作品タイトル不明
幻の猪豚料理
とりあえず、一品目は完成した。二品目以降は明日考えよう。日にちは迫っているけれど、焦って考えてもいいことはない。
ザラさん、リーゼロッテらと共に旧エヴァハルト邸へと戻る。
アメリアとステラはいち早くお風呂に入りたいようで、先に帰るねと言って庭を駆ける。
リーゼロッテはその様子を微笑ましく眺めていたようだが──。
「きゃあ!」
リーゼロッテが突然悲鳴をあげる。何ごとかと思ったら、シエル様が巨大な猪豚を引きずって歩いていた。一大事である。
しかも、ただの猪豚ではない。通常、猪豚の毛並みは茶色だが、この個体は白だった。
体長はアメリアよりも大きい。
コメルヴが、シエル様の肩の上でヤレヤレと言わんばかりに、肩を竦めていた。
「シ、シエル様、それ、どうしたのですか!?」
「しばし、狩りに出かけていた」
「さ、さようで……」
シエル様はどうだとばかりに、自慢げな表情をしている。
リーゼロッテは白目を剥いているし、ザラさんは「白い猪豚?」と別のことを気にしているようだったので、私が褒めるしかない。
「わあ、シエル様、こんなに大きな猪豚を仕留めるなんて、すごいですね!」
「まあな。シンシン雪山まで狩りに行った甲斐があるというもの」
「シンシン雪山って……?」
その疑問には、ザラさんが答えてくれた。
「確か、隣国の深い雪山よ。毎日吹雪だから、立ち入りが禁止されていたような」
「わ、わあ……」
隣国ということは、王都からだと日帰りで行って帰って来られる場所ではない。
いったい、どうやって行き来したのか。謎が深まる。
それに、隣国ということは、もしかして密猟?
いやいや、大英雄たるシエル様が、そんなことをするわけがない。きっと、地主と知り合いか何かなのだろう。
考えることを放棄した。
「今日は、これを夕食にと思ってな。ここに住む者同士、同じ獣の肉を食べて、仲良くやろうではないか」
そういえば、みんなバタバタしていて、一緒に食事をすることはなかった。
引っ越し祝いのパーティーとか、素敵かもしれない。
でも、問題は食材だ。
これだけの大きさの猪豚を、どのようにして解体するのか。
それに今は死後硬直中で、きっと肉質は最悪だろう。
「じゃあ、解体は私がするわ」
なんと、巨大猪豚の解体を、ザラさんが買って出た。
「ザ、ザラさん、大丈夫なんですか?」
「ええ。これの一回りくらい小さな猪豚だけと、大きめの個体は食堂に勤めていた時にしたことがあるの」
「さ、さようで」
ザラさんって看板娘……ではなくて、給仕係かと思っていたけれど、厨房で料理をすることもあったらしい。
まさか、解体までしていたとは。
「あそこの食堂は肉屋を通さずに、猟師からそのまま仕入れるの。だから、良いお肉が安く提供できるのよ」
「な、なるほど」
そんなわけなので、解体はお手のものなんだとか。
だったらと、解体はザラさんに任せることにする。
「肉質は叩いたらどうにかなると思うの」
「そうですね。やってみましょう」
「リスリスよ、私は何をすればよい?」
「え~っと……」
シエル様が期待の眼差しを向けていた。何か、仕事を任されたいようだ。
「シエル様は、薬草を摘んできてくれますか?」
「わかった! 行くぞ、コメルヴ!」
『は~い』
シエル様は全身鎧姿で、庭を駆ける。コメルヴも、テテテと走りあとに続いていた。
私とリーゼロッテ、アルブムの三人で、庭にかまどを作ることになった。
エスメラルダは天鵞絨の敷かれた籠の中から、悠然と私達が働く様子を眺めている。
安定安心のお嬢様っぷりだ。本物のお嬢様であるリーゼロッテは働いているというのに。
彼女はお嬢様ではなく、お姫様なのかもしれない。
アルブムはかまどの火に筒で息を吹きかける。だが、いくら吹きかけても、火は大きくならない。
あれや、これやとしているうちに、アルブムの白い毛は煤で黒くなっている。
一生懸命な姿を見て、あとで綺麗に洗ってあげようと思った。
『フウフウ、フウフウ……アレ~、火、大キクナラナイナア』
そんなアルブムの背後に、エスメラルダが立つ。
『キュウ!』
アルブムにそこを退けと言っていた。いったい、何をするつもりなのか。
エスメラルダは姿勢を低くして、息を大きく吸い込んでいる。
そして──。
『キュッフ!!』
ふっと、息を火に吹きかけた。すると、小さな火はたちまち大きくなる。
『オオ!』
「わあ、エスメラルダ、すごいです」
エスメラルダはしなりと立ち、シエル様以上のドヤ顔を見せていた。
『エ~、スゴイ。アレ、ドウヤッタノ?』
『キュキュ、キュウ』
「ああ、なるほど」
息に魔力を含ませた状態で火に吹きかけたらしい。なんて便利な。
『キュウキュキュ』
「へえ」
火を小さくしたい時は、火の中の魔力を吸い込んでくれるようだ。
こういった魔力調節ができるのはきっと、魔石獣の特性だろう。
侯爵様への報告書を書かねば。魔石獣の資料は少ないので、喜んでくれるどころかニヤニヤしながら報告書を読む姿が想像できる。
そんなことをしている私達の隣で、ザラさんはザクザクと白猪豚を解体していた。
あっという間に毛皮が剥がされ、部位ごとに分けている。仕事が早い。
猪豚の肉の部位は、十二種類。
歯ごたえがたまらないタン、煮込み料理にしたらおいしいアゴ、弾力のあるカシラ、脂身の多い肩ロース、ぎゅっと身が締まったロース、希少部位である内ロース、脂の乗っている前モモ、心臓部であるハツ、味わい深いレバー、脂身までおいしいバラ、燻製向きのモモ、脂身がプルプルなスネ、以上だ。
まず、どの肉から料理しようか。
とりあえず、近くにあったあばら骨を引き寄せた。
『パンケーキノ娘ェ、ソレデスープヲ作ルノ?』
「いいえ、違います」
あばら骨にはたくさんの肉がついている。これがまた、おいしいのだ。
まず、あばら肉に塩、コショウ、乾燥した薬草ニンニクを揉み込んで、しばし放置。その間に、湯を沸かす。
「シエル様、この肉を、ちょっと叩いてもらえますか?」
「承知した」
料理用の棍棒を手渡すと、シエル様は猛烈な勢いであばら骨についた肉を叩いてくれる。
途中、骨が何本か割れてしまった。
割らない程度の力加減でお願いします。
沸騰したら、あばら骨を入れて、シエル様が摘んできた薬草を臭み消しとして加えた。
灰汁を取りながら煮込むこと三十分。
茹で上がったあばら骨を取り出し、水でしっかり洗う。
そのあと、オリーブ油を塗って、火で炙るのだ。
途中、塩コショウを再度振るのを忘れずに。肉に焼き色がついて、カリカリになったら完成だ。
「題して、あばら肉のオイル焼きです!」
とりあえず、この料理を囲み、葡萄酒で乾杯する。
コメルヴとアルブム、エスメラルダには蜂蜜水を用意した。
シエル様に乾杯の音頭を頼もうとしたが、恥ずかしいと言って辞された。
「だったら、ザラさん、お願いできますか?」
「わかったわ」
ザラさんはゴホンと一度咳払いをして、カップを掲げた。
「素敵な住人と、素敵な家を祝して──乾杯!」
杯を重ね合わせると、みんな笑顔になった。
あばら肉はそのまま手に持ってかぶりつく。
「わたくし、こういうのに慣れてしまったわ」
そう言いながら、リーゼロッテは肉を手に持って齧る。それを見たシエル様も、倣っていた。
「むう、うまいぞ!」
「ええ、本当に」
表面はカリッ。中から肉汁が溢れ、肉本来の甘さが口の中に広がるらしい。
アルブムもキラキラな目であばら肉を食べていた。
『パンケーキノ娘、天才カヨ……』
その物言いに、笑ってしまう。
エスメラルダは、じっと睨むようにあばら肉を睨んでいた。
『ソレ、食ベナインダッタラ、アルブムチャンガ、食ベテアゲヨウカ?』
『キュッ!!』
アルブムに取られそうになったからか、エスメラルダはあばら肉に齧りつく。
食べた瞬間、ハッと目を見開いていた。
その後、ゆらゆらと尻尾が揺れている。どうやら、お口に合ったらしい。
それにしても、肉も食べられるとは。
幻獣の認識が揺らいでしまった。
そんなことはいいとして、私も食べてみる。
「──わっ、柔らかい!!」
さすが、シエル様が叩いただけある。ものすごく柔らかな肉になっていた。
「案外、しつこくないのね」
「ええ、びっくりしました」
このお肉、淡白な味わいというわけではないのだけれど、脂がさっぱりしていて、いくらでも食べられそう。
正直、暑さにバテ気味だったので、お肉はちょっと……と思っていたのだ。
やはり、疲れた時には肉に限るのだろう。食べていると、なんだか力が湧いてくるような。
「こ、これだ!」
私の叫びで、みんなを驚かせてしまった。
「メルちゃん、どうしたの?」
「このお肉だったら、バテていても食べられそうだと思って」
「ああ、そうね。確かに、いいかもしれないわ」
首を傾げているシエル様に事情を説明した。
「なるほど。夏祭りがあると」
「はい。それで、騎士達への軽食作りに、この白猪豚の肉を譲っていただけないかなと」
もちろん、それ相応の代金は支払うつもりだ。
「メルちゃん、この白猪豚、すごい高級品なの」
「え、そうなのですか!?」
ザラさんの故郷でも、半世紀に一度くらいの割合で発見されることもある希少な猪豚らしい。とんでもない高額で取引されるのだとか。
「そ、そうですよね。こんなに、おいしい猪豚は他に知りません」
だったら、騎士隊の予算で買い取りは難しいかもしれない。
「別に、普通の猪豚と同じ価格でわけてやるぞ」
「え、本当ですか?」
「こんなに食いきらぬから、無償で与えてもよいが、そういうことをすると庶民は困るのだろう?」
「えっと、はい。そうですね」
「だったら、騎士隊の提示する価格で与えようぞ」
「ありがとうございます」
寛大なシエル様のおかげで、幻の白猪豚を譲ってもらうことになった。