軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

――― 征途 ④ 帰還  ―――

工兵の取り纏め兵も、朋の進言により新たな知見を手に入れたようだ。 今までは捨てていたモノにも、相当の価値がある事が判明したからだった。 さらに、全長十ヤルドを超える魔物の死骸。 剥ぎ取れる素材は、何時にも増して多いのだから。

徹底的に素材を剥ぎ取った後、深い穴と魔法の火炎により最終処分を実行。 さらに穴を塞ぐ。 洞穴は度重なる広域魔法の行使と、凍結、毒や瘴気と聖水との反応でボロボロになっており、埋葬と同時に崩落した。 荒地はやがて森の大地に戻る。 濃密な空間魔力は樹々を呼び、森の再生は恐ろしく早い。

グズグズに崩れ去った洞穴跡地は意思とは関係なく『魔物』に変容した『ヒュドラ』の墓標となったのだ。 生きた証として、地図に残る存在となったのだ。 最後に頭を下げ、『ヒュドラ』の永遠を祈る。 生きていれば死闘を以って屠らねば成らない魔物。 しかし、それでも尚…… この世界に産まれた一つの命であった事は疑いのない事実でも有るのだ。

祈りは、期せずして朋が口にした物と同じ。 “ 願わくば、輪廻転生した後は、平穏で安寧な暮らしを送って欲しい ” と、心より神に願う言葉を紡ぐ。 苦しみと絶望は今世に捨て去り、まっさらな命として……

現場から帰還の途に就く。 朋は消耗してはいるが、手に入った稀少な素材を思い、ニヤニヤと笑みを浮かべている。 王宮魔導院の魔術師としては、その表情は如何なものかと思うのだが、それが彼の為人なのだから仕方ない。 彼の希望通り彼の護衛には狙撃第一班が当たっている。 そして、朋は私の傍を離れない。 つまり、狙撃第一班は私の護衛とも言えるのだ。

周囲を索敵しつつも、穏やかな森の様子から警戒度はそれほど高くない。 野営を繰り返し、出発は朝日を浴び乍らとなった今、道行きには何も不安を覚えない。 夜間行軍ならば警戒度は跳ね上がるが、日中の行軍では夜行性の魔獣が出没しない事が行軍の安全性を高めている。 『索敵魔道具』に映る輝点を避けつつ、膨大な量の戦利品と共に『浅層の森』を移動する。

「あの方は…… 何なのでしょうか?」

「 “ 何なの ” とは、朋の事か?」

「はい。 突然の同道にわたくし達も面喰らいました。 勅任として、魔導士様の護衛に任じられた事も…… ですが、これもまた『任務』だと思っておりました。 森の行軍に慣れない方だと思っておりましたが、歩く速度も行軍に問題はありませんし、その上 森のあちこちに飛ばす視線がまるで狩人の様…… 私には、彼の方が判らないのであります」

「そうだろうな。 貴人としては型破りに過ぎる。 が、森の真理に到達した『貴顕』でもあるな。 辺境と言う倖薄き地に於いて、『魔の森』の知見を得る為に森に足を踏み入れる、生まれ乍らの『 研究者(・・・) 』と言う事だ。 事実、これからも倖薄き地に生活する民草の為に、研究と魔道具の開発に邁進すると言う。 それを受け入れたのだ、私は。 君も既に恩恵に浴している。 そして、遊撃部隊も。 更には、この辺境の騎士爵家もな」

「……ええ、それは理解しております。 ただ……」

「ただ?」

「何故か、私に対し生温かい視線を投げかけてくるのであります。 何とも、それが……」

「興味を持たれたのか?」

「いえ、まぁ…… そう云った意味では無く、何と云うか……」

「要領を得ないな。 私は人の機微については得意ではない。 君に危害を加えようとしたり、邪な考えを持っていたとしたら、それなりに対処するがどうだ?」

「あ、有難く…… いえ、そう云った意味では無く…… 何と云うか…… お、お父ちゃんが、私に投掛けていた視線と云うか……」

「うむ…… そうか。 まぁ、良く判らないが、観察しておくことにする」

「はい、有難く!」

彼女の話は、人の機微についての話だ。 朋が彼女に対し何を考えているかは…… また、尋ねる事にする。 奴の心は漢なのだから、そう云った意味合いでの付き合いを望むのか? ちょっと良く判らない。 女性同士のアレコレも魔法学院に居た頃には、何かと話題にはなっていたが、そう云ったモノから程遠い場所に居た私には全く理解できない。 前世の知識もまた、その部分に関しては空白とも言えるのだ。 要観察…… が妥当と云えるな。

全く、厄介事ばかりだ。

所定の時間で浅層の森を抜ける。 森の端の邑に到達したのは、その日の夕暮れ時。 補給地として野営地を設営した場所に到達。 森から運び出した『幾多の素材』は、既に輜重隊により『砦』へと輸送中でもある。 状況終了は『砦』にて発令される。 今は未だ作戦途中なのだ。

警戒はして然るべきなのだ。 夜の帳が降り、晴れ渡った夜空に星が瞬き始める。 風は温く、糧食の準備の香りが野営地に漂い始めた。 今夜はここで一旦留まり、明日『砦』へと帰還する。

司令部用の大天幕に私は進む。 今回の作戦の報告書を書き上げる必要が有るのだ。 幸いにして損耗は無し。 兵員は怪我すら無かった。 これも朋の策が上手く嵌った結果だ。 詳細にその策についての報告書を書き上げる。 明日の行軍は街道を行くため、騎馬と馬車による移動となる。 既にその手配も済んでいるのだ。 疲れが極限に達したのか、いつもは姦しい朋の声すら聞こえない。

静かな…… 本当に、静かな夜となった。

――― § ―――

『砦』に帰還したのは次の日の早い段階。 出撃した遊撃部隊全てが帰投した。 状況終了を告げると即座に通常任務に復帰する。 通信室からの報告も上がっていない。 この所、我が騎士爵家支配領域の『魔の森』は本当に穏やかだと云える。

報告書を書き上げ本邸の兄上の元へと送る。 ついでに『ヒュドラ』の魔石も、『信』の置ける兵により、本宅に移送した。 討伐完了の証でもあるのだ。 伝令兵もそれを知っており、高揚した表情を浮かべている。

数刻後、兄上が『砦』に単騎でやって来た。

護衛も付けずに何をしているのですかと、驚いて問うと顔を真っ赤にしてガッチリと抱きしめられた。 怒りと歓喜とその他名状しがたい感情からだと、後から伺ったが…… ちょっと恥ずかしかった。 落ち着いて下さいと云う態で、通信士の妙齢の婦人に茶の準備を頼み、応接に座って貰う。 一体どうしたのかと問うと、兄上は少々怒りをにじませた声で言葉を綴られた。

「無茶はするなと言っただろうが。 ギリギリまで観察するのでは無かったのか?」

「はい。 ギリギリまで観察いたしました。 あそこで行動しない場合、被害が際限も無く拡大する可能性が御座いました」

「そ、それでも何故『待てなかった』のか。 上級女伯家の婚姻式は恙なく盛大に挙行されていた。 何の問題も無く全て予定通りにな。 私を含む今回の事を知る者達は、私の本邸への帰着を以って行動を開始する手筈に成っていた。 騎士爵家が主力も万全を期し、全兵力が押し出す準備をだな……」

「有難くは有りますが、それでは間に合わなかったと思われます。 相手は中型の蛇種魔物。 それも毒と瘴気を振りまく『ヒュドラ』でしたので、被害の拡大とその影響は計り知れません。 よって、先制攻撃を実施する決断に至りました」

淡々と紡ぐ私の言葉に、兄上はヒュっと喉を詰まらせた。 辺境に生きる者にとって『ヒュドラ』とは危険度最大の生物であり、動く自然災害に他ならないのだ。 その個体は周囲を瘴気で犯し、吐く息は撒き散らす致死性の『毒』。 討伐するには、良くて王国軍大隊規模の軍勢が投入されて然るべきもので、場合によっては、軍団全軍の投入も検討される様な相手。

高々、騎士爵家が保有する『遊撃部隊』などでは、対処が不可能な相手でもあるのだ。

それを討伐した。 兄上にとっては『青天から降り注ぐ霹靂』以外の感情は持てなかったのであろう。 もし、自身が兄上の立場ならば、そうなるであろう事は間違いない。

――― 済みません、兄上。 状況が私に無茶を強いたのです。