軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

165.森の狩人

ダンジョン三階層:幻影の森

ダンジョン三階層、鬱蒼とした森の中をラルフ一行は進む。木漏れ日が細い光の筋となって地面に落ち、足元には枯れ葉が絨毯のように敷き詰められている。全員が武器を構え、周囲への警戒を怠らない。だが、魔導士であるラルフだけは手ぶらで、まるで気ままな散歩でもしているかのようだ。

「なんだか、ここがダンジョンの中だなんて、忘れてしまいそうになる景色ですねぇ」

フィセが感嘆の声を漏らす。

「確かに。普通に薬草なんかも生えてますしね」

海賊公社のメリッサ・ストーンが足元を見つめながら同意した。

前衛を歩くヒューズが、冷静な声で指示を出す。

「ラルフ様、いつでも魔導障壁を張る準備をしておいて下さい」

「へいへい。人使いが荒いリーダーですなぁ」

ラルフは文句を言ってみせるが、ヒューズの冒険者としての腕は認めている。ローブの中で魔石を握り込み、いつでも魔法を展開できるよう準備を整えていた。

「つまらん……。まったく魔獣が襲ってこないではないか」

カーライル騎士爵が退屈そうに呟いた。

「森に棲まう魔獣は、特に警戒心が強いですからね……。特に、こちらには大魔道士様がいる。ラルフ様の魔力の気配に、怯えているのかも……」

ヒューズの言葉に、全員の視線がラルフへと注がれた。

「はっ?! なに? 僕のせい?!」

誰も言葉を発しないが、明らかに何かを言いたげな目がラルフに向けられている。そして、すぐに進行を再開した。ラルフは(解せん!)と心の中で悪態をついた。

しばらく進んだその時、先頭を歩いていたヒューズがピタリと立ち止まり、右手を上げてハンドサインを送る。一行は全員が動きを止め、息を殺した。

「なんだ? 何かいるのか?」

カーライル騎士爵が隠しきれない興奮の色を帯びた小声でヒューズに耳打ちする。

「前方の、あの二股の木の右、見えますか?」

ヒューズもまた、小さな声で前方を見据えながら答えた。

カーライル騎士爵は目を凝らした。何か、白く薄っすらと光る物が、ゆらゆらと揺れているような……。しかし、それは幻だったかの如く、ふっと景色に溶け込み、視界から消えてしまった。

その瞬間――

「ラルフ様!! 魔導しょうへ……」

ヒューズの叫びが終わるよりも早く、バキィィィィィン! という衝撃音が全員の耳朶を強く打ち鳴らした。

「油断大敵!」

ラルフが叫ぶ。

隊列の横から、いつの間にか現れた光る角を持つ巨体な鹿の魔獣が突撃してきたのだ。光る角はラルフの張った魔導障壁に阻まれ、魔獣は衝撃で後方へと大きく飛び退いた。

「あ、あれは!! ファントム・スタッグだ!」

ヒューズが魔獣の名を叫ぶ。

「ラルフ・ドーソンよ! よく反応できたな!」

カーライル騎士爵が獰猛な笑みを浮かべながらラルフを褒めた。

「魔導検知はずっとしてたからねぇ。でも、なんかとんでもないスピードで動いてきたな」

ラルフは息を整えながら答える。

「なに? どういうことだ? 群れに囲まれたわけではないのか?」

そう言っている間にも、ファントム・スタッグは再び森の景色に同化するように、視界からいつの間にか消えていた。

「さっき、我々の前方にいた個体ですよ! 別名、幻獣。厄介な獲物です。全員、一箇所に集まれ! 全方位警戒!」

ヒューズの指示に従い、全員が身を寄せ合うように小さく集まり、鬱蒼とした木々の間に目を光らせる。緊張が張り詰め、心臓の鼓動が耳に響く。

その時、

「マティヤス騎士爵! 来ます!」

ラルフは魔導検知反応から反射的に叫び声を上げた。

ギィィィィン! カーライル騎士爵のロングソードから火花が散る。いつの間にかファントム・スタッグの突進を受け、間一髪で防いだ形だ。

再び、幻獣は姿を消す。

「なんなのだ?! あの角は、まるで鉄……、いや、剣を受けたかのような手応えだったぞ!」

カーライル騎士爵が驚きに目を見開く。

「さすがです。まさにその通り、あの角は魔剣の素材に使われる、超一級の希少素材ですよ」

ヒューズが冷静に解説を加えた。

「なんだとっ?! 絶対に倒すぞっ!」

刀剣マニアのカーライル騎士爵の闘志と物欲に、文字通り火がついた。その瞳には獲物への執着が宿っている。

「次来たら、私、撃っていいですか!」

フィセがクラーケン・バスターを構え、逸る気持ちを抑えきれない。

「よせよせ。それは再装填に手間がかかる。もし外したら、その間お前は無防備になってしまう。……そのけったいな武器は、まだ出番じゃない」

ヒューズは冷静に彼女を落ち着かせた。

「ヴィヴィアン。アイツをテイムはできないのか?」

ラルフがヴィヴィアンに尋ねる。しかし、

「ダンジョンによって生み出された魔導生物は気性が荒すぎる。普通は無理なのだ、普通はな……」

と一流の魔獣使いに言われてしまっては、諦めるしかない。普通ではないのが、ラルフのペットのレッドフォードなのだ。

「何か打つ手はないのか?」

ミラが苦々しい顔で呟いた。

皆が固唾を呑み、武器を構える。しかし、それ以降、奇妙な静寂が森を支配した。攻撃が止んだのだ。ファントム・スタッグは姿を現さない。

「諦めたのか?」

ミラが小さく呟く。

「どうかな……。ラルフ様、魔力検知は、まだ行っていますか?」

ヒューズがチラリと背後を見ながら尋ねてきた。

「もちろん……。僕の右手、あの大木の裏にいるよ」

ラルフは事も無げに答える。

「うーむ……。動きがまったく目で追えん……。あれは、一種の魔術なのか?」

カーライル騎士爵が額に汗を光らせながら唸った。

「認識阻害の魔法っぽい感じはするねえ。まあ、人間の魔導士が使うような技術体系化されたものじゃなく、潜在的に、パッシブで発動させてる感じかな?」

ラルフは大魔道士としての知識でそう分析した。

「では、聞きますが、ラルフ様。本気を出せば、アイツを倒せますか?」

ヒューズが真剣な眼差しをラルフに向けた。

「もちろん」

ラルフは即答した。

しかし、

「それでは面白くないではないか? なぁ」

カーライル騎士爵が抗議の声を上げた。その顔には、獲物を前にした猟犬のような熱が宿っている。

「しょうがないなぁ……じゃあ、カーライル親子に見せ場を作って差し上げましょう。……はい、これ」

ラルフはマジックバッグからある物を取り出し、カーライル騎士爵に手渡した。

「は? これは、……ロープ? 何かの魔道具か?」

「いえ。ただのロープです」

「これで、どうしろと?」

「おやおや。カーライル騎士爵ともあろうお方が、これを見て何も作戦が浮かばないと?」

ラルフの挑発的な言葉に、カーライル騎士爵はムッ! とした。そして、その顔に不敵な笑みが浮かぶ。

「……なるほど。なるほど……。よし、ミラ、手伝え」

「獲物が移動を開始、今は……、メリッサの正面だ」

ラルフは魔力検知の結果を、対象に視線を向けずに伝える。彼の視線は、周囲の木々の間を縫うように泳いでいた。あの獲物はこちらの視線を嫌うように動いているように感じたからだ。

「むっ! ……本当に見えないのだな。気配すら感じないなんて」

メリッサは感嘆の声を漏らす。その目は、何も見えない森の奥を見据えている。

「そろそろ来るぞッ、準備は?」

ラルフが小声で確認する。

「いつでも!」

ミラが輪にしたロープを握り込んだ。その手には力が込められ、指先が白くなっている。

「うむっ!」

カーライル騎士爵がロングソードの柄を握りしめる。その瞳には、獲物を仕留める騎士の鋭い光が宿っていた。

「来る! メリッサの正面!」

ラルフの合図で、

「せいやぁ!」

マティヤス・カーライル騎士爵が雄叫びを上げて躍り出る。ギィィィィン! と、ファントム・スタッグの光る角とカーライル騎士爵のロングソードが激しく競り合い、火花が薄暗い森を彩るように散った。

「今だ! ミラ!」

「はい!」

ミラは輪にしたロープの先を、ファントム・スタッグの片方の角にかけた。狙い澄まされた一投だった。

「そりゃあ! もう逃げられんぞ!」

カーライル騎士爵が突進の力を横に逃がし、逸らす。再びファントム・スタッグは茂みに逃れようとするが、ぐんっ! と角に掛かったロープが張り詰め、その動きを阻んだ。

「逃がすかぁぁぁぁぁあ!」

ミラがロープを腕に巻き付け、腰を低くしてファントム・スタッグの逃亡を阻止する。その足元は、ジリジリと引き摺られ、地面に深い轍の如き溝を作っていく。

角に巻き付いた異物を払うように、鹿の魔獣は大きく首を振り回す。その荒々しい動きは、まさに嵐のようだった。

その絶好の隙を、歴戦の騎士が見逃すはずがない。

「これで終わりだぁぁぁぁぁ!」

暴れ狂う魔獣に、カーライル騎士爵は躊躇なく突進する。その切っ先は、魔獣の右肩あたりを正確に貫き、心臓の近く、魔石を打ち砕いた。

ビクリっ! と長い首が反り上がり、

そして、その巨体がどうと倒れる。

カーライル親子は、ハァ、ハァ、ハァ……。と荒い息を吐いていた。だが、その魔獣が淡い光に包まれ出したのを見て、互いに力強くハイタッチを交わした。ダンジョンから生まれ出でし魔導生物は、ダンジョン内で命尽きれば、ダンジョンに吸収される。それは、この場所特有の人智を超えた理だ。

あとに残されたのは、白く輝く、水晶とも金属とも判別できない、立派な角だった。それは、激戦の証であり、新たな物語の始まりを告げるかのようだった。