軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

挿話 置いてけぼりのアルブム

朝、アルブムはメルに叩き起こされる。

「アルブム、起きてください! アルブム!」

メルは続けざまにアルブムの腹を叩くが、叩き方は強くない。

それどころか、ポンポンと規則的に叩かれる振動は心地よかった。

メルのほどよい高さの声は、アルブムの意識を覚醒させるものではない。

眠りを深いものへ誘う、甘美なものでもあったのだ。

このあと、メルが食べ物を持ってきてアルブムを起こすことが朝のお約束となっている。

しかし、しかしだ。

その日は、いつまで経ってもメルは現れない。

待ちくたびれたアルブムのお腹が、ぐうっと鳴る。

『オ、オ腹、空イタ』

待っていてもメルは来ないので、アルブムは起き上がることにする。

もしや、朝食を食べているのか。

アルブムは食堂へと向かう――が、食堂にメルの姿はない。

食卓の上に何もないが、微かに食べ物の匂いが残っている。おそらく、朝食を食べたあとなのだろう。

『パンケーキノ娘、パンケーキノ娘ェ~!』

アルブムはメルを捜す。風呂場、クローゼット、台所、庭と家の中を捜して回ったが、どこにもメルの姿はない。

『パンケーキノ娘ェ、ドコ~~……』

ふと、庭の片隅に人の気配を感じたので近づいてみたら――しゃがみ込んだ状態で兜にタオルを巻いた全身鎧姿の男がいて、アルブムは叫んだ。

『ギャアアアア!』

というのも、屋敷の中には甲冑の飾りがたくさんある。それが、ひとりでに動いているように見えたのだ。

「む、どうした? 我がはーれむの一員、アルブムではないか」

『ア、ドウモ』

メル捜しをしていて必死になっていたので失念していたが、動く全身鎧ことシエル・アイスコレッタとの同居を始めていたのだ。

『ソ、ソコデ、何ヲシテイルノ?』

「薬草を摘んでおる。だが、よく似た草があって、判別できないでいてな」

『チョット見セテ』

アルブムはシエルの持つ籠の中を覗き込むと、種類ごとにわけていく。

『コレハ?』

「ローゼマリー草だ」

『ソウ、正解!』

「これも、ローゼマリー草に似ていて」

『ア、ソレ、毒草ダヨ』

「なんと!」

アルブムはローゼマリー草と毒草を並べ、違いを教えた。

『ココノ先ガ、尖ッテイルノガ、毒草。丸イノハ、ローゼマリー草』

「なるほど。さすがよ」

『マ、マアネ』

調子に乗って胸を張っていたが、ここでメルを捜していたことを思い出す。

『ソウダ。アルブムチャン、パンケーキノ娘ヲ捜シテイタノニ』

「エルフの娘――メル・リスリスのことであるのならば、もう出勤して行ったぞ」

『エ!?』

「三十分ほど前だったか」

『エエ~~!?』

アルブムは置いて行かれたことが発覚する。

『ア、アルブムチャン、第二遠征部隊ノ一員デ、隊デハ、ナクテハナラナイ存在ナノニ……』

「困っているようだな。ならば、送ってやろうか?」

『エ、イイノ?』

「薬草と毒草の見分け方を教えてくれた礼だ」

シエルは立ち上がり、水晶剣を引き抜く。

そして、何やらぶつぶつと詠唱を始めた。

『ア、アノ……何ヲシテイルノ?』

「知り合いの竜を呼ぼうとしている。最速で騎士隊の宿舎まで行けるからな」

『イヤイヤイヤ!! ダ、大丈夫! アルブムチャン、今日ハオ仕事休ムカラ!』

そんなわけで、アルブムは置いてけぼりとなってしまった。

『ア~~、暇ダナ~~』

腹を上に向けた無防備な姿でそう呟くと、白と黒二匹の 山猫(イルベス) が近寄ってくる。

ブランシュと、新たにザラと再契約を交わしたノワールだ。

主人の不在中は幻獣保護局の者がやってきて、世話している。

『にゃあ』

『にゃん』

ブランシュとノワールは遊ぼうよと誘うように、アルブムの腹を肉球でふにふにしている。

『イヤ、アルブムチャン、追イカケッコトカハ、チョット……』

『にゃあ、にゃあ』

『にゃん、にゃん』

そこをなんとかと、お願いしてくる。

熱心に誘われてそこまで言うのならばと、アルブムは山猫の遊びに付き合ってあげることにしたが――。

一時間後。

『ハア、ハア、ハア、ハア……ウッ!』

想定以上のハードな追いかけっこに、アルブムは虫の息となる。

こんなはずではなかったのにと、アルブムは奥歯を噛みしめた。

『パンケーキノ娘ェ、早ク帰ッテキテ~~』

しかし、その願いは叶わなかった。

メルをはじめとする第二部隊の面々は、遠征に行ってしまったのだ。いつ、帰ってくるかは未定である。

『ソ、ソンナ! ダッタラ、竜ニノッテデモ、行ケバヨカッタ!』

愕然とするアルブムのもとに、望んでいない人物が現れる。

『ウゲッ!!』

メルやリーゼロッテ、ザラといった住人のいない旧エヴァハルト邸を訪問してきたのは――リヒテンベルガー侯爵であったのだ。

誰にでも懐く山猫のブランシュとノワールは、侯爵の登場を大歓迎で迎える。

『にゃにゃ!』

『にゃんにゃん!』

犬のように尻尾を振る山猫に、アルブムは慄きながら言った。

『イヤ、ヨク怖ガラズニ、ホイホイ行ケルヨネ』

侯爵はブランシュとノワールを、ぎゅっと抱きしめた。

いつもだとこんなことはしない。

今日は娘やメルの目がないからだろう。

目を閉じ、幸せを堪能しているようだった。

そんな侯爵に対し、アルブムは小さな声で『ヨ、ヨカッタネ』と言った。

◇◇◇

その後、アルブムは遠征に行ったメルを健気に待った。

そして、ついにメルが遠征先から帰還する。

『パンケーキノ娘ェ~~!!』

全力疾走で玄関まで迎えに行った。

感動の再会になると、アルブムは信じて疑わなかった。

しかし――メルの腕の中には、アルブムと同じ大きさの兎のような獣の姿があった。

『エ、何ソレ?』

「アルブム、彼女は 魔石獣(カーバンクル) です」

『カーバ……エ?』

魔石獣と呼ばれた獣は、メルの腕の中からアルブムを見下ろし、勝ち誇ったように目を細めている。

『ソ、ソコノ位置ハ、アルブムチャンノ、モノダッタノニ!』

「何を言っているんですか。アルブムと私は契約していないでしょう?」

メルにそう言われ、雷がどーん! と脳天に落ちてきたような衝撃を覚えた。

『パンケーキノ娘ェ、アルブムチャント、契約シテ!』

「いえ、今のところは間に合っています。それに、アルブムは侯爵様と契約しているでしょう?」

『ソウダケド、パンケーキノ娘ト、契約シタイノ~!』

メルに縋ろうとしたアルブムであったが――。

『キュウッ!!』

魔石獣に威嚇されてしまった。アルブムはビクリと体を震わせ、一歩後ろに下がる。

『ア、アルブムチャンノホウガ、絶対可愛イノニ……!』

悔しい気分となる。

朝、自分で起きないからこういうことになるのだ。

因果応報である。

◇◇◇

翌日から、アルブムは自分で起きるようになった。

メルから付かず離れずの距離を保ち、食堂では膝の上を占拠した。

しかし――。

『キュウッ!!』

魔石獣に追い出されてしまう。

『ア、アルブムチャン、負ケナインダカラ!!』

ライバルの登場に戦々恐々していたが、アルブムはへこたれない。

メルに可愛がってもらうため、今まで以上にいい子でいることを決意していたのだった。