軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ごく普通の丸いパン

ついに始まった慈善バザー! たくさんの市民が集まってくれた。

想定通り、男性は花の蜜に吸い寄せられた虫のように、女性騎士達のパン屋へと集まる。

猫耳、強い……。

しかし、ザラさんとベルリー副隊長も、しっかりと成果をあげていた。

「そこのお嬢さん。パンはいかがだろうか?」

ザラさんとベルリー副隊長が笑顔を浮かべつつ声を掛ければ、確実に釣れる女性客。

男装の麗人、強い……。

ウルガスは店の裏で在庫整理と、お釣りの用意、商品の袋詰めをしていた。テキパキと動く様子は、なかなかさまになっている。

アメリアも『クエクエ~』と鳴いて、宣伝していた。

小首を傾げたりして、女性達の心を掴んでいる模様。さすが、看板娘。

ガルさんが用意してくれた宣伝の板は、店名とちょっとしたパンの絵、さらに、アメリアの横顔まで描かれた物。短時間で仕上げた物には見えなかった。アメリアの絵はリーゼロッテに頼まれて描いたのだろう。

私は隊長とパンの宣伝をするため、会場を歩くことに。

「遠征パン売っています~、遠征パン」

強面で宣伝板を持つ隊長の横で、パンの説明をしながら歩く。

「遠征パン?」

「遠征パンってなあに?」

子どもが立ち止まる。姿勢を低くして、パンの宣伝をした。

「遠征任務で食べている保存食を、パンに練り込んだ物です」

「へえ~」

「騎士様の食べているものかあ~」

この騎士の山賊……じゃなくて、お兄さんみたいに強くなれますよと、隊長を指し示してみた。

「ヒッ!」

「ギャア!」

隊長の顔を見るなり顔面蒼白となり、子ども達は悲鳴を上げて逃げ出していく。

ちょっと刺激が強すぎたらしい。

「隊長……」

指先が震えているように見えたのは気のせいだろうか。

慰める言葉がまったく見つからないので、気付かない振りをした。

途中で猫耳パン屋の前を通る。

凄い混みようだ。騎士隊の制服に猫耳を付けただけなのに、この熱狂の仕方は……。

よく見たら、客の中に遠征部隊で見かけたことのある騎士も混ざっている。非番なのだろう。私服姿だ。

「す、すみません。丸パンを三つ……」

「お買い上げ、ありがとうにゃん」

美人なお姉さん騎士に微笑みかけられ、にゃんと言われつつパンを受け取る男性客。

売っているのはなんの変哲もないパン。普通のパンも、猫耳な美人が売れば爆発的に売れるようだ。

その様子を見た隊長はふんと鼻を鳴らした。

「あの女は騎士ではなく、事務官だ」

なるほど。騎士にしたら華奢な体つきだと思っていたけれど、謎が解明した。

しかし、皆、嬉しそうだ。平和な光景である。

「あれ、ああいうの、男の人はお好きなんですかね?」

「知るか」

とりあえず、隊長は猫耳派ではないらしい。

しかし、猫耳は絶大な支持を得ている。驚きの一言だろう。

三十分ほど回っていただろうか。

会場が狭いので、宣伝はそんなに長くできる活動ではなかった。

第二部隊の天幕に戻れば、人だかりができていた。

客は女性が多いけれど、若い男性や中年男性も混ざっていた。

これはいったいと、斜め方向から店を覗き込めば、その理由が発覚する。

客の胸に刺繍されているのは、竜を蔦模様が囲んだ『幻獣保護局』のシンボル。

幻獣保護局の面々が、アメリアを見るために来ているらしい。

『クエ~』

「か、可愛い……!」

「最高だ……」

局員達の幻獣愛は相変わらずなようだ。

裏に回り込めば、在庫がほとんどなくなっていて驚く。

「うわ、凄いですね」

「はい。アーツさんと、ベルリー副隊長、アメリアさんの合わせ技ですよ」

勢いは収まらないので、あと一時間もしないうちに完売するだろうとのこと。

良かった。売れ残ったパン尽くしの生活を送らなくてもよさそうだ。

ガルさんは『看板娘はお触り厳禁です』の札も作ってくれていたようだ。

子ども用にとのことだったけれど、幻獣保護局の局員対策になったらしい。

そして、開店から一時間ちょっとでパンは完売。

ここまで売れると思わなかったので、想定外だった。すべての材料を使いきって作ったので、後悔はない。

閉店後は、騎士隊の活動を書いた冊子を配る場所に使うらしい。

なんだかんだ言って、騎士隊は毎年人手不足なのだ。

ここでの冊子配り係を任命される。

ザラさん、隊長、ベルリー副隊長は騎士舎に戻った。

入れ替わりで、リーゼロッテがやって来る。

「あら、全部売れてしまったの」

「はい、ザラさんとベルリー副隊長、アメリアが頑張ってくれました」

意外にも、リーゼロッテは売り子をしてみたかったらしい。さまざまなことに興味を示すお年ごろなのか。

「あなたは店番経験があるの?」

「ありますよ。実家は雑貨屋なので」

「ふうん。苦労人なのね」

「そんなことないですよ」

雑貨屋の娘が侯爵令嬢と仲良くなれるなんて、奇跡のようなことだろう。

人生、何が起こるかわからない。

途中で、ウルガスより差し入れを受け取った。女性騎士の猫耳パン屋のパンだ。

「にゃんにゃんしてもらいました!」

「良かったですね」

ウルガスは嬉しそうだった。どうやら猫派な模様。

問題のパンは丸くて、手の平ほどの大きさ。千切って食べてみる。

「う~ん、味は普通ですね」

「ボソボソしていて、食べにくいわ。メルの作ったパンのほうが美味しい」

「そうですね。味はリスリス衛生兵のパンのほうが断然上です」

「ありがとうございます」

驚くほど美味しい物でなくても、商品は見せ方伝え方で販売量が変わる。

勉強になった。

ウルガスも隊舎で仕事があるようで、いなくなってしまった。

騎士隊発展のため、リーゼロッテと頑張らなければ。

騎士隊の冊子は百部ほど用意されていたが、なかなか興味を示してもらえず。足を止めてもらうために、声掛けなどをしたほうがいいのか。

リーゼロッテは美人なんだけど、眼鏡を掛けていてキツく見えるのか、男性はチラチラと覗き見るだけで、足を止めてくれる人はいない。

何か、呼び込みをしたほうがいいのか。

短くわかりやすい言葉で、騎士隊の魅力を伝えなければならない。美味しい食堂で三食美味しい食事が無料! とか?

すうと息を大きく吸い込み――

「こんにちは」

吸い込んだ空気は、そのまま吐き出した。

一人の紳士が近付いて、声を掛けてきたのだ。

年頃は五十代くらい。白髪交じりの頭を撫で付け、 片眼鏡(モノクル) を掛けた礼装姿の紳士。手には杖を握っている。

騎士隊に興味があって近付いて来たようには見えなかった。

「あの、どのようなご用件で?」

「初めまして。私は魔法研究局の局長、ヴァリオ・レフラと申します」

まさかの大物登場に瞠目する。

「どうぞ、お見知りおきを」

すっと私のほうへ手が差し出された。が――

『クエエエエ!!』

アメリアが台に乗り上げ、噛み付こうとした。

「アメリア、ダメです!」

「おっと」

アメリアがぴたりと動きを止めたのと、魔法研究局の局長が手を引っ込めるのは同時だった。

「さすが幻獣。独占欲が凄まじいですね」

「独占欲じゃなくて、あなたが薄ら笑いで挨拶したからではなくて?」

リーゼロッテは魔法研究局の局長に対し、別の形で噛み付く。怖いもの知らずだと思った。

「これはこれは、失礼を。……おや、そちらのお嬢さんは魔法使いでしたか。いやはや、立派な杖をお持ちで。よろしければ、名前をお聞かせいただけますか?」

「わたくしはリーゼロッテ・リヒテンベルガー」

「ああ、リヒテンベルガー侯爵家のご令嬢でしたか。道理で肝が据わっていると」

リーゼロッテは差し出された手を、挑むようにして掴んだ。

「ほう――これは素晴らしい魔力です!」

魔法研究局の局長の手先を見て、ぎょっとする。指に水晶の付いた指輪を嵌めていたのだ。

あの、ザラさんの家にあった物と同じ水晶だろう。

リーゼロッテの魔力を感知して、青い光を放っている。

危なかった。もしも手を握っていたら、私の魔力値が魔法研究局の局長にバレていたのだ。アメリアはわかっていて止めてくれたのか。本当に危なかった。

「リーゼロッテ嬢、少しお話をしませんか?」

「お断りよ!」

「ほんの少しでいいので」

魔法研究局の局長はリーゼロッテから手を離さない。

かなりの魔力値馬鹿のようだ。魔力の変態と言っても失礼ではないだろう。

しかし、どう対処すればいいのか。

ふと、三つの選択肢が頭の中に思い浮かぶ。

その一、ど 突(つ) く

その二、ど 突(つ) く

その三、ど 突(つ) く

騎士隊の冊子を丸め、そっと慎重な足取りで魔法研究局の局長のいるほうへと回り込む。

手を振り上げた瞬間、局長の手を掴む者が現われたのだ。

「なっ、だ、誰ですか!?」

リーゼロッテと局長の間に割って入ったのは帽子を被り、黒い遮光眼鏡を掛けた、礼服姿の中年男性。

ズルズルと、無言で魔法研究局の局長を引きずっていく。

ちらりと、横から見えたのは、リーゼロッテと同じ色合いの瞳。見覚えがあり過ぎる、高貴なおじさんだった。

魔法研究局の局長は、突然現れた人物の手により、連行されていなくなる。

「リーゼロッテ、大丈夫でしたか?」

「え、ええ」

変態魔力おじさんがいなくなり、平和が訪れる。それにしても、魔力に対する執着心が凄い。見ず知らずの他人に、あそこまでするなんて。

「それにしても、親切な人がいたものね」

颯爽と現れた遮光眼鏡のおじさん。

悔しいけれど、ちょっとかっこよかった。

「いったい、誰なのかしら。お礼が言いたいわ」

相手はあなたのお父様ですが。多分だけれど。

侯爵様はきっと、リーゼロッテが心配で、陰から見守っていたに違いない。

真実を言って良いのか悪いのか、判断に困る。