軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

リカルドのノート

「お兄様!! 誰か! お兄様を!!」

ローズの甲高い声が虚しく室内にこだまする。だが誰一人動く人間はいない。

張り詰めた空気の中、ロランは取り乱すローズに冷めた視線を送る。その姿は圧倒的強者。逆らう人間などいるはずもない。ローズは心臓を突き刺すような視線に気が付き、慌てて両手を床につけ頭も床に擦り付けた。

「す、全て謝ります! ジゼル様を傷つけたこと、後悔しています! どうか命だけは!! どうか!」

必死に許しを乞うその姿を見てもロランの心は動かない。アーティファクトで聞いた声が、見た映像が脳裏から離れない。

ジゼルはあの時、心と体に一生消えない傷を負った。

ジゼルの頬を伝わる涙。

(初めて見たジゼルの溢れる感情が……あの涙……)

複雑な思いが胸を衝く。常に自分の感情を抑えていたジゼルが初めてロランの前で涙を流した。深い悲しみの涙。その姿を思い出すと喉にしこりができたように息苦しくなる。息を吐くごとに心が冷えてゆき、守ってあげられなかった情けない思いに打ち負かされる。

そして、それとは別にジゼルの流した涙の代償はこんなことでは償えない。

ニコラ一族を殺してもその傷は癒えないとロランは知っている。けれどロランに出来ることはこんなことしかない。この方法が正しいと言えないかもしれない。ましてや、優しいジゼルがこんな復讐劇など望むとは思えない。

けれど、馬鹿馬鹿しいと思っても相手と同じ土俵に立たなければならない時がある。唯一相手にわからせる方法はそれしかない。そしてその方法を使う時、それは勝つ確信がある時だ。相手の予想をはるかに超える圧倒的な力を見せつけねじ伏せる。そうすることで相手は自分の愚かさを初めて認識できるのだ。

今のローズのように。

ロランは苦笑し、聞いた。

「ハッ、後悔? ジゼルに田舎の底辺貴族と言ったこと? それともお祖父様とジゼルを侮辱する発言? それとも……」

「全てです! 全て」

ローズはロランの怒りにブルブルと唇を震わせ、何度も土下座をする。その哀れな姿はロランの怒りを収めるどころか火に油を注ぐ。一度口から出た言葉は取り戻せない。ジゼルがその言葉にどれほど傷ついたか。

ロランは表情を曇らせ両手を握る。

「自分の罪を? 全て? そうか、では本当に申し訳なく思うならその全てを私に話してみるが良い」

ローズはその言葉に口籠る。

強要されたデタラメな新聞記事、シャルロットの取り巻き上位に居たかったらそれなりの働きを要求されたこと。それらを話すことはシャルロットを裏切ることになる。

命乞いするなら王家かジュベールか。

だが、ロランの圧倒的な、容赦ない怒りを見せつけられ助かるのならどちらでも良いと思った時、近くにいるアメリー・バリエの姿が目に入った。

(なぜ私だけ!? アメリーだって一緒になって言ったのに!)

ロランはローズの視線の先にいるアメリーを見て呆れた。ローズは未だに自分の立場を理解していない。

(最低な女。品格も意思の強さもない女。だが、使い道はありそうだ)

ロランはふと思いついた。シャルロットの罪をローズの口から引き出す。小馬鹿にしていた新興貴族の令嬢から裏切られる惨めさをシャルロットはどう受け止めるか。

「どうしたんだ? 私は妻のことになると気が短い。怪我をした妻の元に早く帰りたいんだ。お前のような愚かな人間のためにこれ以上大切な時間を奪われるわけにはいかない」

ロランは苛立ちを表すようにローズを睨み、ダークネスドラゴンを見た。

ローズは慌てて話し出す。

「わ、私だけではありません、アメリーだって、その他の令嬢だって……」

その言葉にロランは動きを止める。ローズは理解力が無いのかと言うように首を傾けた。

「……? アメリー? お前は全ての罪を話さないのか? 私の言葉を理解できないほど愚かな人間にお祖父様と妻が侮辱されたなど耐えられない」

ロランはそう言って指を鳴らし、その合図にダークネスドラゴンが大きく口を開けた時、ローズは話し始めた。

「あ、わ、私は、シャ、シャルロットが喜ぶと聞いてあのジゼル様を悪女にし……ゲホッ!?」

だが、突然倒れた。

「チッ……魔法……」

ロランは魔法が発動されたことに気が付いた。魔法の痕跡がある。

(これはマリアンヌ!!)

シャルロットが口封じを命じたのだ。

「……私が気がつかないとでも?」

ロランはマリアンヌを見た。マリアンヌは目を逸らしシャルロットを介抱するふりをする。だだ、ロランはそれについて何も言わず、倒れたローズを見る。ローズは口から血を流し死んでいた。

ロランは近くで待機している使用人にローズの死体を保存するように伝え、アメリーを見た。

「……率先して妻を侮辱したのはローズだけではなかったな。アメリー・バリエ令嬢もいたな」

ロランは隠れようとしたアメリーを指差した。アメリーは金縛りにあったように動けない。

ロランは両腕を組みアメリーに話しかける。

「不幸にもローズは殺されてしまった。それで、アメリー、どう思う? 誰が一番罪深いと思う? 罪のない私の妻を侮辱し一生消えない傷を負わせたお前たち? その報復をする私? 口封じのためにローズを殺した誰か? あ、それとも、最大の元凶、妻を悪女に仕立てた……」

ロランはシャルロットを見る。シャルロットは気を失ったように倒れている。

パチン

ロランは指を鳴らす。

倒れているシャルロットの頭上にリカルドのノートが現れた。

パチン

もう一度鳴らすとそのノートがバラバラになりお茶会に参加していた貴族達の上にヒラヒラと落ちてきた。

貴族達はざわめきその紙を拾い、そこに書かれていた内容を読み騒然とする。

「まさか、ジゼル様が悪女と呼ばれるようになったのはシャルロット様の!?」

「それだけじゃなく、全て筋書きがあって、民衆を動かした……」

「……作家リカルドを脅していたって?」

「……転んだ時もあの侍女がジゼル様のせいにしたよな。まさか、それも……」

「ま、まさか今ローズ令嬢を殺したのは……」

ロランは倒れているシャルロットに視線を向けた。

もう逃げられないぞ! シャルロット!!