軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

その手を離す

胸の中のジゼルはロランを見上げる。その瞳は驚きと戸惑いに揺れ、遠くに希望の光が見えた。

ロランは目を細めジゼルを見つめ、眉間に皺を寄せシャルロットを睨みつけた。

ガガガッ、ドーン!!

風に煽られた城の外壁が崩れた。ここから少し離れた場所でドラゴンが魔法攻撃をし始める。

(ドラゴンの卵に危険が迫っているかもしれない)

ロランはシャルロットのドレスを確認する。少し膨らみはあるが、ドラゴンが攻撃しているのはここ

ではない。

(……マリアンヌが卵を持ち、ランスロットが追いかけている?)

そう考えると今の状況が説明できる気がした。

ロランは城壁の土埃からジゼルを守るようローブを広げた。今、城の外にいるのはここにいる三人だけ。

崩れる城壁の音にジゼルは頭を下げ体を縮めた。怖い思いをさせている、と、ロランはジゼルを抱く腕に力を込めその耳元で優しく声をかける。

「心配しなくても私がいる」

ジゼルはその言葉に顔を上げ、遠慮がちな表情をロランに向けた。ロランはそんなジゼルを守るように抱きしめる。

「……何故? ロラン。どうして?……そもそもなぜここに ジゼル(悪女) はいるの? 一体何が?」

二人の間を崩せないシャルロットは泣き出し、悲しみを込めた演技を始める。だが、その言葉に明確な悪意が込められた。

今、この国でジゼルを悪女と呼ぶ人間は誰一人いない。

「シャルロット! その言い方はやめろ! 出かけていたら城が攻撃された。魔法が使えない妻を置いて行くわけにはいかない。そばで守るために連れてきた!」

ロランは烈火の如く怒り出す。その激しさに応酬するようにシャルロットも感情を爆発させジゼルに向け憎しみをあらわにする。

「何を言っているの? ロラン! 嫌よ!! 絶対に悪女なんかにあなたを渡さない!」

シャルロットは激昂のあまり自分を保てなくなった。美しい姫はそこにはなく、嫉妬に塗れた醜い女、腐った薔薇が唯一残った棘だけを武器にし、牙を剥いている。常に優位に立っていたシャルロットの変貌にロランは勝機を見出す。

シャルロットは自ら墓穴を掘った。今さら何を言っても二面性を表に出したシャルロットの言葉を信じる人間はいない。ジゼルとて今のシャルロットを信じることはないだろう。

「嫌よ、ロラン……嘘だと言って?」

いつものパターン、声を震わせ縋れば何もかもがうまく行っていたのだろう、だが今は違う。内面をされけ出したシャルロットには何一つ武器はない。鋭い棘も茎から抜け落ち、あとは朽ち果てるだけ。

ロランはトドメを刺す言葉を口にした。

「シャルロット、嘘じゃない。これが現実なんだ、 よ(・) う(・) や(・) く(・) 理解したか?」

シャルロットは呆然と立ち尽くす。魂の抜けたようなその姿に同情の余地はない。

ロランの言葉に胸の中のジゼルが顔を上げた。戸惑う表情、信じられないことが起きたと、その表情がロランに語りかける。

ロランは抱えきれないほどの愛情を眼差しに込めジゼルを見つめた。すると、遠慮がちだった漆黒の瞳がゆっくりと語り出した。

『あなたのことを信じます』

ジゼルを抱く腕に力を込める。ようやく掴んだこの愛、報われた思いに胸が熱くなる。

ずっと一人で戦ってきた。ジゼルへの想いを貫くために、失敗を犯しながらもそこから学び、真っ直ぐにブレることなく一心に愛を届け続けた。

堰を切ったようにジゼルへの想いが溢れ出す。

ロランはジゼルの髪を撫で付け額の傷にキスをした。

この傷はシャルロットがつけた傷。この傷さえ愛おしいのだとロランはシャルロットに見せつけ、ジゼルを強く抱きしめた。

「ロラン!? 本気なの? どうして? なぜ!」

その姿を見たシャルロットは暴れ出す。自分を保てない醜い感情がシャルロットを支配する。

髪を振り乱し、グローブを脱ぎ捨て長い爪を剥き出しにし、ジゼルに掴み掛かろうと飛び込んできた。

だがロランがそれを許すわけがない。ジゼルを胸に抱きしめながらシャルロットを躱す。シャルロットは躱されるたび躓きながら髪を振り乱し、しつこくジゼルを襲おうと飛びかかる。

その様子を見ていたジゼルが不安げな眼差しをロランに向ける。ロランはジゼルを安心させようと声をかけた。

「何も心配はいらない」

今も、これからも、ずっと。

「ロラン、なぜ? まだ私を疑っているの? ロラン嫌よ! そんな見窄らしい女のどこがいいの?! 戻ってきて! この悪女!! 私のロランをたぶらかして絶対に許さない!! どんな手を使ってもお前を追い詰めてやるわ!」

シャルロットが狂ったように叫び出す。疑うという言葉はマチアスを指している。シャルロットは何を隠しているのだろう? と、思った時、頭上に大きなドラゴンが現れた。

「!?」

ロランはドラゴンを見て凍りつく。

(……なぜドラゴンが……)

ロランは最悪な状況に陥ったのだと気がついた。ドラゴンがここに現れたということは、ドラゴン王の卵をシャルロットが持っている!!

そしてその卵に危機が迫っているのだ!!

シャルロットは血の気が失せたロランを見て目を細めた。

(!! ジゼルを守らなければ!!)

ジゼルをローブに包んだ瞬間、ドラゴンはシャルロットを目指し急降下した。シャルロットは目を見開きドラゴンを見る。その両手はドレスのフレアー部分に触れていた。

(そこに隠しているのか!)

強烈な風圧から咄嗟にジゼルを守る。しかし目の前にいたシャルロットは身を守ろうとせず憎しみに濁った眼差しをジゼルに向けた。

(シャルロットはドラゴンの卵を持っている!! それが傷つけられたらジゼルを失ってしまう!!!)

「キャー!!」

シャルロットが体勢を崩し床に倒れそうになる。そのまま倒れたら卵は割れてしまう!

「しまった! シャルロット!!」

ロランは無我夢中でシャルロットに手を伸ばし抱き寄せる。

シャルロットは目を見開き歓喜に震える声で叫んだ。

「ああ、ロラン! やっぱり私を選ぶのね!!!」

――ロランはその言葉に我に返る。

腕の中にいたはずのジゼルが……いない。

喉が締め付けられ息が止まる。

この現実にロランの思考も止まる。

ジゼルが、いない。

キーンと突き刺さるような金属音がロランを包む。思考も音も消え、この世界にたった一人取り残されたような錯覚の中、カラカラと床を転がる外壁の音が輪郭のない現実を浮かび上がらせる。

嵐が去った後の息つまる静寂がロランの心を凍りつかせ、感覚のない指先が震え出した。

悪夢のような現実に目の前が黒く塗りつぶされる。だが、それに浸る猶予はない。

ロランは息を吸い込み現実を受け入れた。

(……ジゼルは……どこだ?……)

ゆっくりと首を動かしジゼルの姿を探す。手を離してしまった現実を受け入れたくない。

(……怖い、震えるほど、怖い)

一メートルほど先に壁が崩れた場所がある。不規則な瓦礫の山に目が止まる。

カラン ガラガラ

何かが動く。細かい瓦礫の中、愛する人の姿を見た。

ジゼルは瓦礫の中で倒れていた。

五百年前のあの日、マグノリアの丘で血まみれになり死んでいた ジゼル(カミーユ) の姿と重なる。

愛する人が横たわっている姿がフラッシュバックし、ロランは何が現実かわからなくなった。