軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

シャルロットの残り香

ロランが帰宅した。

エントランスでロランを出迎えたジゼルはロランの外套からほのかに香る香水にシャルロットの気配を感じた。

一気に気持ちが下がり、肩を落とし唇を噛んだ。ズキンと胸が痛む。けれどもこんな私の気持ちはロラン様に向けてはいけない。いつも通り空気のように、いつも通り微笑まなきゃ。ジゼルは両手を握りしめ笑顔を作ろうとした。

「……何か言いたいことがあるのか?」

俯くジゼルにロランが声をかけた。

「?!い、いえ……」

突然の問いかけに握った手に力が入る。

いつも何も言わないロランが声をかけてきた。あり得ないことが起きたのだ。ジゼルは顔をあげロランを見た。

ロランは首を傾けジゼルを覗き込んでいる。向けられるその瞳は穏やかで優しい。まるで愛されていると勘違いしたくなるようなその視線に眩暈を感じた。

き、奇跡?

喜びが身体を駆け巡り心臓の音が邸宅中に響くような錯覚を起こす。思考が停止するほど心が舞い上がった。

……どう反応すれば良いの?

ジゼルは顔を赤らめロランからゆっくりと目を逸らした。

何か言いたくても言葉が出ない。

深く息を吸い込む。

どうしよう?何か言わなきゃ。

でも何を言えばいい?

「言いたいことはあるのか?」

それはどういう意味?

頭の中はフル回転している。

……でも、なぜ、ロラン様はそんなことを仰った?……

ジゼルは我に返り表情を硬くした。

―シャルロット様の香り。

ああ、ロラン様から漂うシャルロット様の香りに私の表情が固くなったのを見てそんなことを仰ったのだわ。

……お前に言いたいことは無いだろ?言える立場なのか?きっとそう言いたかったのだ。

「あ、あの、えっと、」言葉が出てこない。血の気が引いてゆくのがわかる。

「……もう良い」

ロランは部屋へと歩き出した。

「はぁ……」ジゼルは両手を握りしめ目を瞑った。

上手く対応できない。ロラン様と結婚してからまともにお話ができたのは初夜の時だけ。

今のはどう返事すれば正解なのかしら?

「愛し合うお二人が一緒に過ごされることを私も望んでおります」

「お好きになさってくださいませ」

「……邪魔してすみません」

どれも嫌味に聞こえる。

でも現実、二人の愛の邪魔している自分に腹が立つ。

そして二人の関係を気にする自分が情けない。

好きな人に嫌われているのに私は諦めが悪いわ。

食事が終わりロランは執務室に行ってしまった。ジゼルは一人部屋に戻った。

バルコニーに出て夜の庭園を見つめた。

夜の庭園は月明かりを受け青白く、どこか悲しげであり、どこかロマンチックに見える。薄い雲が月を隠し庭園が暗くなった。一匹の蛍が庭園を飛んでいる。

あの蛍でさえ自由に飛べるのに。私に羽があったら、魔力があったら、

ここから去ることができたら……。

何度も思う。

この国を出て自由に生きられたら。

ロラン様を忘れることができるかもしれない。

今すぐにでもここから逃げ出したい。

ずっとずっと、物心ついた時から思っていたこと。

大人になってもっともっと切実に思う。

でも、本当に私が逃げたらロラン様に多大な迷惑がかかる。

ロラン様は神殿の意向に従い苦しい思いをしながら私と結婚した。

その苦しみを離婚するまでは台無しにするわけには行かない。

ジゼルは月を眺めため息をついた。

……神殿は離婚するとわかっていながらもなぜ私たちを結婚させたのだろう?

なぜ毎月契りを交わさなくてはならないのか。

なぜ五ヶ月後に離婚できるのか?

離婚できるなら結婚する必要など無いように思える。

空気のように過ごすと決めた五ヶ月。嫌われ無視される私に五ヶ月は長い。ただ古の因習に従って存在しているだけの私は生きる価値も見出せない。

この辛くやるせない五ヶ月を耐えたその先、私はどうすればいいのだろう?

この国を出て、ロラン様を諦めて、ずっと一人で生きて行くしかない。

今もこの先も誰にも必要とされない私は死ぬまで一人ぼっちだ。

それからもロランは変わらずジゼルを無視し生活している。

そんなロランを見るたび、感じるたびジゼルの心は傷つき、それと同時に愛する人の邪魔をする自分が許せなくなった。

ロラン様、本当にごめんなさい。

ロラン様の私に対する態度は、シャルロット姫に対する誠実さを表している。

ロラン様は愛する人に誠実なだけ。冷たくされることは悲しい。けれど同時にそのブレない精神に対して尊敬する気持ちが湧き上がる。

ロラン様がそこまで徹底し愛するシャルロット様は本当に素晴らしいお姫様だろう。国中の人間がその悲恋を悲しむほど、愛されているのだから。

ある日ロランは一週間帰らないとだけジゼルに伝えどこかに行ってしまった。

ジゼルには行先を聞く権利はない。

例えシャルロットと旅行に行っていたとしてもそれを責める人間は一人も居ない。