作品タイトル不明
メル、社交界デビュー!? その十五
ザラさんだ! ザラさんが、助けに来てくれた!
ランスに小麦粉の入った麻袋のように担がれていた私は、ザラさんに手を伸ばす。
「メルちゃんを、下ろしなさい!」
「は? お前、誰だよ」
「彼は、ザラ・アートさんですよ」
「名前を聞いてんじゃねえよ、バカ!」
「ええ~~……」
ランスは本当に口が悪い。と、そんなことを思っていたら、景色がくるりと回転する。
ステラが私の首根っこを銜え、担がれていた状態から助けてくれたのだ。
同時に、アメリアがランスの背中を前足で蹴り飛ばす。
アメリアの蹴りは、見事に決まった。
「どわっ!!」
ランスは体勢を崩し、石畳の街を転がっていく。
ザラさんの魔法のおかげで、アメリアとステラを阻んでいたランスの結界が消えたのだろう。それにしても、即座に助けてくれた上に蹴りまでお見舞いしてくれるなんて。
できる娘達だ。
「メルちゃん!!」
ザラさんが駆け寄り、私の体を支えてくれた。
「大丈夫? 怪我はない?」
「え、ええ。大丈夫です」
「あのエルフは、知り合い?」
「あ、あの……はい。ランスといって……フォレ・エルフの村の、元婚約者です」
ランスを紹介したあと、ザラさんの表情がさらに強張った。
「メルちゃんを担いで、何をしようとしていたのかしら?」
「えっと……食堂に案内しろと。嫌がったので、先ほどのように私を抱えて運ぼうとしていたようです」
「そう」
ずいぶんと、ドスの利いた「そう」だった。
ここで、ランスは立ち上がり、ザラさんを指差して叫んだ。
「おい、メル! こいつ、何者なんだ? 親しげに、ベタベタ触りやがって!」
その言葉に、ザラさんが平然と返す。
「メルちゃんと特別親しい仲ですが、何か?」
「は? 親しい……?」
「将来を誓った仲、と言ったほうがいいかしら?」
「将来を……誓った……?」
ランスは目を見開き、ぼうぜんとしている。私も同じように、ぼうぜんとしかかっていたが、そんなことをしている場合ではない。
きちんと、聞かなければ。
ランスもここにいるし、ちょうどいいだろう。
「あの、ザラさん。私、聞きたいことがあって」
「何かしら?」
「将来を誓いあうって、その、あの、えっと…………結婚、してくれる、ということですか?」
ついに、聞いてしまった。
こんな図々しいこと、質問するのは恥ずかしい。けれど、リーゼロッテは「間違いなく、結婚したいという意味よ」と言っていた。彼女を信じ、質問してみた。
ザラさんは目を細め、優しい声で答えてくれた。
「そうよ。私、メルちゃんと結婚したい」
「ザラさん!」
感極まって、ポロリと涙が零れた。
ザラさんは本当に、私と結婚してくれるというのだ。
「メルちゃん、泣かないで」
「ううっ……すみません」
涙を流す私を、ザラさんはそっと抱きしめてくれる。すると、周囲からワッと歓声が上がった。
いつの間にか、私達は騎士に囲まれていた。
それも無理はないだろう。ランスの声が大きかったのが、原因だろう。
よくよく見たら、警邏部隊の隊長までいる。騒ぎを聞きつけ、駆け付けてきたのだろう。
「メルちゃん、ごめんなさい。このあと、事情聴取を受けることになるかもしれないわ」
「いいです。騒ぎを起こしたのは、私にも原因がありますし」
一度離れると、ザラさんは私の肩を抱き、警邏部隊の隊長のもとへ誘おうとした。
しかしそこへ、待ったがかかる。
「おい、待てよ!」
「何?」
ザラさんが凍えるような冷たい声で、ランスに言葉を返した。
「こ、こいつと結婚するなんて、正気か?」
「なぜ、そのようなことを聞くの?」
「だ、だってこいつ、忙しく働きまわって、婚約者だった俺を無視し続けたんだぞ? どうせ結婚しても、子どもの世話だ、家事だと働きまわって、相手にされなくなるぞ!」
「意味が、わからないんだけど」
「は?」
「忙しかったら、手を貸したらいいのよ。そうしたら、メルちゃんと一緒に過ごせるし。あなたは、それができなかったから、無視されてしまったのね。可哀想に……」
「な……なんで、そんなことを、言われなければならないんだよ。俺は、可哀想じゃない。悪いのは、メルのほうだ!」
ザラさんは険しい表情で首を振る。ランスには、意味の分からない仕草だったようだ。
「な、なんだよ!」
「あなたは、何もわかっていないわ」
「わかっている。ずっと、メルを傍で見てきたんだ」
「だったら、大事なものは、見落としていたのね」
「どういう意味だ?」
「あなたは、メルちゃんの外側しか見えていなかったの」
「内側って、なんなんだ?」
「たくさんあるけれど、その中でも重要なのは価値観よ」
「価値観?」
「ええ。価値観が違うのに、家族になったら不幸になるわ。婚約は破棄されて、よかったのよ」
「価値観なんて、結婚した相手に、合わせるものだろう?」
「メルちゃんが、あなたの価値観に合わせるから平気だって言いたいの?」
「いや、そうじゃなくて、こう、互いに、すり合わせるんだ。それが、夫婦だろう?」
「でも、あなたはメルちゃんの価値観に合わせてくれなかった。それが、今の状態よ」
「俺がいつ、メルの価値観に合わせなかったというんだ?」
「すべてよ。メルちゃんの実家は大家族で、忙しいことなんて、バカでも想像できるでしょう? 手伝うことはできなくても、辛抱強く待つことだってできた。けれどあなたは、それすらしなかった」
そうだ。ザラさんは、いつだって私の価値観を尊重してくれた。
私も、ザラさんの価値観を、大事にしていたと思う。
それは、意識してするものではない。自然と、できるものなのだろう。
こうして価値観が合う他人同士が、本当の家族になれるのだ。
「私は、メルちゃんに自分の想いを押し付けるようなことは絶対にしない。意思を無視して連れ去ろうなんて、以ての外!」
「……」
ランスは口をパクパクと動かしていたが、それ以上何も言わなかった。
否、言えなかったのだろう。
この場から立ち去っても、追いかけてこなかった。