作品タイトル不明
あとがき
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
このエッセイは、ワンコさんが大学生時代に歴史学科で学んだことや、当時聞いた話、調べたこと、そして後年になって改めて思ったことをもとに書いたものです。
もともとのきっかけは、親戚の子が歴史学科へ進学すると聞いたことでした。
歴史が好き。
歴史を学びたい。
それは、とても素敵なことだと思います。
ただ、その子が歴史創作を見て、
「この歴史、歴史通りじゃない!」
と叫んでいるのを聞いた時、ワンコさんは思わず遠い目になりました。
歴史通りとは。
その「歴史」は、どの史料の、どの説の、どの立場から見た歴史なのか。
一次史料なのか。
後世の編纂物なのか。
通説なのか。
異説なのか。
それとも、創作で広まったイメージなのか。
歴史学科で学んだワンコさんは、そこで少し頭を抱えたわけです。
このエッセイは、そんな時に勢いで書いた殴り書きをもとにしています。
歴史創作は、歴史への入口になります。
小説も、漫画も、ゲームも、ドラマも、誰かが歴史に興味を持つきっかけになる。
それは本当に素晴らしいことだと思っています。
けれど、入口は入口です。
創作は史料ではありません。
教科書でもありません。
研究論文でもありません。
面白いと思ったら、そこから自分で調べてみる。
その人物や時代について、少しだけ先へ進んでみる。
そして、創作と史実は分けて楽しむ。
その距離感を大事にしたい、というのが、このエッセイで一番書きたかったことです。
ちなみに、第三話で出てきた例の大奥論文。
あの、
『歴代の徳川将軍が、大奥のどこでお手付き……もとい、正室・側室以外の女性と事故を起こしたか』
という、ワンコさんが十九歳の時に書いたあの論文ですが。
毎年、三月中旬になると、教授となった先輩から連絡が来ます。
「例の大奥論文、今年も使っていい?」
と。
先輩曰く、歴史を学び始めた学生に、歴史学の面白さと理不尽さを伝えるにはちょうどいいのだそうです。
しかも、当時十九歳だったワンコさんが書いたもの。
つまり、今まさに歴史を学び始めた学生たちと、そう遠くない年齢の人間が書いた論文である、という点も大きいのだとか。
歴史学というと、どうしても難しく、堅く、遠い学問に見えるかもしれません。
けれど、入口は意外と身近なところにあります。
時には、徳川将軍の大奥事故現場検証だったりもします。
歴史学、入口からして業が深い。
毎年律儀に連絡をくださる先輩には、本当に感謝しております。
そして、このエッセイもまた、どこかの誰かにとって、歴史に少し興味を持つ入口になればいいなと思っています。
願わくば、先輩のお仕事が少しだけ増える入口にもなりますように。
先輩、その時はよろしくお願いいたします。