?」

グレン子爵が、バルドルを煽るように言った。

「くっ、むう……えーい。わかった! 負けを認める! 我々は金貨百枚だ! 私だって元商人の端くれ。山を踏む時はわかっている! 儲けさせてもらうぞ! 公爵どの!」

バルドルは、葛藤の末、一世一代の大勝負に出ることを決意した。

そして、ラルフとバルドルは、固く握手を交わした。

その握手は、新たなビジネスの始まりを、そしてこの領地の未来を象徴しているかのようだった。

こうして、居酒屋領主館から始まったラルフの改革は、新たな「株式会社グルメギルド出版」の設立という形で、さらに大きく動き始めたのだった。