軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

招待状

ジゼルが招待されたのはジュベール公爵家のお茶会、それも年に一度の大規模なお茶会だ。

このお茶会の主催者はベルトラン。

引退したと言えどもその影響力は王室を凌ぐと言われており、貴族なら誰でもそのお茶会に参加したいと願うほどのもの。

ロランはジゼルを呼び出した。

「これはどういうことだ?この招待状はなぜお前に届いたのだ?!」

ロランは招待状を片手に持ち語気鋭くジゼルに迫った。

その瞳は戸惑いと怒りを滲ませている。状況が飲み込めずポカンと立っているジゼルにロランは靴音を響かせ目の前に立ち高圧的に見下ろした。

凍てつく氷のような眼差し。目が合った瞬間、魔法が効かないはずの身体は一瞬にして硬直し、足元からバラバラに壊れそうになった。

ジゼルは本能的に後退りをしロランから離れた。獲物に飛びかかる寸前のオオカミのような張り詰めた緊迫感。獲物になったジゼルは目を逸らすこともできない。野生動物は目を逸らしたら殺される。本能だけがこの状況で唯一頼れる感覚だ。しかしお互い人間同士理性がある。ロランが求めているのは言葉。

ロランは後退した獲物を追い詰めるが如くすぐ距離を詰めジゼルはテーブルに後退を阻まれた。

もう逃げ場はない。

ロランは言葉を待っている。瞬きも許されない緊張の中、ロランの瞳孔が早く何か言えと急かすように絞られた。生唾を飲む。ゴクリという音がより一層逃げ場がない現実を浮き彫りにし、ジゼルは両手を握った。

求められているのは謝罪の言葉か、それとも言い訳か。

突如勃発したこの現実に頭が混乱している。

冷静に考える時間も隙もロランは与えてくれない。金色の髪を無造作にかき揚げジゼルに視線を送る。その瞳は凍えるほど冷たく感じた。

ジゼルは震える唇を開いた。口の中はカラカラで声の調子が掴めず第一声は上ずった。

「ロ、ロラン様、私にはわかりません。だけどお断りしますので……どうか……お許しください」

途切れ途切れに言い訳のような言葉が口から出てゆく。適切な言葉を選ぶ間もなく発する言葉は白々しく聞こえる。

ロランはもう一度髪をかき揚げ耳の後ろで一旦手を止め自身の怒りを鎮めるようにゆっくりと手を滑らした。

無言の圧。重々しい空気が漂う。

ジゼルの頭の中はベルトランと過ごした日々がフラッシュバックした。何もしていない。ただ優しい時間を過ごしただけ。ジュベール公爵家のお茶会の話などベルトランから一切聞いていない。

「ロラン様、本当…です。……何も知りませんし、行きませんのでお許し下さい……」

ロランの勢いに圧倒されながらもジゼルは必死に弁解した。

しかしロランはジゼルの言葉を聞き眉間に皺を寄せた。部屋の中の空気が刃のように研ぎ澄まされ1ミリも動けないほどの緊張感がジゼルを襲う。身震いすることもできない状態でロランは怒りの理由を言い放った。

「このお茶会はシャルロットも出席する、お前が参加すると私は形式上お前をエスコートしなければならない!それが何を意味するかわかるか?シャルロットをどれほど悲しませるか」

ジゼルはその言葉を聞き空を仰いだ。

ロランの言葉が形を変えナイフのように何度もジゼルの心臓を刺す。血だらけの心臓はそれでも動きを止めようとしない。あまりの苦しさに胸を押さえ呼吸を止めた。

現実も同じように止まって見える。震える唇に拳を当て息を吸い込んだ。空気は小刻みに震えながら肺に入り全身に酸素が行き渡る。停止していた思考が動き始める。

ロラン様はシャルロット様とジュベール公爵家のお茶会に出席する。

そんなところに形式上妻の私が行ったら……シャルロット様を傷つけてしまう!

ジゼルは目を見開き今突きつけられている現実を理解した。それと同時にロランの手にある招待状が怒りに屈したように折れ曲がった。

空気のように生きるどころかロランを窮地に追い込んでいる。

公爵家の跡取りが形式上とは言え妻をエスコートせず、シャルロット姫をエスコートする。

ジゼルがいることでロランは不道徳な男になり、シャルロットは愛人に成り下がる。

だが、実際は誰一人認めていないジゼルが妻だと言っても笑われるだけ。

ロランとシャルロットが好奇な目で見られることはありえない。

だけどジゼルの存在がシャルロットを傷つけロランを悲しませる。

ジゼルはその現実に生唾を飲み込む。けれど首を締められているような圧迫感がそれを阻みうまく気持ちを処理することができない。

どうしよう!どうしたらいいの?

もう一度、招待は断ると言わなければ、邪魔するつもりは無いと言わなければ、このまま誤解されたまま残りの時間を過ごすことは耐えられそうに無い!

張り詰めた空気を破るように、訴えるように、諭すようにジゼルは言った。

「ロラン様、すぐにお断りしますから、ご安心ください、おふたりの邪魔をする意図はありません。どうかお許しください」

ジゼルは申し訳なさと悲しさで瞳を潤ませ小刻みに震える下唇を噛み、震える体を深く折り曲げロランに謝った。ロランは何も言わない。

重い沈黙の後、ジゼルは顔をあげロランを見た。金色の睫毛の間から見えるその瞳に諦めの色を見た。

ロランの幸せを願いながらも不幸にしているのはジゼル。

どれだけ謝ってもジゼルが存在する限りロランは幸せになれないのだ。

―もう何も言えない。ジゼルはゆっくりと俯きながら目を閉じ黙った。

「……私が今すぐ行ってお祖父様に直接断る。おまえは何もするな」

ロランは先程と打って変わって静かなトーンで言った。諦められたような力のないその言葉は怒りにまかせた言葉よりも深く心に突き刺さる。張っていた糸がプツリと切れたように全身の力が抜けた。よろめいたジゼルはすぐそばにあるテーブルの縁を片手で掴み体を支え、もう片方の手を握り震える唇を押さえた。

ロラン様に謝らなければ。

「……申し訳ありません」

ジゼルは沈黙の後絞り出すように謝罪の言葉を口にした。

ロランは物言いたげな視線をジゼルに向けたが何も言わず瞬間移動で消えた。