軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

182.強者になれなかった三馬鹿トリオは、美味い飯に出会う

リザードマンの戦士、ムヴォスは生まれて初めて、死を感じていた。

故郷の南方諸島の村を飛び出し、幼馴染のベスとラオンと船に乗り、この“虚海”へ繰り出した。なぜなら、遠く、王国のロートシュタインで、“ 旧深魔獣(オールド・ディープ) ”を討伐した者たちがいると、吟遊詩人の詩で伝え聞いたからだ。強者と戦い、その武勇を尊ぶ風習がある彼らにとって、それは途轍もない名誉だからだ。

(人間如きが討ち取れたのなら、我々だって!)

共和国との戦争も終結し、自分たちの力量を試す場もしばらくない。ならば、と思ったが、今は、深い後悔に沈むしかない。白波を巻き上げ、海を割る巨大なバケモノ。――あんなもの、どうしろというのか? 絶望に打ちひしがれた三人の若い戦士。

しかし、その時、バリバリバリ……! ズガオオオオオオン!と、雷鳴のような衝撃と、激しい光の明滅が起きた。そこには、まるで闇そのものを纏ったかのような、巨大で、獰猛な船。ウル・ヨルン号を初めて見た瞬間だった。

その船首には、見慣れない魔導武器を肩に担いだ人間族の女、フィセが圧倒的強者の面構えで、リザードマンたちを見下ろしていた。

彼らは、ウル・ヨルン号に救助され、予想外にも王国のロートシュタイン領への上陸を果たす。彼らの乗っていた船は半壊し、このままでは、故郷の村に帰るのは不可能だろう。港に接岸し船を下りると、三人のリザードマンは、やっと心から安堵することができた。

するとその時、ぐぅ〜、とベスの腹の虫が盛大に鳴いた。

「はらへった、な……」

三人は頷き合う。するとフィセが、

「お前たち! いい店を紹介してやろうか? ……あっ、でも、リザードマンって、何を食べてるんだ? いや、あそこなら、何かしらあるだろうなぁ……。お前たち、金は持ってるのか?」

「金……。あれか、人間族が大好きで、集めてるやつ」

と、ベスが言った。フィセは、

「ハッハッハッハ! 確かに、間違ってはいないかも!」

と、なぜか豪快に笑った。

「俺、金、持ってる。沼地のワニ殺したら。人間族の冒険者がこれ、くれた」

ラオンは腰に巻いた布地から、そう言って取り出したのは、黄金色に輝くコインだった。

「おお! 共和国金貨だ! それがあればじゅうぶんじゅうぶん! 三人とも腹いっぱい食べられる。それに、お酒も飲める!」

フィセが教えてくれたその言葉に、三人の目が輝く。

故郷の村では、腹いっぱい食べられるのは、ごく一握りの圧倒的強者だけだ。狩りをし、強大な魔獣を倒せる者だけ。その他の多くのリザードマンは、猪豚やワニや野鳥を狩り、自分が食べる分と家族に分け与えれば、一人の取り分はそれほど多くはない。それに、狩りが毎日上手くいくとも限らない。雨季には、数日間なにも食べないということも珍しくはないのだ。

それに、人間族のメシというのも気になる。時々、村を訪れる人間族の冒険者が口にしていた、酒という飲み物にも興味があった。

そして、この船の長、メリッサ・ストーンという燃えるような赤髪の女も同行するという。三人は、その立ち姿を見ただけで、彼女もまた強者であることを理解した。美しい顔には、右の目の下に古傷。そして、まったく隙がない。もし、リザードマンの誰かが突然にして襲いかかったとしても、ほぼ同時に、腰に差した剣が煌めき、三人の首が胴体から泣き別れる未来しか見えない。

(人間族、ナメてたかも……。もしかしたら、人間族は、メスの方が強いのかもしれない……)

ムヴォスは、心の中でひそかに分析した。

移動の際は、大きな動く箱に乗った。これも魔道具らしく、これに乗るにも金がいるのだという。人間族は怠け者なのだなぁ、と思ったが。流れ行く街並みのスピードに、否が応でも納得せざるを得なかった。

街中には、驚くほど多くの人間族がいた。そして、故郷の村では考えられないような石造りの巨大な建物が立ち並び、そのあちこちから、生まれて初めて経験する多種多様な匂いが漂ってくる。三人のリザードマンは、完全にオノボリさん状態でキョロキョロしっぱなしだ。

よくよく見てみれば、人間族だけではないようだ。獣人族もいる。ドワーフも、エルフまでいるではないか。彼らは驚きを隠せない。

メリッサとフィセは、微笑ましくも苦笑いを浮かべて見守っている。

「おい! あれ、すっごい、デッカイ魚、あれも金があれば食えるのか?」

ラオンが漁師の屋台で売っている巨大なマスを指差した。店主の漁師は驚いてビクリと身体を震わせた。

「あー。まあ、領主館に行けば同じようなのはありそうだが……。せっかくなら、それを買っていってラルフ様に料理してもらおうか」

メリッサ・ストーンが、屋台の漁師に話しかける。

道中、メリッサとフィセから、これから行くのは領主さまの店で、なんと、その領主こそが、伝説の 竜族(ドラゴン) を打ち倒した魔導士だという。

「手合せ、してもらえるだろうか?」

ムヴォスは、フィセに質問した。

「いやぁ。まあ、嫌がられはするかなぁ……。まあ、でも。とりあえずはご飯でしょ! 腹が空いては戦はできぬ、ってラルフさまも言っていたし」

ムヴォスは、なるほど。と妙に納得してしまった。確かに、強者に立ち向かう時は、腹が減っていない方がいいに違いない。

目抜き通りの先、ひときわ大きな白い建物。あれが領主館だという。そこに向かい、大勢の人々が川の流れのように集まり流れる。そこに身を任せ、海賊公社の二人とリザードマンの三人も暖簾をくぐった。

「いらっしゃいませ! テーブル席へご案内しますね。どうぞ!」

獣人族の少女が、その可愛らしい猫耳をピクピクと動かして、リザードマンたちを案内してくれた。三人は戸惑いながらも店内を進む。客たちは、見慣れない亜人族を見て少しだけ驚くような素振りは見せるものの、すぐに会話や飲食に戻ってゆく。誰もが、(ああ。また常連客が増えるんだろうなぁ)くらいにしか思わない。

向こうでは、メリッサがカウンター越しに一人の男に先ほど買ったマスを渡して何やら話しているのが見える。

おそらく、あの男が、大魔導士ラルフ・ドーソン。

三人は所在なさげに椅子に座る。しかし、どうしてもキョロキョロと辺りを見渡すのをやめられない。どうにも、あの大魔導士以外にも、とんでもない強者たちがこの場に多く紛れ込んでいる気がしてならない。

金色の長い髪をした冒険者の男、鎧を身に着けた髭面の男、さらに、奥の席では、優雅に着飾る御婦人方の中心で、白ワインを飲んでる女性。リザードマンたちは、その野生の勘から、そのヤバさを察した。

(絶対に、あのメスは、ヤバイ……。一瞬目が合っただけなのに、死ぬかと思った)

それはそうだろう。クレア王妃は、戦闘力においては、この王国でもトップクラスの存在だ。神聖魔法を身に纏い、魔獣を屠るその姿に憧れを持つ者も多い。特に、男性冒険者の一部は、彼女に踏まれて罵られたい、というヤバイ性癖を拗らせている者もいるらしい……。

ムヴォスは、ふとすぐ近くの窓を見た。そして、今度こそ死を覚悟した。巨大で紅い目玉が、こちらを覗いていたのだ……。彼は椅子から転げ落ち、腰が砕けたように座り込む。

「お、おい! どうした? ……え? うわぁぁぁぁぁ!」

異変に気付いたベスも窓を見て、驚愕に声を上げた。ラオンは恐る恐る窓に近づき、その正体を見極めんとする。そして、

「ひ、火竜様だ……。火竜さまがいる……」

「な、なんだと……」

三人は床に額づき、その紅い巨躯のワイバーンに対して、

「火竜さま! 怒りをお収め下さい、怒りをお収め下さい、怒りをお収め下さい……」

と、謎のお祈りをはじめてしまった。周りの客たちは、面白げにその光景を見ているだけだ。するとそこへ、

「ごめんごめん! 驚かせちゃったみたいだねぇ!」

と、ラルフ・ドーソンがやって来た。そして、窓を開けると、

「こら! レッドフォード! 知らないお客さんだとビックリするだろ?! そのホラー映画みたいな登場はメッ!」

と謎の言葉を用いて叱りつけた。レッドフォードは、くぅ〜ん、と寂しそうに鳴いた。

「あ、あ、あなたは……」

ムヴォスは、驚愕に目を見開く。

「すまんすまん! ほら、立って」

ラルフ・ドーソンが、手を伸ばしてくれた。ムヴォスはその手を取り、立ち上がる。まだ膝が少し震えている。

「あ、あの……、あの火竜さまは?」

「あー、火竜? まあ、どうなんだろ? アイツはレッドフォード。うちの可愛いペットなんですよ! ささっ、害はないんで、どうぞ席に座って下さい」

ラルフは、こともなげに言い放った。間違いない。彼が、あの、ラルフ・ドーソンだ。

この小さい人間族が? とムヴォスは目の前にいる脆弱そうな若者を見る。しかし、あの火竜を使役するほどの、圧倒的強者なのだ。そして、伝説の竜族を倒せるほどの……。それが信じられなかった。

いや。もしかすると、真なる強き者は、このように凡庸たる姿をしているのかもしれない。ムヴォスは、先ほどラルフが握ってくれた右手を見た。熱い手だった。まるで、炎をその心に宿しているようではないか! 拳を握りしめ、謎の感慨に浸ったが、それは変温動物と恒温動物の差という、生き物の仕組みとしての差異に過ぎなかっただけだ……。

「あっ! 失礼ですけど。字は読めます?」

ラルフがメニューを渡しながら、恐る恐る質問をした。

「オレ、読める!」

意外にもベスが手を挙げた。

「おおおおお!」

二人のリザードマンが驚愕の声を上げる。ベスは、メニューを見た。色彩豊かな絵と、丁寧な説明が書かれている。しかし、あまりにも多すぎる。ギョーザ、ラーメン、カラアゲ……。そのどれもこれもが、複雑で怪奇。まるで、毒花に誘われて、色とりどりの花が咲き乱れる深い森に迷い込んでしまったかのような気分になる。

しかし、とても馴染み深い食べ物を発見した。それは、サシミ。生の魚を捌いただけの料理。これなら、故郷でも食べた。しかし、リザードマンの生息域では、魚は狩り尽くされ、希少な食料だった。

「おい! 生魚、あるぞ!」

「えっ? ホントに?」

「ホントだ、ホント。ここにそう書いてある。サシミ? フナモリ?」

するとラルフは、

「あー! じゃあ、先ほど提供して頂いたマスもガッツリ盛って差し上げますよ! その分安くしますぜ。あと、お酒は飲む?」

リザードマンたちは、酒というものに興味はあるが、これまた酒類が多い。すると、カウンターに座っていた男が、

「刺身なら米酒一択だ!」

と、なんだか偉そうにアドバイスしてきた。

「じゃ、それで……」

「はいよー! 少々お待ちぃ!」

ラルフは去っていった。

リザードマンたちは、なんか、とんでもなく、ヤバイ場所に来てしまったのではないか? と不安になったが、未知の世界に興味が尽きず、またも辺りを見回しキョロキョロとしてしまう。

そして、その後はまるで天国にいるかのような体験の数々だった。

美味い魚と、美酒に酔いしれ。ラルフ・ドーソンの歌う未知の音楽で踊り狂い。そして、フィセが注文したマスの押し寿司(サラマンダーの炙りもあるよ!)が運ばれて来た際に、チョロチョロとテーブルによじ登ってきた、真っ赤なヤモリのような姿をした火の精霊に対して、またも三人は五体投地という最大限の礼節を披露した。

喧騒もいつか終わりを告げ。リザードマンの三人は、二つの月が見下ろす街道を千鳥足で歩く。ラオンだけは、まだ興奮冷めやらぬ様子で、側転をしたりバク転をしたりして騒がしい。

「見ろ。お金、増えた……」

「お前、バカ……。それ、お釣り。銀色は価値低い……」

「でも、また、サシミ食べたい。カラアゲも、美味かった……」

「冒険者に聞いた……。冒険者やると、金、手に入る」

「人間族、お金集めるの、意味、よくわかった……」

「とりあえず。船で寝る……。明日、冒険者ギルドとかいうとこに、行く……」

そして、ムヴォスはリザードマン特有の大きな口を開き、欠伸をした。明日はラーメンとやらに挑戦してみるつもりだ。

もはや、三人とも、故郷に帰ることや、強者に打ち勝ち、名誉を手に入れることを、頭から追い出してしまっていた。