軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

216.一撃

農園に流れ込んだ堆積物は、もはやただの厄介なゴミではなかった。

泥と岩と流木にまみれたその山は、一転して人々を熱狂させる宝の山へと姿を変えていた。厄介極まりないゴミの中に、植物モンスター由来の希少な素材や、煌めく魔石までが紛れ込んでいるとなれば、話は別だ。一獲千金を夢見る、まさしく宝探しが始まっていた。

とりわけ、大量に流れ込んだ流木は、農民たちにとっては価値ある資源だ。「乾かせば上等な薪になる!」と、彼らは満面の笑みでそれを運び出し、復興への希望の炎を灯そうとしていた。

「さあ、お母さん! 匂いで魔石を見つけ出すのよ!」

エリカは一本の指をピンと立て、フォレスト・ウルフに威厳たっぷりに指令を出す。

「ワ、ワフゥ……(そんな無茶な……)」

お母さんと呼ばれた森狼は、まるで子供の無理難題に困惑する母親のように、微妙な表情を浮かべているように見えた。その姿は、張り詰めた状況の中での一服の清涼剤のようでもあった。

多くの冒険者やドワーフたちも、岩の塊や流木の下を、貪欲な目つきで 穿(うが) つように探っている。彼らの熱気と期待が、湿った空気を微かに震わせた。

この復興作業が、しばらく多くの人員を集めるだろうという読みから、何軒かの屋台も村の一角に出店し、活気を添えていた。

そんな喧騒の中、一人の異質な存在がいた。

何故か丸太の上に座しているのは、あの偉大なるエルフ、ユロゥウェルである。彼女は、屋台で売られていた甘栗を、まるで世俗の楽しみを覚えた子供のようにモグモグとさせながら、地上の蟻のような人々の動きを静かに眺めていた。その優雅さと、目の前の俗な食べ物との組み合わせは、一種の奇妙な絵画のようだった。

半日ほど、人々は獲物を求めて泥と戯れ、もうこれ以上は無いだろうと誰もが諦め。この宝探しを切り上げることにした。

そうして、ついに、大魔導士ラルフの出番が訪れた。

「よ~し! 射線上に人はいないな?!」

「ハッ! 立ち入り禁止の処置は既に完了しております!」

領兵が威勢の良い報告を上げる。その声には、これから繰り出される大魔法への畏敬と期待が滲んでいた。

「よっしゃ! じゃあ、張り切っていってみましょう!」

ラルフが力強く宣言した瞬間、彼の周囲にだけ、突如としてつむじ風が巻き起こった。風圧でローブが波打ち、身に着けた宝具や魔道具の指輪が、過大な魔力に耐えきれずバチバチと青白い火花を放電し始める。

その光景を見ていたユロゥウェルは、「ほぉぅ……」と、感嘆とも驚嘆ともつかない呟きを漏らし、鋭く目を細めた。彼女の瞳は、ラルフの人間族とは思えないほどの魔法展開と魔力操作の緻密さを、極限まで解析しようとする光を宿していた。

そして、ラルフの口から、雷鳴のような呪文が放たれる。

「《 超音速衝撃波(スーパーソニック・ブーム) 》!」

ラルフから放たれた不可視の魔力は、音速を超える衝撃波となって広大な地表を這い、散らばっていた全てのガラクタを、一瞬にして吹き飛ばした。

「きゃああああ!」

その凄まじい強風は、まるで巨大な手のひらで払いのけられたかのようだ。見学していた人々は、立っていることすら叶わず、悲鳴と共に地に伏した。

堆積物の大半は、遥か彼方の未開拓の森へと一直線に押し流され、落下した。遠くから、獣の騒ぐ声や鳥が飛び立つ姿が確認できる。森に棲む生き物たちにとっては、これ以上ないいい迷惑だったに違いない。

「はぁ、はぁ……」

魔力を酷使したラルフは、荒い息を吐きながら、目の前の景色を確認する。まだ数個の大岩が残されているものの、堆積物はほぼ完全に吹き飛ばされていた。

大魔導士の仕事は完遂されたと言っていい。

その時、パチパチパチパチと、静かな拍手が聞こえた。

ラルフが振り返ると、そこにいたのはユロゥウェルだった。

「そなた、なかなかやるではないかぁ。人間ごときが、そこまでの魔法が使えるとはのう……」

心底からの感心を込めた言葉だったが、ラルフはそれどころではなかった。

「あ、あの、ユロゥウェルさん? あの、その、髪型、凄いことになっていますよ……」

ユロゥウェルの長く美しい髪は、ラルフの巻き起こした爆風によって、見事なまでのオールバックになっていた。その姿は、神々しいエルフの威厳を、一瞬にして吹き飛ばす滑稽さだった。

ユロゥウェルは真っ赤な顔になり、慌てて手櫛で髪を整える。

「コホンっ! ラルフとやら、私と勝負するかえ? 相当に魔法の腕には自信があるように見受けられるが?」

彼女はニタリと笑い、丸太から立ち上がった。その笑みは、獲物を見定めた肉食獣のようだった。

「いや、いやいやいやいや! 勘弁して下さいよぉぉぉぉぉ! 勝てない勝負なんてしたくないっすよぉ!」

ラルフは瞬時に小物感満載にへりくだり、必死に手を振って拒否する。

「つまらん男だのう。……そなた、あの男の子孫なのだろう? ならば、妾の身体を好きにすることを賭けて、勝負を挑んでこんのか?」

「はぁぁぁぁ?!」

ラルフの頭の中で、何かが爆発音を立てた。耳を疑う、とんでもない言葉を聞いてしまった気がした。

その場にいたアンナやエリカやミラが、一斉に白い目でラルフを見る。その視線は、「何? そういうこと企んでいるの?」と責めるかのようだった。

「何、みんなその目っ?! いや、僕じゃないよね? ってか、どのご先祖様の話ししてんの? えっ? ってか、ユロゥウェルさん、僕のご先祖様とお知り合い?!」

ラルフはもはや完全にパニック状態だ。状況のすべてが、彼の理解を超えていた。

「やらんなら。こちらから仕掛けるが?」

ユロゥウェルは、その威圧感をさらに高める。

「だからっ! 勘弁して下さいって! 無意味に戦いたくないんですよっ! 僕は?!」

ラルフは必死で懇願する。彼の信念は、戦闘よりも平和な解決にあった。

「ふむっ」と、何かを納得したらしいユロゥウェルが、ふいに調子を変える。

「では、その赤土を、妾が何とかしてやろうか?」

「ええぇ?!」

彼女が指差したのは、衝撃波でも吹き飛ばすことができなかった、水田に堆積した重い赤土だった。

ラルフは思考を巡らせた。森と共に生きるエルフ、しかも数万年生きてきたらしい彼女なら、ここにいる誰も思いつかないような知識、あるいは太古の魔法を持っているのではないか? と……。

「どうするのだ?」

ユロゥウェルは、微かに苛立ち始めたように答えを急かした。

「えぇ、えーっと、それって、僕が勝ったら……。ですよねぇ?」

「もちろんだ……」

ユロゥウェルの瞳の奥には、どこか悪戯っぽい光が宿っている。

「うーむ……、じゃあ、試しにやってみようかなぁ」

ラルフは、わずかな覚悟を決め、その挑戦を受ける姿勢を示した。

「試しに? ほう、妾を試すと? 舐めるのも大概にしろよ! あのエロガキの末裔がぁ!!」

ユロゥウェルは、それまでの優雅な態度をかなぐり捨て、突如として激昂した。

一瞬にして、信じられない速度で彼女の手に魔力が収束し、純粋な光の矢を生み出す。その間、誰もが呼吸すら忘れた。

一振り。

目にも留まらぬ速さで打ち出された魔法の矢は、ラルフの胸、心臓の位置を的確に捉え、容赦なくその身体を貫いた。

「?!」

「ラルフぅ!!」

「きゃぁぁぁあ!」

抜けるような青空の下、ユロゥウェルの冷酷な一撃に、絶叫が響き渡った。

血の色すら見えない、あまりに突然の出来事だった。