軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

出勤

その後、ザラさんがお風呂を貸してくれた。始業時間に間に合わないからとお断りしたんだけど、もしも今日、遠征任務が入ったら最悪数日はお風呂に入れないかもしれない。隊長には事情を説明しておくし、遠征があるとしたら食料などの荷物も纏めておくからと説得されてしまう。

「お風呂に入ったら、疲れも取れるから」

「そう、ですね」

「遠慮しないで」

正直な気持ちとしては、若干埃っぽい感じがするのでお風呂に入りたかった。汗も流したいし。

だから、お言葉に甘えることにした。

「中にあるものは好きに使っていいから。あ、ブランシュがいるけれど、気にしないでちょうだい」

「わかりました。ありがとうございます」

一度家に戻ったザラさんより手渡されたのは、家の鍵。

「これ、予備の鍵なんだけれど」

「あ、ありがとうございます」

鍵には長い紐が通されており、首からさげてくれた。

ザラさんは先に出勤していく。

「じゃあ、メルちゃん、行って来るわね」

「はい、行ってらっしゃい」

ここで一瞬、ザラさんが真顔になる。

「どうかしましたか?」

「あ、いや、なんか新婚夫婦みたいだなって、思って……」

そう言ったあと、ザラさんは目を泳がせる。口元を手で覆い、再度目があったらパッと逸らされた。

自分で言っておいて、照れるのはどうかと思います。

ザラさんのせいで、私も恥ずかしくなった。

「ま、またあとで」

「はい」

目も合わせず、ぎこちない感じで別れることになった。

◇◇◇

アメリアとステラは屋根の上で待っていてくれるようだ。

ザラさん宅の鍵を開ける。カチャリと音が鳴ると、内部からダダダッ!!

これはもしかしなくても――ブランシュだろう。きっと、扉を開いたら飛び出して来るはず。

ちょっとビビッてしまい、ほんの僅か扉を開いてみた。

『にゃあ!』

「あ、はい」

すぐ、ブランシュと目が合った。想定以上に距離が近い。

ゆっくり、ゆっくりと扉を開き、私がかろうじて通れるくらいの隙間から中へと入った。

『にゃ~~!』

尻尾を左右に揺らしながら、ブランシュがお出迎えをしてくれた。すぐ目の前まで接近している。

いつもならば、ここでザラさんがブランシュを引き剥してくれるんだけど、残念なことにご主人様は不在だった。

「あの、お邪魔します」

『にゃあ!!』

元気のいい返事をいただく。顎の下を撫でてあげたら、気持ち良さそうに目を細めていた。

一瞬の隙を突いて、家の中へと上がり込む。

廊下にはいい匂いのする乾燥花が壁に吊るされていた。床には埃一つなく、相変わらず掃除のいき届いた綺麗な家だった。

ブランシュは私の横にぴったりと寄り添うようにして付いて来る。

「あの、ブランシュ、お風呂場はどちらか分かりますか?」

『にゃ!』

ブランシュがキリリとした表情で案内してくれる。

台所の後方部分に風呂場はあった。

「ブランシュ、ありがとうございます」

『にゃ~~』

扉を閉めようとしたら、すっと脱衣所の中へと入って来る。私を監視するように、座り込んだ。おそらく、お願いしても出て行かないだろう。同じ女子なので、我慢することにした。

浴室も綺麗に手入れされていた。薬草石鹸に、洗髪剤、垢擦りなど整理整頓されて置かれている。琺瑯製の浴槽もピカピカに磨かれていた。

まず、浴槽に水を張る。

外にある井戸から水を汲み上げるポンプがあったので、せっせと動かして浴槽の中に水を満たした。

続いて、浴槽の縁に置かれていた魔石を手に取った。表面には火魔法の呪文が刻まれている。それを指先で摩ると、呪文が光った。すぐに、水の中へと放り込む。

すると水に反応した魔石が、ほどよい温度の湯に変えてくれるのだ。

湯の準備が整ったので、服を脱ぐ。依然として、ブランシュが私を見つめていた。気まずい思いをしながら服を脱いだ。

水が苦手なのか、浴室までは入って来なかった。

お風呂用品まで取りに行っている余裕はなかったので、石鹸などはザラさんの物を借りた。

洗いながら思う。

これ、すごいザラさんの匂いがする!

なんだか照れてしまった。

遠征任務が入っているといけないので急いで体を洗う。ブランシュに覗かれ……見守られながら入浴は完了した。その後、浴槽の湯を抜いて浴室の掃除をする。

借りたタオルも洗って、外に干しておいた。

『にゃう、にゃう』

「ごめんなさい、ブランシュ。もう行かなきゃ」

『にゃう~~』

ブランシュは遊びたいようだったけれど、時間がない。

少しだけ、全力で撫でてあげた。すごく毛並みが良くて、温かくて。肉球をプニプニするのは至福の時間であった。一日中モフモフできそうだけれど、これ以上、構っている暇はない。

「では、行ってきます!」

『にゃ!』

ブランシュの見送りを受けて、外に出る。しっかりと施錠し、アメリアとステラを呼んだ。

アメリアの背中に乗る。

「アメリア、なるべく速くお願いします」

『クエ!』

アメリアはステラと顔を見合わせ、頷いていた。

何の意思の疎通かと思っていたら――。

「わっ!」

アメリアは飛び上がり、屋根の上に着地する。ステラも壁を伝って上がってきた。

「え、ステラ、すごい!」

『クウ!』

煉瓦の隙間に爪を引っかけて、上ったようだ。

『クエクエ!』

「あ、はい。お願いします」

どうやら、屋根を伝って騎士隊の駐屯地まで行くらしい。

王都は朝なので、どこもかしこも人だらけだ。歩いて行く分には問題ないけれど、急いでいる時はもどかしい人の流れなのだ。

それを回避するために、アメリアは屋根を伝って移動してくれた。ステラもあとに続いている。

「あ、お母さん見て、あれ何!?」

「幻獣兵だ!」

「わあ、カッコイイ!!」

……なんか、すごい目立っているけれど。

いつもの半分以下の時間で騎士隊に到着した。乱れた髪を整えながら、第二部隊の騎士舎まで急ぐ。

訓練用の広場では、ガルさんとウルガスが武器の手入れをしていた。

どうやら、遠征任務は入っていなかったようで、ホッとした。

「おはようございます」

「あ、リスリス衛生兵、おはようございます」

大丈夫だったかと訊かれ、頷いておく。

「困った時は、ベルリー副隊長の家に行くといいですよ。アートさんみたいに集合住宅ではなく、一軒家なので」

「そうだったのですね」

ウルガスはそう言うが、上司の家に上がり込むことなどできないだろう。

「隊長は執務室にいます。心配していたので、顔を見せてください」

「はい」

ガルさんは手を振ってくれる。瓶の中から、スラちゃんも手を掲げてくれた。

私は会釈を返し、執務室へと急いだ。

扉を叩いて、中に入る。アメリアとステラも付いて来た。

幻獣仕様の騎士舎なので、余裕で入室できる。

「――すみません、遅くなりました!」

「おう。そこに座れ」

隊長は書類から視線を外さずに、長椅子に座るよう指示を出す。

ベルリー副隊長と目が合った。

「リスリス衛生兵、ザラから話を聞いたが……」

「ご心配をおかけしました」

「いや、私も声をかけていればよかったと思って」

ここで、ベルリー副隊長の一軒家の話になった。

「ここから少し遠いのだが――とは言っても、郊外にあるエヴァハルト伯爵邸ほどではないが――大きな一軒家を買ったんだ。好きな時に、遊びに来るよう言おうと思っていたんだが」

中古の物件らしい。庭の窓からだったら、アメリアやステラも中に入れるとのこと。

「まあ、知っているように結婚話は破談となって……それで、貯めていた結婚資金で家でも買おうかと」

「そ、そうだったのですね」

「この家がなかなか居心地良くて、いい買い物だったなと」

「な、なるほど」

そんなわけなので、住む場所が決まらないのであれば、下宿先としての選択の一つとして考えておくようにと言ってくれた。

「ありがとうございます。ベルリー副隊長」

ここで、仕事を終えた隊長が私のもとへとやって来る。

「まったく、お前は野宿なんかしやがって」

「すみません。それしか思い浮かばなくて……」

「他人を頼るということを、知らないようだな」

「ザラさんにも、似たようなことを言われました」

ちなみに、ザラさんとリーゼロッテは研修会に行っているらしい。夕方には戻って来るとか。

「ザラといえば……」

「はい?」

真面目な表情で問いかけられる。

「お前からザラの匂いがするが、本当に野宿をしたのか?」

「へ!?」

まさか、ザラさんの家に泊まったと思った!?

今日の遅出は朝帰りだから的な!?

その質問に対し、カッと頬が熱くなるのを感じた。同時に、背後にいたアメリアとステラが激しく抗議する。

『クエ!! クエクエクエ、クエクエクエ、クエ~~!!』

『クウ、クウクウ!』

「お、おう。な、なんだ。すまんかった」

隊長にアメリアやステラの言葉はわからないけれど、どうやら本当に野宿をしたことは伝わっていたようだった。