作品タイトル不明
メル、社交界デビュー!? その十七
用意されたドレスは、春に芽吹く菜の花色のドレス。肩の布地はふんわりと膨らんでいて、胸元には二段のフリルがあしらわれている。腰回りはきゅっと絞られ、スカートは空に浮かぶ雲のようにふわふわに膨らんでいた。本当に、お姫様が着ているような可愛らしい意匠だ。
このように、明るい色合いのドレスを着こなすことはできるのか……、不安しかない。
「メル、どうしたの?」
「いや、可愛らしいドレスですが、私に合うのかと思いまして」
「このドレスは、メルの体の寸法に合わせて作ってあるから安心して」
いや、似合う、似合わないの問題で、寸法の問題では……。
そんな言葉を返す暇もなく、身支度が始まってしまった。
お風呂で体を磨くことから始まり、髪は香りのいい何かを塗り込まれ絹のようになめらかな手触りとなっている。爪も、ピカピカにしてもらった。
髪は左右から編み込まれ、王冠を被っているような髪型にしてもらう。
鏡に写った私は、本物のお姫様のようだった。
リーゼロッテからも、お褒めの言葉をもらう。
「メル、かわいいじゃない」
「リーゼロッテは、綺麗ですね」
「当然よ。あなたを守らなければならないから」
「どういう意味ですか?」
「美しさは、武器になるのよ」
「な、なるほど」
リーゼロッテのドレスは、深紅の大人っぽい意匠だ。本当に綺麗なので、思わず見とれてしまう。
確かに、リーゼロッテの美貌は武器だと思った。
「さて、そろそろ時間ね。メル、行きましょう」
「ええ」
食堂でランスを迎える。
すでに、侯爵様は席についていた。食前酒を楽しんでいたようだ。どうだと勧められたが、お酒など優雅に飲んでいる場合ではない。丁重にお断りをした。
給仕係のお兄さんが引いてくれた椅子に座る。相変わらず、こういう扱いには慣れていないけれど。しっかりお嬢様らしくしなければ。
ドクン、ドクンと胸が激しく鼓動する。ランスと会うのに、こんなに緊張したことがあったか。
フォレ・エルフの森で暮らしていた時は、忙しくってあまり話をする暇もなかった。
今日、何を話したらいいのか。
緊張していて、あまり考えられない。
ここで、執事さんよりランスの来訪が告げられた。
扉が開かれ──そこにいたのは居心地悪そうにするランスだった。
立ち上がりそうになったけれど、リーゼロッテから圧力を感じてそのまま動かずにいた。
深々と頷くので、座ったまま迎えるのが正解なのだろう。
「なんだ……この、無駄に広い家は!」
私も、ここに来た時同じことを思った。笑いそうになったけれど、ぐっと我慢する。
ランスは席に勧められたが、無視してキョロキョロあたりを見回している。
「あれ、あいつは?」
あいつとはどいつだ。首を傾げ、考える。
ランスのよくわからない問いに、リーゼロッテが答えた。
「メルのことなら、目の前にいるじゃない」
「は?」
「え?」
あいつとは、私のことだったらしい。
「お前、メルなのか?」
「はい。メル・リスリス・リヒテンベルガーですが」
「はあ!?」
ランスは極限まで目を見開いて、私を凝視している。
「お、お前、その化粧と恰好、詐欺のように別人じゃないか!」
「……」
なぜ、尖がった耳をした同郷の者を、別人と見間違えるのか。
謎過ぎる。
化粧とドレスのせいで、別人に見えていたようだ。
「ランス、いいから座ってください」
「え、いや、本当に、メルなのか?」
「そうだと言っています。フォレ・エルフが大勢王都にいると思っているのですか?」
「いいや……いない」
呟くように言って、ランスはストンと席についた。
「なあ、メル・リスリス・リヒテンベルガーってどういうことなんだ?」
「リヒテンベルガー侯爵家の、養女になったのです」
「は? お前、今、貴族様なのか?」
「まあ……そうですね」
「珍獣として、金で買われたんじゃないだろうな?」
「失礼ですね! リヒテンベルガー家は、そんなことしません!」
変な想像を働かせないように、しっかり説明しておく。
「リヒテンベルガー家が幻獣を保護する団体を運営していて、希少な存在である私の幻獣が幸せに暮らせるように、養子縁組をしたのです」
「あ……そう、なのか」
ここで、侯爵様がランスに挨拶する。
「私がリヒテンベルガー侯爵家の当主だ。娘と、同郷だったようで」
「はあ」
さすがのランスも、侯爵様相手には噛みつかないようだ。
ランスの混乱も解けない中で、食事が始まる。
前菜は山栗のポタージュ。優しい黄色のスープの中心に、生クリームが落とされている。
配膳されたあと、ランスが挙手した。
「あ、すみません、リヒテンベルガー侯爵。俺、こういう料理の作法とか知らなくて」
「よい。好きに食べろ」
「でも」
「いいから」
「ランス、大丈夫ですよ。私も、作法はまだ慣れてません」
「そ、そうか」
「たくさん並んだカトラリーは、外側から使うらしいです。口を拭う時は、目の前にあるナプキンで」
「お、おう」
私の言葉を聞いたランスは、安心したのか匙を手に取ってスープを飲み始める。
「なんだこのスープ……! うますぎる……!」
それもそうだろう。リヒテンベルガー侯爵家の料理は絶品だ。
ランスは目を輝かせて、スープを飲んでいた。
続いて出されたのは前菜──猪豚のテリーヌだ。これまた品があって、美味である。
「王都に住んでいる人は、こんなにうまいものを食べているんだな」
「ここの食事は特別です。けれど、安価でおいしい店は、たくさんあります」
「そうか」
空腹だったのか。ランスは実においしそうに、料理を平らげていた。
侯爵様は特に咎める視線を送ることなく、黙々と料理を食べている。リーゼロッテもだ。
次にやってきたのは、キノコのクリームパイ。カップの中にキノコのクリーム煮が入っていて、上からパイ生地が被せられている。
匙を入れると、パイ生地が破れた。クリーム煮とパイ生地を一緒に食べると、口の中は幸せでいっぱいになる。
魚料理のメインは、白身魚のソテー。しっかりバターとコショウが利いていて、とってもおいしい。
肉料理のメインは、三角牛の赤葡萄酒煮込み。肉がトロトロになるまで煮込まれている。
サラダで口の中をさっぱりさせたあと、生チーズというもちもちで柔らかいチーズを食べた。これが、おいしいのなんのって。
「なんだこれ……本当に、なんだこれ」
初めての味に、ランスは呆然としていた。
「まだ、食べるか?」
侯爵様の質問に、ランスは大きく頷いていた。
最後に、デザートが運ばれてくる。侯爵様も大好きな、カスタードプリンだ。
ランスは、これも初めてだろう。
「ええ……なんだ、これ」
だんだんと、ランスは語彙を失ってくる。プリンを食べながら、ひたすら「なんだこれ」を繰り返していた。
食事が終わったあと、本題へと移る。