軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

筆頭魔術師様のお飾り妻 3

考えるまでもなく、破格の申し出だ。

もしも私に子に恵まれず養子を迎えることになったとき、家督を狙う叔父夫婦に難癖をつけられる可能性がある。

けれど、侯爵家出身で筆頭魔術師であるアレンディオ様が夫なら、彼らも口出しできないだろう。

「私が相手で良いのなら」

「……もちろん、君が良い」

アレンディオ様は、無邪気な印象で笑った。

それは、学生時代に私が『アレンディオ様はアレンディオ様』と言ったときと同じ笑顔だった。

「そうと決まったら、飲みすぎる前に店から出よう」

「そうですね。そろそろ帰らないと」

立ち上がると思ったより酔っていたのか足元がふらついた。

アレンディオ様が私を支える。

まるで抱きしめられたような気がして、顔を上げる。

金色の瞳に、目を丸くした私が映っている。

「……帰したくない、と言ったら?」

「――え?」

「どうか、俺の手を取ってほしい」

アレンディオ様は、私に手を差し伸べた。

迷いながらも手を重ねると、強く引き寄せられる。

「もう、逃がさない」

アレンディオ様は妖艶に微笑み、私の唇を奪った。

* * *

朝日が眩しい。私はベッドから降りられずにいた。

アレンディオ様は元気だ。動けないのは私だけのようだ。

「――コーヒーにはミルクだけだったな」

「ありがとうございます……よく覚えていましたね」

「忘れられるはずもない」

「……?」

コーヒーにミルクだけ入れる人は、そこまで珍しくないだろう。

それに今はもう、ブラックコーヒーだって飲むことができる。

でも、こんな些細なことをよく覚えているものだと感心しながら見つめる。

アレンディオ様は、指先に金色の光をまとわせた。

純度が高く強い魔力には色がついていることがある。

筆頭魔術師である彼の魔力は金色。とても強く、混じりけのない、上質な魔力。

彼の魔力は、光属性だ。

空中にふよふよと浮かぶ水を炎が取り囲む。

すると、水が泡立って湯気が立った。

空中でお湯が沸いた……。私には魔力がほとんどないから魔法を使うことはできないが、魔術学の点数は良かった。

だから目の前で繰り広げられている魔法が、どれほど高度なものか理解できる。

まず、水魔法で生み出した水を空中で保持するなんて、普通の魔術師にはできはしない。

さらに水を蒸発させずに沸騰させるなんて、どんな魔力制御か……。

最後に彼は、ポットに触れもせずにコーヒーを淹れてみせた。これは風魔法の応用だろう。

――アレンディオ様は、魔力が強いばかりでなく多くの精霊たちに愛され、加護を与えられている。

だから、彼が使える魔法は種類が多く、とても強力だ。

けれど、魔力の制御は生まれ持った才能ではない。学生時代の彼は、ここまでの腕を持っていなかった。

たゆまぬ努力と実戦の繰り返し。その結果、アレンディオ様はここまでの魔力制御を身につけたのだ。

そこには、並々ならぬ苦労もあっただろう。

飲んだコーヒーは、いつも飲んでいるものとはまったく違った。

「ざらつきがない……」

「濾過してみた。好みなら、いっしょに過ごせる朝には、毎回用意するとしよう」

「……っ」

昨日の夜のことを思い出せば、あっという間に頬が熱くなる。

「おいで?」

昨日訪れたのは、思ったよりも格段に甘い夜……そして迎えたもっと甘い今朝。

私たちは、もう一度口づけを交わす。

「改めて希おう……どうか俺の妻になってほしい」

彼が妻として大切にすると言った言葉は、事実なのかもしれない。

「はい……」

――けれど彼と一晩過ごしたことで、人生で一番大事な宝物を手に入れる事になるなんて……このときは考えてもみなかった。

* * *

――貴族の家というには小さいけれど、温かい我が家。

食事の席だって、テーブルが小さいから家族団らんを楽しめる。

「狭い家ですが……」

「庭はよく手入れされ、温かい印象だ」

「そう言っていただけるとうれしいです」

彼は庭を見回すと、口元を緩めた。

花よりも美しい人――それがアレンディオ・フィアレという人なのだ。

でも、私は未だによく理解できていない。

どうして私は、筆頭魔術師アレンディオ・フィアレ様を我が家に連れてきているのだろう。

「ただいま……」

「お帰りなさい。昨日はどうしたの……」

「連絡くらいしなさい。おや……その方は?」

父と母に心配を掛けてしまった。今まで連絡なしに泊まるなんてことは一度もしたことがない。

けれど、連絡するタイミングを逃してしまったのだ。

甘い夜を思い出して、頬が熱くなってしまう。

親に見られてはいたたまれないと、私はうつむいた。

「シエラ、一緒にいらしたのはどなた?」

両親はアレンディオ様のことを凝視した。

彼の制服と胸に輝く数々の勲章、そして白銀の髪と金色の瞳。

説明するまでもなく、二人はすぐに答えに行き着いたようだ。

「アレンディオ・フィアレ――侯爵令息」

「筆頭魔術師の……フィアレ侯爵令息」

父と母は、高位貴族を前にしたときの挨拶をすることもできずに目を見開いた。

「ええ、アレンディオ・フィアレと申します。本日は娘さんと結婚するお許しをいただきたく参りました」

「シエラと結婚……?」

「しかし、すでに娘には婚約者がいるのですが……」

父と母は明らかに困惑している。

まだ、レオン様がほかの女性と浮気して妊娠させ、婚約が解消になることを伝えられていない。

私が彼を家に連れてきたことは、両親にとって何が起こったのか理解できない出来事だろう。

アレンディオ様は、二人を気遣うような表情を浮かべてから口を開いた。

「――実は、レオン・ウィンターが浮気をしてほかの女との間に子どもを作りました」

「は……?」

「なんだと……!?」

母は呆然とし、父は激怒した。困惑は驚きと怒りに上書きされたようだ。

それも計算の上だったのだろう。アレンディオ様は悠々と笑った。

「驚かれたと思います。私も驚きました……けれど偶然、打ちひしがれたシエラさんと会い……秘めた恋心を打ち明ける決心がついたのです」

「「「え……」」」

親子三人で驚きの声が重なってしまった。

アレンディオ様が眉根を軽く寄せたので、私は黙り込む。

「娘さんとの結婚をお許しください」

「しかし、侯爵家と我が家では家格が」

「俺は庶子です……」

「そうだったのですか……」

父は、あっけなく納得してしまった。

「娘とは魔力の差が大きすぎるのでは……」

「申し訳ありません……彼女を想い、一度は身を引く決意をしたにもかかわらず、諦めることができませんでした」

「まあ……!」

母は、あっけなく絆されてしまった。

「シエラ、君を諦められない……」

「あの、末永くよろしくお願いします」

アレンディオ様は、そこまで何かに追い詰められているのだろうか。

もちろん理由はあるのだろうが、あまりに彼が必死に見えたので断ろうか悩んでいた私まであっけなく陥落した。

「……この家族、すぐにだまされそうだ。俺がしっかりしなくては」

「「「何か仰いましたか?」」」

「何も……。では、どうかよろしくお願いします」

アレンディオ様は、私たち三人に頭を下げる。

そして、顔を上げると決意を込めた表情を浮かべた。

「魔力が少ない娘さんとの間に子どもができる可能性は低いでしょう。しかし、彼女のことを妻として一生大切にすることを誓います。庶子ではありますが兄との関係は良好で、リエール家の発展に力添えできるはずです」