軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

110.ハイボールが、お好きでしょ

いつもの執務室。書類仕事は完璧に片付けられ、机の上は整然としている。そして、その傍らには、完璧なメイドが用意した、程よく香ばしいスコーンと、ほろ苦く甘い紅茶が湯気を立てていた。実に完璧だ。

とラルフ・ドーソンは満足げに頷いた。

その時だった。

ひゅー! と、鋭く風を切る音が響き、窓ガラスがガタガタと大きく揺れる。

そして、ドスン! と、庭から地響きのような落下音が聞こえてきた。

「……今日の献上品は、なんだ?」

「タイラント・ベアですね。それも、かなりの大物」

窓の外を見たアンナが、いつもの淡々とした口調で報告した。

ワイバーンのレッドフォードは、森の奥で勝手に魔獣を喰らいにいく。飼い主が餌を用意しなくてもいいという、非常に手のかからない子だ。

しかし、何故か自分が食べる以上に狩りをして、ラルフに献上するのだ。ラルフは、飼い猫が狩ったネズミを飼い主に見せにくるようなもんか? と思ったが、冒険者ギルドの職員によると、群れで生活をする魔獣は他の仲間に餌を分け与える習性があるのではないか? とのことだった。しかし、レッドフォードとしては、飼い主のラルフは平気で自分の同族を獲って食う恐ろしい人間族であって、彼らを飢えさせたら次は自分の番だ、という切実な恐怖心からくる行動だった。彼の献上品には、生存本能に根差した、深い意味が込められている。

「熊かぁ……、くま、クマ、熊、ベアー……。鍋にでもするか?」

考え込み、ラルフは呟いた。巨大なタイラント・ベアの塊肉をどう料理するか、彼の頭の中では、すでにジビエメニューのアイデアが巡り始めていた。厨房へと向かう足取りは、どこか楽しげだ。

近頃、居酒屋領主館では、ある酒がジワジワと人気になり始めていた。それは、肉料理に驚くほど合う、あの酒だ。

ラルフは、まず炭酸水の生成に取り掛かる。巨大な樽を目の前にして、彼は一連の呪文を淀みなく紡ぎ出した。

「《 水精招来(アクア・エレメント) 》」

「《 氷結掌(アイスハンド) 》」

「《化合変換術: 碳酸気創出(カルボニック・フォーム) 》」

「《圧縮封入術式: 泡沫檻(バブル・ケイジ) 》」

高難易度のオリジナル魔法を立て続けに唱える。

まず、汚れやミネラルを含まない、澄み切った純粋な水を生成する。

次に、二酸化炭素(CO₂)の溶解度を高めるために、水を極限まで冷やし込む。

そして、術者の魔力を媒介とし、「炭素(C)」と「酸素(O₂)」からCO₂を錬成する。

最後に、その錬成したCO₂を、魔法の力で水中に強制的に溶解させる。

ラルフが発明したこの一連の生成魔法は、

『炭酸気泡注入を目的とした液体構造内圧操作術式の開発と応用』

という魔導学術論文としてラルフ自らが執筆し、賢者の塔に提出済みだ。その革新的な内容に、世界中の魔導研究者たちが頭を悩ませているとかいないとか。論文はすでに、魔導研究の最前線で大きな議論を呼んでいる。

「うへぇ、めんどくせー」

ラルフは、つい本音が漏れる。これほどの手間をかけてまで、彼はあの「シュワシュワ」とした飲み物を求めているのだ。

棚を確認すると、まだまだ火酒の在庫は豊富にある。ドワーフ特製のこの火酒は、ラルフの前世で言うところのウィスキーによく似ている。

以前、造り方を教えて貰えないか? と尋ねたら、「いくらラルフさまと言えども、それだけは勘弁願いたい」と、ドワーフの職人が深刻そうに頭を下げた。

どうやら、門外不出の秘術らしい。まあ、店に安定して卸してもらえるなら、それはそれで無理は言わない。

(仕事前だが、まあ! 一杯くらいいいか!)

ラルフは、グラスを用意し、そこに魔法で生成した透明な氷をカランと入れた。トクトクトクトクっと琥珀色の火酒を注ぎ、マドラーでクルクルと回し、グラス全体をよく冷やす。

そして、次に。彼は静かに、静かに、慎重に炭酸水を加えていく。炭酸が抜けないよう、細心の注意を払い、最後にマドラーで氷を下から上に持ち上げるようにして、ゆっくりと撹拌させる。

そして、一口。クイッと、グラスを傾ける。

「ぷはぁ~!!!」

炭酸の爽快感と、火酒の芳醇な香りが口いっぱいに広がる。こっそりと、開店前の日の高いうちに飲むハイボールも、なんだかオツである。と、機嫌が良くなったラルフは、思わず歌い出す。

「ロンボンディドンシュビダデン バオーデーエーエーオー♪」

前世で懐かしのCMソング。そのメロディは、彼の脳裏に遠い記憶を呼び覚ます。思わず、身体を揺らしながら、指パッチンを二拍四拍でリズミカルに刻む。

その時、ハッ! と、強烈な視線を感じて振り返った。

厨房の入口に、メイドのアンナが、いつもの無表情でこちらを見て立っていたのだ。

沈黙と静寂。痛いほどに、その場に満ちる。

アンナは、何も言わず、ただラルフをじっと見つめている。

そして、すっと振り返り、何事も無かったかのように、その場を立ち去る。

「……ちょっ、ちょっと待って! これは、その……ちょっと待って?! アンナ! 頼む!! 何も言わないのはツライ! それはそれで本当にツライ! ちょっとー?! アンナぁ!」

ラルフの悲鳴が、静かな厨房に虚しく響き渡った。