作品タイトル不明
アルブム先輩とはらぺこルーチェ
穏やかな昼下がり。同居人がいない休日を、メルはルーチェと共に堪能していた。
朝から刺繍をしていたものの、窓から差し込む暖かな陽気を浴び、眠気に襲われる。
メルは三時のおやつの時間を迎える前に、長椅子に横たわり眠ってしまった。
『きゅうっ!』
ルーチェはメルが刺繍に専念しているときに微睡んでいた。そのため、まったく眠くなかった。
小腹が空いたので、メルに何か食べ物を用意してくれと訴えるが、反応はない。
『きゅう……』
ルーチェのお腹が、ぐうっと鳴った。
どこかに、食べ物がないものか。くんくんと鼻をひくつかせると、メルの鞄から甘い匂いを感じる。
長椅子から飛び降りると、球のようにぼんぼん跳ねながら着地した。
床には絨毯が敷いている上に、竜の体は頑丈なので痛くないのである。
むくりと起き上がり、甘い匂いを漂わせる鞄目がけて駆けて行く。鞄は、メルがいつも仕事で持ち歩いているものだった。
鞄にたどり着くと、口を開こうとした。
『くすぐったいんだよーん』
『きゅう!?』
突然喋り始めたので、驚く。メルの鞄は普通の鞄ではない。喋る鞄妖精なのだ。
そういう存在なのだと受け入れ、気を入れ直して問いかける。
『きゅ、きゅう?』
『んー、甘いもの? これかな~?』
妖精鞄は、銀紙に包まれた板状のものを吐き出す。
『きゅう!!』
ルーチェは喜んで、それを拾い上げた。
くんくんかぐと、とろけそうな甘い匂いを発していた。
『きゅーーー!!』
大きく口を開いて食べようとしたら、突然目の前に白い物体が飛び込んでくる。
『きゅ?』
『アードモ。アルブムチャンダヨオ』
アルブム――それは、メルと時折行動を共にするイタチ妖精である。
メルと契約しているわけではない。契約者は、他にいるのだ。
アルブムはメルを一方的に慕い、こうして家まで押しかけているようだ。
『エーットネ、アルブムチャンガ、コウシテキタノハ、理由ガ、アッテネ』
アルブムはルーチェが持つ甘い物を指差した。
『ソレ、パンケーキノ娘ガ、楽シミニシテイルオ菓子ダカラ、食ベナイホウガイイヨオ』
『きゅう?』
メルはいつも、鞄の中にある食べ物をルーチェに与えてくれる。それでも、勝手に食べたらいけないらしい。
『パンケーキノ娘ガ、食ベテイイッテ言ッタラ、食ベテモイインダヨ。デモ、聞カナイデ食ベルノハ、ダメ、ナンダ』
毎日かかさずメルが食べ物をくれるからといって、なんでも食べていいわけではない。
所持している食べ物は誰かにあげる物だったり、食べるのを楽しみにしていたりする。
そのため、勝手に食べたら落胆されたり、怒られたりするのだ。
食べ物には、一つ一つ事情がある。ルーチェは理解し、手にした甘いものを妖精鞄の中に戻した。
『偉イジャン』
『きゅう!』
『何、オ腹、空イテイルノ?』
『きゅう……』
『ダッタラ、コッチニオイデ。オイシイモノ、アル場所、教エテアゲル!』
『きゅう!!』
アルブムはたったと走り、掃き出し窓から庭に飛び出す。ルーチェは空を飛んで追いかけた。
『アルブムチャンモネ、来タバカリノコロ、イロイロ勝手ニ食ベテ、怒ラレタンダー』
メルは他人の食料は勝手に食べたらダメだと怒る。
しかし、彼女はそこで終わらなかった。
『ココ!!』
アルブムがルーチェを連れてきたのは、庭の端に位置する菜園だった。
『ココハ、アルブムチャン菜園、ダヨオ』
『きゅ~~!!』
胸を張って紹介するので、ルーチェは拍手した。
アルブムチャン菜園とは、メルとアルブムが一から作った菜園である。
花壇だった場所に土を持ち込み、肥料を与えて土壌作りを行ったのちに、畝を作って種まきをした。
アルブムは毎日水やりをしたり、雑草抜きをしたりして畑のお世話をしていたのだ。
『ココノ野菜ハ、ゼ~ンブアルブムチャンノモノ! ケレド、少シダケナラ、ワケテアゲルヨ!』
『きゅう!!』
菜園の中に入ると、たわわに実った赤い実を発見する。
『コレハ、 赤瓜(トメト) ! オイシイヨ!』
アルブムはひとつもいで、ルーチェに差し出した。感謝の気持ちを伝えてから、思いっきり囓った。
薄い皮がパチンと弾け、甘い汁が溢れてくる。あまりにもおいしくて、夢中でパクパク食べた。
そのあとも、アルブムはさまざまな野菜をルーチェに分けてくれた。
最後にやってきたのは、丸芋畑。
『コレハネ、根ガ、強ク張ッテイルカラ、協力シナイトイケナインダヨ』
アルブムは丸芋の蔓を引っ張るが、びくともしない。ルーチェの力が必要なようだ。
『ジャア、一緒ニ、引ッパルヨ』
『きゅう!』
ルーチェも蔓を掴み、思いっきり引っ張った。
すると、丸芋を実らせた根が、土から顔を出す。
ルーチェが張り切って引っ張ったからか、アルブムは勢い余って土の上をゴロゴロと転がっていった。
『ドワーッ!!』
白い毛並みは、瞬く間に泥だらけとなった。
『きゅきゅう!?』
『ウン、マア、大丈夫ダヨオ』
収穫した野菜は、台所へ持って行くと調理してくれるらしい。
アルブムとルーチェは、収穫した丸芋をせっせと運ぶ。
『台所ニ、持ッテイク前ニ、井戸デ、野菜ヲ、洗ウンダヨ』
『きゅう!』
井戸の近くには、アルブム専用の野菜洗い用の桶が置かれていた。それに水を張って、丸芋の泥を落とす。
『ヨーク、洗ウンダヨオ!!』
『きゅーー!!』
せっせと、丸芋の泥を落としていった。
最後に、アルブムは頭から水を被り、自身に付着した泥も洗い流す。
ぶるぶると震えて水を払い除ける。次はルーチェの番だと思っていたら、指摘された。
『イヤ、君、鱗ガ、泥ヲ、弾イテイルカラ、キレイジャン』
鱗は泥を弾くらしい。自分のことなのに、ルーチェは知らなかった。
きれいになった丸芋を、台所へと運ぶ。屋敷で働く使用人が、アルブムとルーチェを優しく出迎えてくれた。
アルブムはさっそく、丸芋の調理法についていろいろ指示を出していた。
調理される間、アルブムは使用人に濡れた体を拭いてもらっていた。
ルーチェは果物を貰って食べる。
三十分後、調理が完了したようだ。
『ジャ~ン! 焼キ丸芋ダヨオ!』
焼いた丸芋に、バターを添えただけのシンプルなひと品であった。
アルブムはフーフー冷ましてから、バターをたっぷり塗った丸芋にかぶりつく。
『アー、コレコレ! オイシイネエ!』
ルーチェも真似して、丸芋にかぶりつく。
『きゅう!!』
とても、おいしかった。
アルブムは言う。お腹が空いた時は、アルブムチャンを頼ってもいいと。
ルーチェに頼もしい腹ぺこ先輩ができた日の話である。