軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

189.その散弾銃を手にし

「ノアレイン公……。これは、ちょっと。ひど過ぎやしませんか?」

大魔導士ラルフ・ドーソンは、ファウスティン・ド・ノアレイン公爵の執務机に山と積まれた書類を見て、目を丸くした。それはもはや山というよりは、書類という名の岩山だった。

「文官を雇う金がないのだよ。ドーソン公爵」

ファウスティンは気まずそうに言い訳を吐く。

「僕だって専属の文官なんて雇っていませんよ。それに、これほとんどノアレイン公のサイン待ちじゃないですか?」

「……いや、それは、そうなのだがな。どうにも、文字やら数字を見ていると、やる気が起きないというか……」

「はぁ……、もう言い訳はいいですから。ほら! やりますよ! 手伝って差し上げますから!」

ラルフはため息をつくと、ファウスティンの背中を押した。

「えっ。いや。その……。今からか?」

そんな頼もしい援軍に対して、ファウスティンはなぜかたじろいでいる。

「旦那様! せっかくこんなにもありがたいお申し出なのですから、ラルフ・ドーソン様の手腕を見て学んでくださいませ! ドーソン公爵の実務能力は、貴族間でも大変なご評判なのですよ!」

メイド長のローラが、満面の笑みで言った。

昨夜の捕物騒動から一夜明けて、ここはノアレイン公爵が治めるノアルディアの領主館。

昨日のこと。深夜にも拘らず、突然ファウスティンが連れ帰ってきた人物が、大魔導士ラルフ・ドーソン公爵だと聞いて、ローラをはじめとしたメイドたちは、飛び上がるほど驚き、慌てふためいた。こんな唐突にお隣の領地の公爵が来訪されても、碌な歓迎ができないからだ。

しかし、ラルフは、

「いやぁ。こんな夜更けに突然すみません……。ホント、お構いなく!」

と、メイド一人一人にだらしない猫背でペコペコと頭を下げていた。

(本当にこの人が、あの大魔導士様なのか?)

メイドたちは半信半疑だったが、ローブに留められた銀の紋章は、間違いなく魔導士の権威団体、賢者の塔所属を表す物。せめて上等な酒でも、と思ったのだが、

「ああ。本当の本当にお構いなく! 突然の来訪になるだろうから、僕が用意してきたから!」

ラルフはマジック・バッグの中から、フレーバー・ビールの樽や、ワインの瓶、ドワーフの火酒、さらには熱々の焼き鳥各種を取り出した。

メイドたちは思わず、「ゴクリッ!」と唾を飲み込む。こんな夜更けに、この光景は拷問に等しい。彼女たちの主であるファウスティンは、食前の祈りもせずに鶏もも肉にかぶりつき、ビールで流し込んでいる。

(なんてご主人様だ!)

メイドたちの怒りが頂点に達した、その時だった。

「ああ! 君たちも食べて食べて! あと、ヘンリエッタ・カフェのケーキも色々持ってきたんだよねぇ」

ラルフはマジック・バッグをさらにゴソゴソと漁り始めた。

昨夜は、遠くより伝え聞くだけだった魅惑のロートシュタイン料理にメイド達も舌鼓を打ち、今日に至っては、このどうしようもない旦那様の書類仕事を手伝ってくれるという……。メイドたちは、ラルフ・ドーソン公爵を見る目が、いつの間にかハートマークに変わっていた。

それに引き換え、メイドたちが仕える旦那様はといえば。

「はぁ、めんどくせーなぁ……」

と呟く。

「いや、気持ちはわかりますけどね。……あのねぇ、そんなに丁寧にサインなんて書く必要なんてないんですよ!」

「えっ? はっ? そうなの?」

「何のために筆記体があると思ってるんですか。こう……ぐしゃぐしゃぁっ、って感じでいいんですよ!」

「えっ? そうなの? 読めなくていいの?」

「なんとなく読めますよ! そんで、万が一何かあった時に、この筆跡がノアレイン公のサインだってわかればいいんです! ……こんな、『壊れた道案内看板の修繕』なんて、後で問題になるはずないでしょう? はい、ちゃちゃ〜っと書いて! はい次!」

ラルフ・ドーソンは恐るべき執務能力で、書類をバンバンと処理していく。

「……ちょっと、煙草吸っていい?」

「あと十枚やったら吸いましょ? ね? たった十枚ですよ?」

と、言いながら、ラルフは歳が十ほど上のファウスティンを手玉に取っている。

その指導力とマネジメント能力にも目を見張るものがあり、メイド達は、「はぁー」と目をまん丸にして感心するしかなかった。

時折、分厚い書類束を手にしたラルフの瞳が、唐突に鋭く光った。

それに対して、書類に囲まれたファウスティンの姿は、まるで悪魔と対峙するよりも苦行のようだった。

「むっ? ちょっと、この商家、明らかに怪しいですよ」

「……何がだよぅ? しっかり払うもの払ってるんだ。別に問題なんてあるわけ……」

ラルフは静かに一枚の帳簿を指で叩いた。

「こちらの穀物商、収穫高を去年の半分と申告しています。ですが――こちらをご覧ください。先月、港から搬入された塩の取引量。倍になっているのです」

ファウスティンは眉をひそめ、手元の紙を乱暴にめくった。

「……めんどくせーなぁ。何? 抜いてるの? こいつら?」

「はい。収穫が半分なら、塩の買い付け量も半分のはず。つまり――収穫は倍以上、余剰をどこかへ流している可能性が高いでしょう」

「うっわぁ。何してくれてんのよ……」

「徴税請負人もグルかもですねぇ。……ですが、こっちの商家は素晴らしく完璧な帳簿ですね! ここを担当している徴税請負人の報酬単価を倍にして。抜いてる奴はクビにした方がいいかな……」

ラルフは、ノアルディア領に蔓延る腐敗さえも、的確に見つけ出し、処理していく。もはや、メイドたちは、(ロートシュタイン領に転職しようかなぁ!!)とさえ、思い始めていた。

長年の懸念だった書類仕事が瞬殺され、二人の公爵は、ファウスティンの営む雑貨屋に移動した。ファウスティンは、いつものようにドカリとカウンターに座る。ラルフは、店内を興味深そうに見て回っていた。

「で? さっきの話。……悪魔を一匹売って欲しいと?」

ファウスティンはそう尋ねて、煙草に火を点けた。もはや、貴族間の言葉遣いはとうに崩れていた。

「はい。ちょっと。ダンジョン生成実験の、触媒として利用したく……」

「人間がダンジョンを生み出すのかよ……。さすが、殲滅の魔導士、魔導具製作の天才。大魔導士ラルフ・ドーソン公爵だな……。色々と、噂は伝え聞いている」

ラルフは、呪われた魔剣が、まるで傘立ての傘のように何本も突っ込まれた壺を覗いていた。

「まあ、上手くいくか、わからないんですけどねぇ……」

そう言いながら、ラルフは一振りの魔剣を持ち上げ、(カーライル騎士爵のお土産にいいかなぁ?)などと、呑気に考えていた。

「ラルフ・ドーソン。俺と貴公との関わりは、今まで、ほぼない……。最後に会ったのは、あの戦争の時か……?」

「そうですねぇ。なにぶん、僕も割と引きこもりというか、ロートシュタインからあまり出ないですから」

「何故、俺に急に会いに来た?」

「うーん……面白そう、だから?」

その答えに、ファウスティンは少しだけ満足そうに、クスッと笑った。だが、

「俺は、金では動かな……」

言いかけた時だった。ラルフ・ドーソンは、いかにも重そうな、おそらく金貨がパンパンに詰められた布袋をカウンターに置いた。

「うっ……」

ファウスティンは、喉を鳴らした。

「公共事業ですからねぇ……。金貨千枚までは、ご用意できますよ……」

呪いの小箱を覗き込んでいたラルフが、事も無げに、圧倒的な数字を口にした。

(……せ、千? ……この領地の、何年分の運営費だ?!)

ファウスティンは驚愕するが、ざっくりとした暗算すらできないのが、彼の数字の弱さを物語っていた。悲しいことに。

しかし、ファウスティンは、努めて平静を保ち、何か矜持のようなものに裏打ちされた精神力でもって、再び問いかける。

「俺は、売る奴は選ぶ。それに、金じゃないと……」

またも言いかけた時だった。ラルフは、カウンターの上に、ある魔導具をゴトリッと置いた。

「ノアレイン公の、"副業に役立ちそうなモノ"も、ご用意致しましたよ……」

「こ、こ、……これは?」

ファウスティンにとって、なぜか心が惹かれる、黒光りする魔導具。

「それは、魔導銃です」

「ま、魔導銃?」

「ちょっと、最近、魔導具製作の新たなパートナーとの出会いがありましてね。ノアレイン公の為だけに! ご用意してみたんですよ。その銃の名前は、”スクリーミング・ディーモン”」

その名前に、ファウスティンは、謎にゾクゾクする気持ちが湧き上がってくるのが抑えられなかった。ラルフの説明によれば、その魔導銃は――

全長:65cm

重量:7.5kg(魔導刻印や銀装飾による重さ)

装填数:2発(両銃身)

射程:近〜中距離(至近距離で最大威力)

通常弾:銀+聖塩+聖水を混ぜ込んだ「浄化散弾」

呪弾:魔獣の骨灰や竜の血を混ぜた「呪的弾丸」

札弾:希少金属オリハルコンや爆烈封印呪符を詰め込み、撃った瞬間に呪的爆発を起こす「爆烈鉄鋼弾」

特殊仕様:弾を装填する際、術者の血を一滴垂らす必要あり → これで銃と術者の魔力がリンクし、撃てるようになる

ファウスティンは、顔面を紅潮させて、どうにかニヤニヤしてしまいそうになる表情筋を抑え込もうとするが、無駄な足掻きだった。

それを手に取り、

(今夜にでも、また厄介な依頼が舞い込まないかなぁ?! これをぶっ放して、悪魔やらアンデッドやらをぶっ殺してぇぇぇぇぇぇ!)

という、かなり物騒な欲望が湧き上がっていた。

しかし、彼も腐っても貴族だ。スーハースーハーと、深呼吸をした後、最大限の無表情を作り出し、

「わかった……。今まで捕らえてきた悪魔たちは、特殊な瓶に封印してある……。着いてきたまえ、ラルフ・ドーソン……」

そう言って立ち上がる。

「ありがとうございます」

ラルフは深々と頭を下げるが、ファウスティンに見えないように、ニヤリと、悪魔のような笑みを浮かべていた。

「さぁ、来たまえ。こちらだ」

ファウスティンに促され、ラルフ・ドーソン公爵は、薄暗い店の奥、さらに怪しげな深淵に続く地下への階段を降りていった。