作品タイトル不明
203.絶叫会議
商業ギルドの会議室。
ラルフ・ドーソンは書類をまとめ上げ、高らかに宣言した。
「では、グルメ・ギルドの、マスターはバルドルさんってことでいいですね?」
その瞬間、バルドルは怒りをあらわにする。
「待て待て待て待て! どうしてそうなる?!」
この度、商業ギルドが株式会社グルメ・ギルド出版の株を全て買い取り、子会社化し、名を改めて、この世界初のグルメ・ギルドが創設された。
ヨハンたちは分社化する形で、新たに"ロートシュタイン出版"を立ち上げ、これまでと変わらず、自重することなく偏愛する著書を世に送り出していくことになった。グルメとは無関係の冒険譚や英雄譚、推理小説や同人誌まで手掛けていたため、これは当然の流れと言えた。今後は、レシピ本の出版に関しては、グルメ・ギルドと連携し、協業や下請けという形で進めていくことになっている。
しかし、ギルマスに任命されたバルドルは苛立ちを隠さず、領主ラルフ・ドーソンを睨みつけた。
一方、王都の商業ギルド本部からやって来た役員たちは拍手を送り、ロートシュタイン支部の幹部たちですら、
「おめでとうございます!」
「バルドルさん! これからのご活躍を期待していますよ!」
と祝いの言葉を投げかける。
彼らの心の中は一致していた。
(そんな面倒なこと、バルドルに押し付けてやる!)
若き領主ラルフが巻き起こしたグルメ革命から得た恩恵は多大だ。しかし、それに巻き込まれるとなると話は別だ。突然にして予測不能なことをしでかし、魔法を振るえば大地に大穴をあけて水上都市を生み出し、たった一日で地下街を完成させてしまう。次々と新たな事業と産業を創出し、その度にバルドルがいかに使い潰されそうになってきたかを、彼らはこの目で見てきたのだ。
「ほんじゃ! バルドルさん。これにサインして!」
ラルフはにこやかに一枚の書類を差し出した。
「い、嫌だ!」
まるで子供のように駄々をこねるバルドル。
「はーい。皆さん、バルドルさんを取り押さえて!」
その場にいた商業ギルドの幹部たち、領兵、挙句の果てには貴族たちまでもが協力してバルドルに飛びかかり、無理矢理ペンを握らせようとする。
「や、ヤメロぉぉぉ! 貴様ら、それでも、人間かぁ?!!」
必死に抵抗するバルドル。
そんなに嫌か? とラルフは首を傾げるしかない。ラルフも「《身体強化》」の魔法を身に纏い、バルドルの腕を掴んでサインさせようと試みるが……。
「えっ! ウソっ! 全然動かないんだけど! なんて馬鹿力だ?!」
しばらく攻防が続いたが、バルドルの意思は鋼のように固く、微動だにしなかった。彼を捕らえていた全員が一旦諦め、その身体から離れた。全員がぜいぜいと息を荒げている。
「どうせまた死にそうになるまで働かせる気だろう! 絶対にやらないからな!」
バルドルは唾を飛ばしながらまくし立てる。
ラルフは困ったように返す。
「いや。業務量は半分になるはずなんですよぉ。……理屈では……。それに、屋台の店主たちからの信頼も厚いバルドルさんが引き続きやってくれるのがベストなんですって!」
「ふんっ! それにだな、俺は料理やらグルメやら、まったくの門外漢だ! 包丁すら握ったこともないのだぞ!」
「えぇぇぇ……。でも、美味しい料理やお酒はお好きでしょ?」
「だとしてもだ! 専門性の高いギルドになるならば、飲食店経営の経験がある者の中から選ぶべきではないか?!」
誰もが考え込み、困惑がその場を支配する。
「ならば、私がやろうか?」
静寂を破り、一人の男が手を挙げた。
「おや? ワン・ハンセンさんがやってくれるの?」
ラルフが問いかける。彼は共和国の通商会議のメンバーでもある。その肩書と人脈を活かせば、グルメ・ギルドのさらなる発展も見込めるかもしれない。
「ああ。役職に就きさえすれば、それでいいのだろう? 何もせずとも、金が入ってくるんだ……。そんなに美味い話はないだろう」
ワン・ハンセンは言い放つ。
それを聞いたバルドルは(えっ? そうなの?)と戸惑いを隠せない。
「あっ、じゃあ、儂がやろうかなぁ」
王都のギルド幹部の老人が手を挙げ、それに続くように、
「じゃあ、私も立候補していいですか?」
受付嬢まで手を挙げた。
「じゃあ、俺が!」
「いや、俺が……」
次々と名乗りを上げる者たち。
「まあ、やりたくない人に無理にやらせることもないか……」
ラルフが呟く。
バルドルは「何を今更?!」と叫びたくなる。しかし、そんな楽な役職だとは聞いていなかった。そもそも、もうこの厄介な領主と密に関わるのは御免だとばかりに、グルメ・ギルド創設の話には耳も傾けず、忌避し、逃げ続けてきたのだ。
よくよく考えれば、今まではロートシュタイン領のすべての商業を統括する役目だった。これからは飲食店のみのギルドになるならば、確かに業務量は半減どころか、かなり楽になる。実務のほとんどは部下に任せればいいわけだし、もしかして、これは本当に美味い話なのでは……?
逡巡の末に、バルドルは小さく呟いた。
「ま、……まあ。俺も……、やってやらんことはないと、思っているのだがな……」
その瞬間、電光石火の素早さで全員が一斉に身を引いた。そして異口同音に、
「じゃぁっ! どうぞ! どうぞ! どうぞっ!」
「貴様らなぁぁぁぁぁ!!!!」
バルドルは激怒した。
この茶番は一体何なのだ?! ラルフを見ると、なぜか大爆笑している。さらに頭に血が上るのを感じた。
「それに、金融部門はもう切り離されているのだろう? なあ、ラルフ君」
ワン・ハンセンが極めて建設的な意見を述べる。
「そうそう。エブリンを会頭とした、銀行はもう動いてる。まだあんまり知名度と信用がないのがねぇ……。まあ、それも追々考えていくからさ……」
ラルフは事もなげに説明する。
「しかしだな……!」
なおもバルドルは反論を試みるが、
「今度こそオーバーワークにならないように対策はしますから! ね? 今までよりも役員報酬は増えますし」
その言葉に、一縷の光彩を感じないわけではない。
ラルフが再び差し出した契約書を前に、バルドルは「ぐぬぬぬぬぬ……」と唸り声を上げた。
確かに、この書類に書かれた額面は今までよりずっと高額だ。しかし、これが本当に? あのラルフ・ドーソンだぞ? これが悪魔の契約ではないと、なぜ言い切れるのか?
バルドルは奥歯を噛み締める。
「はぁ……、じゃあ、皆さん。バルドルさんを押さえつけて……」
ラルフが命じると、一斉に無数の手がバルドルを拘束した。
「まてコラっ! 貴様らいい加減にしろっ!!!」
「早くペンを! なんでもいいから書かせちまえ!」
幹部の一人が叫ぶ。
「クソがぁぁぁ! お前まで!」
「いいからいいから……。安定した老後が待ってるぜぇ!」
「いいなぁ、羨ましいなぁ!」
彼の同僚たちも、力ずくでバルドルの腕を動かそうとする。
「絶対にやらんからなっ!!」
本日何度目かのバルドルの絶叫。
「じゃあ、私がやろうかなぁ?」
ワン・ハンセンの声。
「それはもういい!!!!!」
こうして、あまりにもくだらない茶番と、馬鹿馬鹿しいコントのような大騒ぎから、グルメ・ギルドはスタートした。