軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ジゼルの視線

ロランとジゼルが結婚し、一ヶ月を過ぎる頃から異様な熱気を持って行われていたジゼルへの糾弾はその熱を失いつつあった。

街の至る所に貼られていたこの悲恋を題材にした演劇の張り紙は剥がされ、演劇自体その公演を取りやめた。二人の悲恋本は山積みになり手に取る人は誰一人として居ない。

世間の関心が薄れたのだ。

人々は自分の生活に直結しないこの騒ぎがどうでも良くなり、一気に燃え上がった怒りの炎はあっという間に鎮火した。

ロランとジゼルの結婚は五ヶ月経てば離婚が出来る。そこまでの怒りを向けることでもないと冷静になった人々はジゼルへの糾弾をしなくなった。毎朝新聞を賑わせていたジゼルの悪行も一部では証拠がないと言う人々も現れ、新聞各社も人々の興味が失せたジゼルの記事を扱う事を控え始めた。

ようやく静かな日々が過ごせる。

ロランはそう思いながらも、結婚が決まった翌日からの騒動が頭から離れず、とうとうジュベール公爵家の影の一人ランスロットにあの騒動を調べさせることにした。

ロランは目を背けていたシャルロットへの疑惑に向き合い始めたのだ。

数ヶ月前、シャルロットと本格的に付き合い始めたばかりだったロランは、シャルロットの性格を知らなかった。世間の評判は優しく穏やかな姫だと言われていたこともあり、ロランもそう思っていた。多少の我儘も姫ならではの可愛い我儘だと思い受け入れていた。

だが、シャルロットを知れば知るほど、本当のシャルロットは違うのではないかと思い始めた。決定的だったのはロランの結婚が決まった後からのシャルロットの言動だ。それに、ロラン自身を愛してくれている訳ではないと気が付き始めた頃にはロランの気持ちも離れる一方だった。そんな時にジゼルと結婚し、ジゼルが噂の悪女では無いと気が付き、ジゼルに興味を持ち始め今に至っている。

ただ、シャルロットはジゼルに異様なほど敵意を持っている。ジゼルがドラゴン王の主になる特別な人間であり、大魔法使いの妻となることが気に入らないのかも知れない。

シャルロットはプライドが高い。王室の薔薇だと言われるシャルロットは姫であること以外何もない。ジゼルに対しプライドを汚されたような歪な感情を持っているのかも知れない。

もし、この考えが間違えでなければこのままジゼルへの糾弾が終わると思えない。

必ず何かが起きる。

ロランはそんな予感がした。

ある夜、食事を摂っていた時の事。

いつものように黙って食事を摂っていたロランは熱のこもった視線を感じ顔を上げた。

その視線の先にいたのはジゼル。ロランを見ていたのだ。

ジゼルが私を見ていた?

少しの驚きとくすぐったい感情に戸惑いながらも手を止めた。一旦視線を下げ、フォークとナイフを置き、改めてジゼルを見つめる。ロランを見つめるジゼルの顔はみるみるうちに赤く染まり気まずそうに目を逸らし俯いた。

その初々しいくも甘酸っぱいジゼルの行動を見て、春の柔らかい風が吹き込むような心地よさを感じた。

空気のように過ごしているジゼルが私を意識している?

自らの存在を消すように暮らしているのは私を避けたいからではない?

ロランは俯くジゼルから目を離せなくなった。俯き唇を結ぶジゼルを見ていると心が躍り出すように弾む。

私を、一人の男として見てくれているのだろうか?

確信が、欲しい。

ロランはジゼルの気持ちを確かめずにはいられなくなった。

目の前にいるジゼルは真っ赤になり俯いている。髪がサラサラと顔周りに落ち俯くジゼルの表情を隠す。だが、黒髪の間からのぞく耳は赤い。ロランは視線を逸らさずジゼルを見つめた。

部屋の中に妙な緊張感が生まれる。ただその緊張感は冷たいものではない。ヤニックは二人の様子を見て口角を上げ、控えるメイドを下がらせ、自らも部屋を出ていった。

ロランは黙ってジゼルを見つめている。

ジゼルはその沈黙に耐えられなくなったように少し顔をあげ上目遣いにロランを見た。だが、ロランと目が合うと驚いた様に体を強張らせまたすぐに俯く。ナイフとフォークを持ったままの手に力が入っているのがわかる。

指先が赤くなるまで握らなくても。

そう思いながらも、そんなジゼルをずっと見ていたい。そんな気持ちがロランの心に宿る。

テーブルの上の蝋燭の柔らかな光がジゼルを照らし優しい陰影を作る。

その様子を見つめマグノリアの丘の夕焼けを思い出した。

光と影。城下町を覆う夜、太陽の赤、陽炎のように薄れてゆく景色。一日の終わりがこれほど美しいのなら夜明けはもっと素晴らしいものになるだろう。そう思うことで乗り越えた日々。ジゼルは私にそんな感情を与えてくれる人なのかもしれない。

安らぎと希望。

ロランは目線を下げ同じように俯いた。ロランの髪もロランの表情を隠す。

ジゼルが私を意識している。

そう思うだけで心に灯りが灯る。ロランは口角を上げた。

何かをしてあげたい。喜ばせたい。

シャルロットの時には感じられなかった湧き上がるこの感情。どこかでジゼルは私など興味がないと思っていただけに、真っ赤になって俯くジセルを見つめていると生きる力を与えてくれるような大きな喜びを感じた。

魔法がなかったら公爵家がなかったらシャルロットや他の令嬢たちも私など見向きもしないだろう。

けれどジゼルにとって恐らくその二つは重要ではない。それだけはわかる。

だが、

今はあまり近づきすぎてはいけない。なぜなら私は中途半端な状態だからだ。

ジゼルに向き合うのは今ではない。この感情に身を任せてはいけない。

シャルロットに対する私の気持ちと違和感を明らかにしてからだ。

ロランは顔を上げ、ジゼルから視線を外しいつものように黙って食事を続けた。