軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

247.ハロウィン・ナイト

その日、ロートシュタインの街の所々に、橙色の炎が揺らめいていた。それは、共和国から移住してきた人々が、故国の古き風習に則り、収穫を祝い、安寧を祈るための焚火だ。

領主ラルフ・ドーソンは、共和国移民であるエマから、それを聞かされていた。

しかし、夕風が肌寒さを増す中、ラルフの脳裏に浮かんだのは、前世の記憶――かの賑やかな催しだった。

そう、まさしく、今頃の季節だ……。

その思いにつき動かされ、ラルフは目抜き通りを急ぎ足で領主館へと向かう。

「で、なにこれ?」

居酒屋領主館のカウンター。開店前の静寂の中、エリカは、その上に鎮座する、カボチャをくり抜いて作られた奇妙な造形物を、不思議そうに見つめた。

「それは、ジャック・オー・ランタンだ……」

カウンターの奥で、開店に向けて仕込みを進めるラルフは、苦笑いを浮かべた。

「カボチャの、モンスター?」

「いや、そういうわけではないんだが……」

この異世界の住人に「ハロウィン」という文化を説明するのは、なかなかに骨が折れる。そして、何より、面倒くさい。

ラルフの知識も、せいぜい「元はカブ」「アイルランドの民話が起源」といった程度だ。

ちなみに、先ほどこれを見た、ダンジョンマスターのスズが、目を丸くして顔を紅潮させ、領主館を飛び出して行ったのが、ラルフにとっては何よりも気がかりだったが……。

エリカは尚も不可解そうに、カボチャの凶悪な顔の額を、ポンポンと軽く叩いてみたりしている。

その時、領主館の外から、聞き慣れた魔導車のエンジン音が響いてきた。ラルフには、その特有の音だけで来訪者がわかる。間違いようもない、魔導車:スーパー・スポルト・クルツの鼓動。そして、居酒屋開店前のこの時間に訪れるとなれば、あの人物しかいない。

ラルフは厨房から出て、ジャック・オー・ランタンを手に取った。

程なくして、ドアベルがチリンチリンと鳴り響く。

「邪魔するぜぇ」

そう言って現れたのは、隣領を治める、ファウスティン・ド・ノアレイン公爵。

「トリック・オア・トリーィィィィィ……」

ちょっとした悪戯心。カボチャを頭に被り、驚かせようと企んだラルフの言葉は、虚しくしぼんで消えた。

なぜなら、ファウスティン公爵は、愛用の魔導銃:スクリーミング・ディーモンを片手で構え、その銃口を、ほぼゼロ距離でジャック・オー・ランタンの――いや、ラルフの眉間に突きつけていたからだ。

カチャリ! と、撃鉄を起こす、冷たい金属音が響いた。

「ちょっ! ……ちょっと?! ファウストさん!! わかってたよね?! えっ?! わかってたよねぇ!!」

ラルフは慌ててカボチャを脱ぎ捨てる。冷や汗が額を伝う。

「おやっ? ラルフじゃねーかぁ? 新手のバケモンか、妖怪変化の類かと思ったぞ」

ファウスティン公爵は、笑みを堪えきれない表情を浮かべている。

「いや、……絶対わざとでしょ……」

ラルフはジャック・オー・ランタンをカウンターに置き直し、冷や汗を拭った。

ファウスティンは、開店前にもかかわらず、カウンター席にドカリと腰掛ける。

「退魔師を前に、そんな被りモノされちゃあ、撃ち殺されても文句は言えんぜ……」

本気なのか冗談なのか、判別のつかない言葉を吐く。

「どうせ! わかってたんでしょ? ハロウィンですよ! ハロウィン!!」

ラルフは「どうせ」を強めた。この公爵は、おそらくラルフと同じ転生者。しかし、本人はその話題に触れず、のらりくらりとラルフの反応を愉しんでいる節があるのだ。

だが、ファウスティンは、

「あー、あれか? ドイツのメタル・バンドの?」

「……すみません……。ちょっと、何言ってるか、よくわからないっす……」

ラルフは、色々と諦めた。

居酒屋領主館は開店の時間を迎え、いつもの喧騒が客席を満たした。

その喧騒の最中、いつの間にか戻ってきたダンジョン・マスターのスズが、マジック・バッグを抱え、店員のハルに耳打ちすると、どこかへ連れ去ってしまった。

(あいつ、何やってるんだ?)

オーダーを捌く最中、ラルフは呆れながら、その様子をチラリと観察していた。

しばらくすると、スズがハルを伴ってホールに現れた。

そして、

「どや!」

スズは、完璧なドヤ顔を披露。ハルは、恥ずかしそうに赤面し、スカートの端を掴んでいる。

見れば、ハルはヒョウ柄のような、獣人らしいコスプレをさせられている。

いや、ラルフには分かってしまった。それは、ヒョウ柄ではなく……前世の記憶が、そのコスプレの正体を告げている。

「いや……、サーバルかよ……」

獣人であるハルは、頭部に可愛らしい猫耳を持つ。その天賦の素質を活かした天才的発想なのはわかる……。わかるが……。どうやら、スズはこのハロウィンの夜を、完全にコスプレイベント化させる気でいるらしい。

スズはハルの前に立つと、わざとらしく改まり、

「食べないでくださーい!」

と大袈裟な演技をしてみせた。状況の呑み込めないハルは、

「た、食べないよー!」

と慌てるが、スズは急に、ガシッとハルの肩を両手で掴み、

「うむ! あなた、完璧!」

と謎の太鼓判を押した。

モフモフ偏愛のクレア王妃は鼻息荒く、子供好きな御婦人方からは「あらっ! かわいい!!」と黄色い絶叫を浴び、ハルは恥じらいながらも接客を始めた。

そして、次のスズのターゲットは、エルフのミュリエルに決まったようだ。

「次、あなた!!」

「えっ? オラ? なんか面白ぇそーだねっかぁ!!」

ミュリエルは、不思議とノリノリでスズに引っ張られていった。

(エルフか……)

ラルフは、期待に胸を膨らませた。エルフという生まれ持ったキャラ性を、あのスズが活かさないわけがない! その確信があった。

前世の創作物には、枚挙にいとまがないほどのエルフキャラクターが存在するのだ。

葬送のなんとか、ダンジョンで食べる飯に一喜一憂するエルフ、または江戸前か? 神奈川に住んでるなんてニッチな漫画も存在する……。

気になって気になって仕方ないラルフ。隣でチャーハンを炒めていたフレデリックが、

「あ、あのぅ……、ラルフ様……。餃子、焦げてますよ……」

と言ってきたほどに、思考はミュリエルのコスプレに囚われていた。

そして、期待の内に現れたミュリエルは――

真っ白なティーシャツに、スキニーデニム。かなり、ラフな格好だった。

「んー? なんかわかんねけど、動きやすいねっかー!」

ミュリエルはご機嫌だ。ティーシャツは短く、へそ出しルックと呼べるほどで、客席の男たちは、その健康的な美体に目を奪われている。

しかし、ラルフは堪らず、

「おい! スズ! ちょっと、こっち来い!」

カウンターから呼び掛けた。

「何?」

「あれ、なんのコスプレだよ? どういうこった?」

「えっ? わかんない? ……自衛隊が、異世界行って戦うやつ……」

「あああああああっ! アレか!! いや、それかよぉぉぉ……」

ラルフは頭を抱えた。確か、銀座に異世界へのゲートが開く作品だ……。

ファウスティン公爵は、ふんっ、と面白そうに、焼き鳥を頬張り、ビールを飲んでいる。

すると、スズは、

「ファウストさんにも、是非、着て欲しいモノがある……」

と顔を赤らめる。

ファウスティンは、

「俺か? まあ……。いいぜ!」

と快く引き受け、二階へスズと上っていった。ラルフは信じられない思いで二人の姿を見ていたが、

「だから! ラルフ様! 今度は青椒肉絲が真っ黒ですよ!!」

と、再びフレデリックに大注意されてしまった。

そして、下りてきたファウスティン公爵。

その姿は、ラルフが前世で慣れ親しんだ、あのゲームの主人公。

赤いロングコートと、巨大な剣。

まさに、あのデビルハンターだ。

「うっわぁ、カッコいい……。似合うし……。っていうか、まんまやんけ」

ラルフは、形容しがたい敗北感を覚えた。

すると、スズは、

「一応、ラルフの為の衣装も用意はしてる……」

と言うが、

「お前は何かやんないのか? お前が一番コスプレ好きじゃん?!」

ラルフは問い詰めた。

すると、スズは、

「あるには……、ある」

そう言って、不気味な、鉄製と思わしき仮面を被った。

仮面と黒セーラー服……。

(えっ? なに? わかんない……。なんのキャラ? 鉄の仮面? マジでわかんない……)

ラルフの脳内はもうシッチャカメッチャカだ。

すると、スズはポケットから、重厚そうな銀色と赤色で構成されたヨーヨーを取り出し、赤色の蓋がパカリと開く。その内側にあしらわれた、菊っぽい代紋を掲げて言った。

「おまんら、許さんぜよ……」

ラルフは、

「古い! いや、また、古いなぁぁぁぁぁぁ!」

と、なんだかもう一周回って、感動しそうになってしまった。

昭和の時代に、スケバンと言われる不良少女が秘密警察の手先となって悪者と戦う、あの懐かしいドラマのオマージュ。鉄仮面伝説だ。

「南野陽子の、あの辿々しい演技は、尊い……」

スズは感慨に浸る。

「敢えて、二作目なのな? ……えっ? 僕も、なんかコスプレできるの? さっき、僕のも用意してるって言ったよな?」

「ある……」

その言葉を聞いて、ラルフはなんだかウキウキしてしまった。

スズに連れられ、二階の客間に上がり、衣装を確認する。

「あなたは魔導士だから。魔法使い衣装を用意してみた。まずは、これ!」

スズが意気揚々と見せてきたのは、

「いや……。ちょっと待て! これは、……なんというか、恐れ多いな……」

それは、動く城の主である、あの魔法使いのコスプレだ。

「そう……。じゃあ、これ!」

スズは、次のコスプレ衣装を見せびらかす。

「ちょっと待て! ゾルトラークじゃねーよ! バカヤロ! これはミュリエルにこそ勧めろよ!!」

それは、エルフにこそ相応しいはずのものだ。

「むー、ワガママ……。じゃあ、これはどう?」

それは。黒を基調とした装束だった。赤い鉢巻きも用意されている。しかし、ラルフの目をひいたのは、魔術士養成所である牙の塔の出身を意味する、ドラゴンの造形のペンダントだった。

(……これだけ、貰ってもいいかなぁ?)

剣とドラゴンは、どうにも男心をくすぐる……。心の片隅に眠る中学二年生が疼いてしまうのだ……。

しかし、ラルフは、思った。

「ていうかさぁ、完全にコスプレイベントじゃねーかよ! ハロウィンなんだからさぁ、もっとこう、伝統に則ってというか、ホラー要素というか、そういうの、ないのかよ……」

「ハロウィンって、コスプレする日じゃないの?」

スズは首を傾げる。

まあ、前世の日本においては、その程度の文化に成り下がってしまった感はある。だが、そもそも、この異世界には、アンデッドやスケルトン、レイスといった本物のホラーが存在してしまう。悪魔や吸血鬼までいる。恐怖とは、エンタテインメントではなく、生命の危機に直結する本当の脅威なのだ。

「本来は、確かあの世から悪しきモノがやってくるから、仮装することで彼らと同化し、自分を人間だと悟られないようにして、身を守った。みたいな意味じゃなかったかな……」

「……なるほど。なら、ちょうどいいのが、ある!」

数分後。

ラルフは、カウンターの中で、トントンと包丁で、野菜を刻んでいた。

客達は、彼を不思議そうに見ている。なぜなら、領主ラルフが、よくわからない布袋を頭にすっぽり被っているからだ。目の部分には、視界を確保するための穴が空けられているようだが……。

「なんだ、あれ?」

「なんかの、刑罰かなぁ?」

ラルフの奇行に慣れた客達までもが、戸惑いを隠せない。

しかし、ラルフもさすがに限界がきた。布袋を脱ぎ捨て、

「なにこれ?! なんだよこれ! ふざけてるだろ!!」

明らかに手抜きとも言える雑なクオリティーに、思わずツッコミを入れる。というか、なんのコスプレか、サッパリわからない……。

「それ……、ジェイソンだけど?」

カウンター越しにスズが呟く。

「……あ、ああああぁぁ……。そういうことか、……ってなんで第二作目?! 鉄仮面伝説に引き続き、また二作目!! 伝わりづらいだろ!! せめてホッケーマスクを用意しろよ!」

と納得したり、ツッコミをいれたり、ラルフは忙しい。

「たいてい……二作目っていうのは、名作」

「そうとも限らん!」

その喧騒の中、一際目を引く人物が現れた。

それは、普段の完璧な金髪ドリルツインテールとはかけ離れた、無造作な癖っ毛にセットされたエリカの姿だった。

頭頂部には、原作に忠実に、くるんと巻いたアホ毛まで再現されている。さらに、目元には意志の強さを強調するかのようなキツめのアイラインが引かれ、その印象は普段の愛らしさとは別人のようだった。彼女が纏うのは、帝国軍の精巧な軍服。そして首元で、魔力の輝きを放つ演算宝珠が煌めいていた。

ラルフが思わず息を飲む中、エリカは凛とした表情で、不意に、

「ピザはお餅ですかー?!」

と、スズに何を吹き込まれたのかは定かではない、場にそぐわない台詞を放った。

(おいおい、それかよー!)

どうやらそれは、幼女が空を飛び、魔導と銃火器で戦う、前世のハードな戦記物の主人公のコスプレに他ならない。

エリカの持つ元の品の良さと軍服の厳格さが相まって、その再現度は、あのファウスティン公爵のデビルハンター姿に匹敵する、あるいは凌駕する完成度だった。

謎のやり取りを見せられた客席の常連たちは、今夜は何かわけのわからない催しをやっているようだが、騒がしいのはいつものことだ、と。なにはともあれ、いつものように酒を飲むのだった。

カウンターの上に置かれたジャック・オー・ランタンは、その喧騒を眺めて、笑っているようにも見えた。