軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

退席

怪我をしてしまった。魔法が効かない私は些細な怪我でもすぐに治すことができない。

「お前、怪我をした時や病気の時もそうなのか?」

初夜の夜、ロランが言った言葉を不意に思い出した。

ロラン様……。

ロランを思い出し目頭が熱くなる。そんなことを聞いてくれた人はロランが初めてだった。

血だらけでドレスも髪もボロボロでシャルロット様とは比べ物にならないほどダメな私だけど、私はやっぱりロラン様が好きです。だけど初めてのお茶会で、ジュベール公爵家の大事なお茶会で騒動を起こしてしまい、私はロラン様の人生をかき乱すだけの存在。空気にもなれず目立たぬこともできず、それなら自ら去るしかない。

神官と話をしてロラン様の元を離れよう。これ以上問題を起こす前に。

ジゼルはロランの元を離れることを決意した。ここを出て、医者を探し治療を受けて神殿に行く。

小さな怪我は薬草を使い治していたが、この怪我は血を伴う大怪我だ。医者にしか治せない。

しかし魔法を使わず治す医者はほとんどいない。そのような医者はこの国に五人いると聞いたことはあるが、そのほとんどが魔力の少ない平民相手の医者。ジゼル一人で見つけられる可能性は低い。

どうしたらいいのだろう?

ジゼルは額をおさえ唇を噛んだ。額が焼けるように痛い。あまりの痛さに唾を飲み込む。血の混ざった唾液は吐き気を催す。全てが最悪だ。

ああ、だめ頭がクラクラし、意識が遠のく。

ここで倒れたら、意識をなくした私に誰かが魔法を使ったら、魔法を無効にしてしまうことを知られてしまう。ロラン様だけが知っているこの事実を知られたくない。

今すぐに、ここから離れなければ。

ジゼルは気力を振り絞り立ち上がった。平衡感覚を失ったように頭がクラクラし、真っ直ぐに立つことができない。

「シャルロット様を押し倒した悪女に神罰が下ったのよ」

シャルロットのそばにいた令嬢が言った。

「クスクス、まあ、悪女の血は黒じゃなくて赤いのね」

「本当ね、クスクス」

「わざとらしく転んで、愛しのロラン様に見て欲しかったのかしら?」

令嬢達の声が聞こえた。目の前にいるシャルロットは青ざめた顔をし震えている。

「あぁ、わたくし血、血が……だめ……」すぐに令嬢たちがシャルロットを支え椅子に座らせた。

ジゼルは歩き出そうとした。だが視界が霞む。額が割れるように痛い。足が震え一歩が出ない。

……なぜこんなことになったの?

私はシャルロット様を押していない。シャルロット様だってそう仰ったのになぜ誰も信じないの?

ハンカチが赤く染まり吸収できなくなった血が滴り落ちる。パタパタと音を立てながらドレスに落ち、真っ赤な花が咲いたように見える。

……明らかに誰かに背中を蹴られた。でもそれを訴えても信じてくれる人は誰もいない。

ああ、……心が折れそう。

私はロラン様の妻でいる限り悪女でしかない。人格さえ持つことができないのだわ。

もう、ここに……居たくない。

ジゼルは涙を滲ませ、よろめきながらもう一度歩き出そうとした。

「ジゼル!!何があった?!」

ベルトランの声が聞こえた。ジゼルは形相を変え現れたベルトランを見た。その傍には監視をしていた使用人がいる。彼がベルトランを連れてきてくれたのだ。

ベルトランは眉間にシワを寄せジゼルの周りに集まっていた貴族を睨みつけた。ベルトランの怒りの形相を見た貴族達は慌てて動き出す。

「忌々しい!退け!」

ベルトランは吐き捨てるように言い、ジゼルの手を取った。

「……ベルトラン様……」

ジゼルはベルトランの姿を見てほっとしたのか痛みで顔を歪めた。

額と口から血を流し痛みに顔を歪める姿を見たベルトランは怒りに震えた。

絶対に許せぬ!ジゼルを傷つけた人間は誰であっても容赦しない!

「モーリス!!」

ベルトランは大声でモーリスを呼んだ。その声を聞き会場にいる貴族達は凍りついた。

ベルトランがモーリスを呼んだ。モーリスはベルトランに絶対なる忠誠を誓いベルトランが死ねと言えば死ねる男。その体格もさることながら、モーリスの魔法の特性は誰にもわからず得体の知れないものがある。

ベルトランが動く時必ずモーリスが側にいると言われる恐ろしい存在。

ジュベール公爵家の偉人と呼ばれるベルトランを怒らせてしまった。

この状況に貴族達は震えた。彼が本気になればこの王国は、この王室は存続できないかもしれない。それほどの財力と力を持つベルトラン。シャルロットは目を見開き令嬢達は泣き出した。

モーリスが現れベルトランに傅き指示を待つ。

「ベルトラン様!ジゼル様の治癒は私にお任せください」

ベルトランと共に駆けつけたクレール伯爵が穏やかな口調でベルトランに声をかけた。ベルトランは頷き、クレールはジゼルの元に駆け寄った。

治癒魔法?!

ジゼルは身構えた。魔法を無効にすることを知られたくない。

「お気持ちは嬉しいのですが、だ、大丈夫です」駆けつけたクレールに頭を下げその場から退こうとした。

「ジゼル!すぐに治療しなければ!」

ベルトランは立ち去ろうとするジゼルの手を握る。その顔は怒りと悲しみに満ちている。

ベルトラン様、そんな顔をしてほしくない。ベルトラン様には穏やかな気持ちでいてほしい。私の大切な方だから笑顔でいてほしい。

ジゼルは痛みを我慢しベルトランに微笑みかけた。ベルトランはそんなジゼルを見て悲しみが増す。

「ジゼル、わしの前で何一つ我慢することはない。わしはジゼルのことをよくわかっている。今、わしが怒りにまかせ、このような事態を招いた者を探し出しこの王国を、いや全てを無にすれば、お前は悲しむだろう。だがな、もう後悔はしたくないんじゃ。そうしてでもわしはジゼルを守りたいと思っておるんじゃ」

ジゼルはベルトランの言葉を聞き胸が詰まった。ベルトランの瞳は悲しみに溢れている。「もう後悔はしたくない」ジュベール公爵家の偉人と言われるベルトランがそんな言葉を口にするとは思いもよらなかった。

「ベルトラン様、流血はしていますが傷は大したことはありません。治療はしなくても大丈夫です。私の不注意で大切なお茶会を混乱させてしまい申し訳ありません」

ジゼルは手を握るベルトランの手を握り返し小さく頭を下げた。その言葉だけで心が救われる。ベルトランの存在はジゼルにとって唯一の救い。だからこそ、全てを無にするなど言って欲しくない。ベルトランには幸せでいて欲しい。ジゼルはベルトランに微笑んだ。

ベルトランにジゼルの気持ちが伝わる。

けれどロランがジゼルの真の姿に気が付かない今、ジゼルを守れるのは自分しかいない。

「ジゼル、ああ、そうだった、医者に診せよう。もう我慢しなくていいんだ、わしが……」「お祖父様失礼します」

ジゼルの背後からロランが現れた。

ロラン様……。

ジゼルはロランの顔を見て涙がこぼれた。

静かに過ごそうと決めていたのに騒ぎを起こしてしまった。血だらけのこんなに情けない姿をロラン様に晒してしまった。お茶会を混乱させてベルトラン様を悲しませ……。

ジゼルはロランを見つめながらこの状況をどう説明したら良いのかわからなくなった。

悲しくて苦しくてロランの顔が見られない。泣くまいと思えば思うほど涙が止まらなくなった。

血と涙がポタポタとドレスに落ちる。

ロランは俯くジゼルを見つめ、何も言わずにジゼルを抱き上げた。

そして心配するベルトランに向かって一礼し言った。

「お祖父様、申し訳ありませんがこのまま退席致します」