軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

128.大変なこと

ドン!

と、腹の底に響くような地響きが、ロートシュタイン領主館の執務室を揺らした。

窓の外から聞こえるけたたましい雄叫びと、それに続く突風が、窓の硝子板を波打たせる。

「今日は、ロックバードですね」

アンナは、ラルフが尋ねるまでもなく、今日のレッドフォードの献上物を淡々と告げた。その声には一切の抑揚がなく、まるで日課の一部であるかのように。ラルフはちらりと窓の外に目をやった。彼の愛しきペット、巨大なワイバーン、レッドフォードが、得意げに空を旋回している。その姿はまさに空の覇者。

仲間内では、レッドフォードはワイバーンではなく、実は伝説の竜族ではないか、という説が囁かれているが、ラルフにとっては、それがどうした? という話だ。種族が何であろうと、彼の中でレッドフォードは「可愛いウチの子」なのだ。親心に揺るぎなどない。

と、その時、ラルフはなぜか得意げな顔で正面を向き、高らかに宣言した。

「突然だが、『居酒屋領主館』、書籍化決定なのね!」

アンナはきょとんとした。その顔には、困惑と、ほんのわずかな諦めが滲んでいる。

「はっ?」

「こういう報告の仕方が、らしいっちゃあ、らしいかなぁ。……なんて!」

ラルフは、まるでその言葉を聞いた誰かの顔が、驚愕と狂喜に染まる様をありありと妄想しているかのように、楽しげに目を輝かせている。

いつもの奇行ではあるが、今日は一段と浮かれているようだ。その様子は、彼の心が弾けるような喜びで満たされていることを物語っていた。

「何を言っているのかわかりませんが……」

アンナの声は、どこか遠い場所から聞こえてくるようだった。

「まっ! それはそれで。とりあえず仕事だ!

シン・商業ギルドに視察に行くぞー!」

ラルフは意気揚々と立ち上がり、執務室を後にする。その後ろを、アンナはただ無表情でついていった。

冒険者ギルドの隣。以前は雑然とした商人長屋が立ち並んでいた一角は、見違えるように整然とした建物へと改築を終えていた。真新しい木材の匂いが漂う中、商業ギルドの職員たちが、机や什器、そして書類の詰まった木箱を運び入れている。

彼らの視線は、揃いも揃ってラルフに突き刺さっていた。その瞳には、「めんどくせーことしやがって!」という、はっきりとした怨嗟が宿っている。だが、ラルフはそれに気づかないふりをした。

物理的な距離が縮まり、冒険者ギルドとの連携が密になれば、彼らもいずれ、この改築の恩恵に気づくだろうと信じて。

「しかし。旦那様の魔術で作られた転移扉があれば、このような大掛かりなことをしなくても良かったのでは?」

アンナが静かに尋ねた。彼女の言葉には、ささやかな疑問が込められている。

「転移の魔術式は、賢者の塔と魔導連盟によって条約違反とされている」

ラルフの言葉に、アンナは驚いたように目を見開いた。

「えっ? ですが。居酒屋領主館の地下には転移扉がありますよね?」

「ああ。魔導研究者は、ちょっと特権があってね。一応、研究の名目で保有できるし。何より、人の住まない最果ての地に繋いでるんだ。条約もクソもない」

ラルフはあっけらかんと言い放つ。確かに、領主館地下の転移装置は便利だ。人の住まない氷の大地の地下へと繋がり、保冷庫として活用されている。本当に便利なものだ。

しかし同時に、それはあまりにも危険すぎる。もし、その技術が悪用されれば、あらゆる産業構造は破壊され、犯罪の温床となるだろう。最悪の場合、暗殺にも使われるかもしれない。アンナは想像を巡らせ、密かに納得した。ご主人様の言う通り、この力は厳重に管理されるべきなのだと。

その時、冒険者ギルドのギルマスが、がははと笑いながらやって来た。

「よう。領主さま!」

「ちーっす!」

ラルフも片手を上げて応える。

「まさか、本当に長屋の連中を立ち退かせるとはな!」

ギルマスの言葉に、ラルフはニヤニヤした。

「いやぁ。話してみたら、みんなわかってくれたよー。やはり誠意が大事なのさ!」

「誠意って書いて、金って読むんでしょ? ギャハっハッハッハ!」

ギルマスの言葉に、ラルフは腹を抱えて大笑いした。

「ぎゃっはっはっはっはっはー!」

そのやり取りを見ていたアンナは、頭痛を覚えた。彼女の心の中で、(何が誠意だ?!)という叫びが木霊する。

言葉巧みに人の心を誘導し、時には魔法をぶっ放して生け捕りにしたチンピラでさえ金儲けの手段にするご主人様は、まさに悪徳領主の鑑だ。

しかし、アンナは表情一つ変えることなく、無表情を貫いた。

「そういや、商業ギルドの移転と、シャークハンターズのクランハウスが完成したら、また何か祭りをやるんでしょ?」

ギルマスの言葉に、ラルフの表情は凍り付いた。笑顔が消え失せ、真っ白なキャンバスのようになる。

「えっ? 別に、何も予定してないけど?」

「いやいや、またまたぁー。どうせ何かまた派手に、パーッとやるんでしょ?」

ギルマスは疑うことなく、祭り開催を確信しているようだ。その言葉が、ラルフをさらに追い詰める。

「えっ? 本当に、僕、何も考えてないけど……」

ラルフの顔は真っ青になり、冷や汗がだらだらと流れ落ち始めた。彼の脳裏には、過去の苦い記憶が蘇る。街道整備の記念式典を主催させられた時の、あの悪夢のような日々。

「えっ? でも、みんな噂してますぜ。なんでも、王都の貴族様たちも、大型観光魔導車を大量に運行させるための取引を終えて、バンバン旅行パッケージを売り出してますよ……。え? 領主さま、……まさか、本当に、何も企画してないんですかい?」

ギルマスの言葉は、ラルフの顔を真っ青から、さらに一段階上の真っ白へと変えた。彼の目はグルグルと回り始め、思考が停止したかのようだった。

確かに、海の冒険者クラン"シャーク・ハンターズ"は、多くの貴族や王族が出資している一大事業だ。そして、それに留まらず、彼らはロートシュタインのラーメン屋や屋台にも出資している。

そのすべてを管轄するのが、今まさに移転を終えたばかりの商業ギルドなのだ。その商業ギルドの移転費用は、他ならぬラルフ自身が出した。つまり、これはある意味、国を挙げた公共事業に等しい。

このような節目節目には、何か盛大なイベントを催さなければならない。ただ、

"やって、終わって、はい解散!" とはいかないのが世界の常なのだ。

しかし、ラルフは思う。そもそも、ここロートシュタインは毎晩毎晩がお祭り騒ぎではないか?! 別にこのような節目であっても、いつも通り飲んで騒げば良いのではないか? と、ラルフは心の中でだけ叫んだ。

何故かその声が聞こえたかのように、冒険者ギルドマスターが、ニヤリと笑いながら追い打ちをかける。

「なんにもしねぇーってのも、マズイことになる気がしますけどね?」

ラルフの脳裏には、期待していたのに何もなかったロートシュタインの領民たちが、失望のあまり暴動を起こすという、あまりにもリアルな光景が鮮明に描写されていた。

彼の頭の中は、今やパニックで真っ白だ。