軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

257.作戦本部

聖教国の片隅、時が止まったように静まり返った田舎道。

管理する者を失い荒れた砂利道には、人々の生活の熱が遠い過去のものとなったかのように、うら寂しい空気が淀んでいる。

ポッポッポ、と、その静寂を切り裂くように、魔導原動機の牧歌的な音が響く。

小型魔導二輪車に跨りハンドルを握るのは、ロートシュタインのスパイス・クイーン、エリカだ。

「聞いてたとおり、さびれた場所だわねぇ。ロートシュタインとは大違いだわ」

隣のサイドカーに、長身を窮屈そうに収めているのは、テイマーのヴィヴィアン・カスターだ。彼女は周囲の痩せた風景に目を凝らす。

「木も草も生えている……。水が涸れたわけでもあるまいに。ただ耕作が放棄されただけ、というのは、まったく解せない光景だな」

「こういう国があるのを見ると、ロートシュタインの豊かさが身に染みるわねぇ。あたし、ロートシュタインに生まれて、心底よかったわ!」

そんな奔放な発言に、ヴィヴィアンは思わず眉をひそめた。

「えっ? いや、あの……、エリカは、王都の生まれ、だよな?」

「ハッ!!!」

ゴーグルの中で、エリカは驚愕に目を見開いた。

ロートシュタインの自由という名の甘い毒に、彼女の記憶は侵されつつあった。移り住んで僅か一年ほど。故郷の王都で過ごした幼少の思い出よりも、今やスパイスと魔導二輪車の疾走感が(あと競馬)、彼女の魂の故郷となっていたのだ。

「というか、疲れてはいないのか? ……」

ヴィヴィアンは案じるが、エリカはカラリと笑う。

「なに? 休憩したいの? オシッコ?」

「……えっ、あ。いや、私は大丈夫なのだが。今朝から一度も止まっていないではないか……」

「ウ~ン……。あたし、二輪車に乗ってるのは、あんまり疲れないのよねぇ……。ロートシュタインから王都くらいなら、ぶっ通しで走っちゃうし……」

その異常な体力に、ヴィヴィアンは感心した。

「案外、体力があるのだなぁ……。将来は、運び屋にでもなったらどうだ? 魔導二輪車を得て、商業ギルドの受付嬢から華麗なるジョブチェンジを果たした、孤高のマーサさんのように……」

「なに言ってんのよ! あたしは、カレーで世界を獲るのよ!!」

らしいっちゃ、らしい。だが、ヴィヴィアンはまた聞き捨てならない事実に気づく。

「いや、あのぅ……。エリカ、君は、ラルフの奴隷だし……。その、自分自身を買い戻すと、必然的に貴族令嬢に戻ることになるんだからな……」

すると、再び。

「ハッ!!!!?」

と、先ほどよりも盛大にエリカは驚愕する。

それほどまでに、彼女はロートシュタインの自由な気風と、カレーという情熱に心を毒されてしまっていた。

ヴィヴィアンは、最早ため息をつくことしかできない。

しばらく走ると、目的地が見えてきた。廃墟となった農村の中央、蔦がまるで巨大な鎖のように絡みついた石造りの教会が、沈黙の砦のようにそびえていた。

その周囲には、ロートシュタイン製の魔導車が何台か駐車され、教会の前には見張りの冒険者が立っている。

どうやら、皆すでに到着しているようだ。

大きな木製の扉を、ぎぃぃぃ、と重々しく押し開く。

キラキラと埃の舞う、広大な教会内部。

見慣れた顔ぶれが忙しそうに動いているのを見て、異国であるにもかかわらず、エリカは不思議な安堵感を覚えた。

中央に置かれた巨大なテーブルには、巨大な地図が広げられ、それを囲む人々が真剣に話し合っている。

その中心にいたラルフ・ドーソンが、エリカたちに気づき、振り返った。

「よう! お前ら、長旅ご苦労さん」

「ふんっ、大したことないわよ。それに、なかなか楽しかったわよ。はいこれ、お土産……」

エリカは包紙をラルフに渡す。

「ん? 干し芋か。どこで買ってきたんだ?」

「帝国領にも、ちょっとだけ寄り道したのよ。大きな河が流れてる、綺麗な街だったわよ」

エリカの軽やかな告白に、ラルフの眉間に深い皺が寄る。

「は?! どうやって、国境を越えたんだ?」

エリカは懐から銀色のプレートを取り出し、自慢げに掲げた。冒険者のギルドカードに似ているが、醸し出す格が違う。

「なんだそれ?」

「これ、皇帝陛下から賜った"勅許の紋章"。これがあれば、帝国の何処でもフリーパスなのよ」

「はぁ?! なんでそんなもん持ってるんだ?!!」

「あのオッチャンも、あたしのスープカレーのファンだからね」

ロートシュタイン祭で、居酒屋領主館に滞在していた帝国トップとの、あまりにカジュアルな交流。帝国の皇帝を「オッチャン」呼ばわりするエリカに、ラルフは頭痛薬を求める衝動に駆られた。

「……まぁ、いい。全員揃ったら作戦会議はじめるから、それまで休憩してろ。飲み物は勝手にそこから取れ……。因みに、干し芋は炙ると美味いぞ……」

エリカとヴィヴィアンは、埃っぽい長椅子に腰掛けた。

ドワーフの大工達が折れた支柱を補強し、ロートシュタインから来たメイドや冒険者たちが教会の掃除に勤しんでいる。

ぬるいミルクティーを飲みながら、エリカはふと見上げた。

そこには、巨大な色取り取りのステンドグラス。鈍い、しかし揺るぎない光を透過させ、ガラス片の一つ一つが、かつて人々に語りかけた福音の荘厳な情景を、静かに描き出していた。

「凄い絵ね……。まるで、天からの啓示みたい」

エリカが呟く。

「ああ、本当に……。これだけでも一見の価値がある。信仰の熱が冷めても、芸術として残るものがあるとは……。いやまてよ、これは、……観光地にできるのでは?」

とヴィヴィアンが同意と共に、不意に湧いたビジネスアイデアを呟く。

「あたし、魔導二輪車に乗ってなかったら、こんな凄いもの、見ることも知ることも叶わなかったのね……」

「それを言うなら、"ラルフに買われなかったら"……、ではないのか?」

「ふんっ、まあ。……そうね」

エリカは自嘲気味に笑ったが、その瞳には、奴隷の境遇を越えて得た自由への感謝が宿っていた。

やがて、ファスティン公爵、パトリツィア・スーノ、カーライル騎士爵とその娘ミラ、ギルマスのヒューズら、居酒屋領主館に集う馴染みの面々がテーブルを囲む。さらに、屋台の店主たちまでもが、その作戦に身を投じるために集結していた。

「おーし! じゃあ、作戦会議やるぞー! 集まれー!」

ラルフの号令で、全員が中央のテーブルに集まる。彼は地図から顔を上げ、悪魔的な輝きを帯びた瞳で一同を見渡した。

「では、皆の者! 遠路はるばる、ご苦労さん! 作戦と言っても、難しいことはない。まずは、――売って売って売りまくる。買って買って買いまくる。それだけだ!」

人々は驚きのどよめきを上げる。

「は、はい! 質問が!」

と、ポンコツラーメンの店主、パメラが手を挙げた。

「この国には農奴が多く、彼等はあまりお金を持っていないと聞きましたが。それはどうしましょうか?」

「ふむっ。それは、物々交換でも良いし。なんならタダでくれてやれ。赤字なんていくら出してもいいぞ。ちゃんと補填してやるから」

ラルフの言葉に、パトリツィアが息を呑んだ。この経済的、そして政治的なスケールは、これまでの人生で培われた常識を遙かに超えている。

「買いまくるっていうのは、どうすりゃいいんだ?」

と、冒険者の一人が尋ねる。

「なんでもいいぞ! 神官と貴族からは、服飾品、法衣、法具、嗜好品、調度品、家具、宝石、絵画、馬……」

「お馬さん?!!」

と、エリカとヴィヴィアンが同時に目を輝かせ、ラルフの言葉を遮った。

「あっ、失礼……」

「すみません……」

二人は全員からの視線を浴びて、素直に謝罪する。

「ゴホンっ、では、続けるぞ……。農民からは、野菜、工芸品、織物、なんでもだ。そして、果ては……農奴そのもの……」

「なるほど……。つまり、人道支援ではなく、奴隷という"財産"として買い叩く、ということか……」

ギルマスのヒューズの目が鋭く光る。この男の行動原理を、彼は見誤らない。

「とにかく……。金ならいくらでもある。王国だけじゃなく、共和国、帝国、東大陸の同盟国。ありとあらゆる国の王侯貴族が、この作戦に出資してくれた。……何故か、してしまったのだが……。とにかく、金貨をばら撒け! 滞留している経済を、回せ! 回せ! ぶん回せ!!」

ラルフは腕をグルグル回しながら、封建社会への経済的侵略という、その本質を体現するかのように叫んだ。

「あたし達は、どこに行けばいいの?」

エリカが手を挙げ質問する。

「エリカとヴィヴィアンは、ヴァール家が治める農村だ。聖女様方の生まれ故郷だな……。エリカ、そこでご自慢のカレーで中毒患者を蔓延させろ! カレーで世界を獲るんだろっ?! こんな小さな農村くらい、容易いよなぁ!!」

「あったりまえでしょ! まっかせなさいな!!」

エリカは細い腕で力こぶを作り、ヴィヴィアンは(うわ~、やる気出させるの上手いわぁ〜)と、ラルフの軍師としての才能に感心するしかなかった。

「儂らはどうすれば良いのだ?」

と、カーライル騎士爵が問う。

「直接的な武力制圧は、まだこの後の段階ですね。大教会を叩くまでは。それまで暇でしょうから、なんなら観光なんかどうです? 親子水入らずで、……この国にはこの国特有の武器なんかがありそうですし、この際、買い漁ってみてはどうですか?」

生粋の刀剣マニアであるカーライル騎士爵の目が、獲物を狙う鷹のようにギラリと輝いた。

「食糧なんかの運搬はどうします? 何せ、この国の野菜は痩せ細ってる。まともな料理ができなさそうだぜ」

と屋台の店主。

「それは考えてある。ロートシュタインから、"空輸"する。レッドフォードがな……」

空飛ぶ巨大なワイバーン、レッドフォードの名が出た瞬間、全員が納得した。その輸送力は、馬車や魔導車とは比べ物にならない。

「もし、何かトラブルがあったり、聖庁衛士に捕らえられたりしたら、どうすればいいのです?」

「クックック……、それは、もうすでに下準備は終わっているのさ……。この国の荘園主も、末端の教会も、すでに腐敗がはじまっているのだよ……。もしもそうなったら、賄賂一発無罪放免……。心配しなさんな!」

悪魔的な笑みと共に言い放たれた、その周到すぎる準備に、全員が軽くドン引きする。この男を敵に回すことの恐ろしさを、改めて思い知らされた瞬間だった。

「それでは! 現時刻を以て作戦を開始する!! 作戦名:"移民の歌"――。発動だぁああああ!!」

ラルフの盛大な宣言と共に、聖女解放に向けた、聖教国とロートシュタインによる、壮大な経済戦争が幕を開けた。

後の歴史書に於いて、『聖教国黄金革命』と記されることになる、大いなる歴史の転換点であった。