作品タイトル不明
――― 騎士爵家 次男の行く末 ―――
そんな私の表情を捉えた朋は、母上や父上に対して上級女伯家での教育内容を口にした。 相手は唯の上級伯爵家では無いのだ。 未来の王妃様であられる大公家が御息女の『影』として教育された方。 その事実を踏まえれば、公女様が王太子妃として御婚姻された時には、介添えに入るべき人材でもあるのだ。
つまり王宮へ伺候する立場となる。 その配ともなれば、単なる上級女伯が『配』では済まない。 『儀礼』も『礼典則』も最高のモノが求められて然るべきなのだ。 朋の言葉から、ちい兄様がお受けに成られている教育の圧倒的内容に父上も母上も言葉を失う。 まぁ、私は多少は予測出来てはいたがな。
「御次男が婿入りされるのは、アノ上級女伯家でしたね。 あの家は少々特殊な御家柄。 現御当主様は、大公家の御嬢様付きでしたから、相当に教育されておられた方でしたね。 何でも、公女様の『影』をお勤めに成られる程の才女だったとか。 まぁ、武家の御家柄でも有りますから、体術も相当に積まれておられたのでしょう。 近接戦闘に於いては、万が一の時の公女様の『壁』に成る為の御教育を施されていたと父に聞いております。 その家の御教育ともなれば、王宮での王族教育にも匹敵する筈。 なかなか面白き事になるでしょうね。 御次男様はさぞやご苦労されておられると思います。 『礼典則』も王族級を求められる筈ですしね。 後は…… そうそう、王都在中の貴族家の力関係の把握が必須と成りましょう。 王太子殿下と公女様の御婚姻式にはきっと参列される事と成りましょうからね。 更に言えば、その出自から公女様の介添えに『 ご夫妻(・・・) 』で任じられる可能性すらありますから。 まぁ、大変な御役目ですよ」
さらりと、そんな事を口にする。 “ だろうな ” と私は思う。 魔法学院で上級女伯様との絡みは公女様の思召しでも有った。 状況を把握させようと、そんな意思を感じ私は素直にあの方の御話を聴いていただけに過ぎないが、その性格の苛烈さは交わす会話の中からでも容易に想像出来たモノだ。
その配と成られる 次兄様(ちい兄様) は、その配たるを証せなくては成らない。 コレもまた任務なのだと、そう御自身に言い聞かせねば、心が折れそうになるのも何となくだが判る様な気がした。
頑固者の ちい兄様。 何より『できません』が言えない ちい兄様。 きっと頭の中で、色々と状況を自身の経験に置き換えて考えて行くのだろうなと思う。 中央貴族の力関係等の『人の領分』たる、魑魅魍魎の動きはきっと『魔の森』の中の魔物魔獣の関係性に置き換えられる。 捕食、被捕食者の関係性に置き換えれば、何となく理解出来ようなモノ。
後は…… 上級女伯家の軍事を取り纏める御立場に成るか。 コレは、別段気にもしてない。 大体、あの戦役に於いて一時的とはいえ、指揮命令系統に上級女伯家が領軍を組み込み、王国第二軍の雪辱戦を指揮したのだからその能力は折り紙が付いているのだ。
だから、何も恐れることは無い。 大体ちい兄様は巨躯を持つ武人。 並み居る武士達を滲み出る威圧感で口を閉ざさせる事すら容易な方なのだ。 森の恐怖を知らぬ者達へ、畏れを抱く様な方でも無い。
―― うん、なにも心配は無いな。
「だ、大丈夫かしら、あの子。 案外、細やかな性格をしているのだけれども……」
「母上、これも任務です。 でしたら、問題は無かろうかと。 懸念点は一つだけです」
「何でしょう、懸念点とは」
「はい、上級女伯様を大事にされるかどうかです。 せっかく婚姻を結ぶのでしたら、善き時期に善き報告が聞きたいモノです」
「……ですね」
そうなのだ。 せっかく夫婦に成るのだから、愛情は交わせなくとも『親愛の情』の交歓はして欲しく思う。 そして、御子を得られれば、それに越した事は無いと思う。 そんな私の懸念に朋は大きく笑み崩れる。
「それは、御次男様の肝に掛かっていると思われます。 体に大きな傷を抱えた高貴なる御令嬢。 その傷を許容できるような者は、王都には居りません。 が、此処は辺境の地。 魔物魔獣との戦闘が、日常茶飯事な土地柄。 街を見ても顔に大きな傷を持つ女性も幾多も見受けられました。 御次男にとっては『傷』など見慣れたモノでしょう。 幼少の 砌(みぎり) に受けた傷。 現在では成長もし、存外目立たなくなっているかもしれませんからね。 おっと、これは無粋な事を」
ふと父上が何かを思い出したように微笑む。 口を開き言葉を紡ぐ。 言葉には私の知らぬ事が含まれていた。
「ならば、問題は無いでしょうな。 アレは女には甘すぎる程に優しい。 心を病んだ女性兵を継続して心に掛け、武人として復帰させた経歴すらあるのだよ。 顔と身体に大きな傷を得たその女性兵士に対し、“ 誇るべき傷だ、安寧の礎となった証なのだ ” と、言い続けたと言う。 アレは、騎士爵家の誰よりも、心根を見る漢だ。 感情の機微も理解している。 故に心に寄添うモノが出来なかったとも言える。 それが、調えられたモノであっても、アレならばきっと心に寄添おうと努力するだろうからな」
「フフフ、そうでした。 その様な事も有りましたね。 こちらがヤキモキする程に親身になっておりましたモノね。 ならば…… 心配はしなくても良いでしょう。 あちらが受け入れて下さることを願ってやみません。 上級女伯家との婚姻式は、もう直ぐです。 それまでに一定の所まで達成せねばなりませんが、此方に苦情が来た事が無いので、良く判りません。 上級女伯家の寄り親たる軍務卿侯爵家が仮親として立たれるという前代未聞な事柄も有りますが…… あの子ならば如才なく遣り通すでしょうね」
父上と母上はそう云うと、お互いの顔を見合わせ微笑んだ。 ちい兄様、頑張って下さい。 そして、良き時をお迎えください。 それと朋よ。 もう少し事実を婉曲に伝える方策を考えた方が良いと思うぞ? いくら明け透けな辺境域であっても、貴様の言動は余りに直截的に過ぎるのだ。 聴いているこっちが冷や冷やするのだ。 頼むぞ…… 本当に……
――――
少々煩かったか、 御継嗣様(兄上) ご夫妻も、執務室に遣ってこられた。 既にお義姉様のお腹は大きく目立つようになっている。 お義姉様の手を引かれ、大兄様は私達の前に姿を表した。 朋を紹介し、彼が『砦』にて職務を遂行すると云う事を父上に了承を得たと、事実を告げる。 ニコリと笑みを浮かべた兄上は私の頭をごしごしと撫で、“ 良かったな ” と仰って下さった。
得難い朋を我らが騎士爵家の支配領域に迎える事に対し、言祝ぎ迄下さったのだ。 貴族家の間には、友誼の成立はかなり難しい。 利と益による家と家との結びつきを重要視するのは、中央では当たり前の事。
辺境でも、その傾向は強く我が騎士爵家の様な婚姻形態を取る家の方が珍しかった。 そう、周囲近隣の騎士爵家に於いて、我が騎士爵家は『恋愛体質』と云われても居る。
“ 貴族の柵よりも自身の情を優先するという家風 ” なのだと。
まぁ事実、歴代の当主の方々も、御話は色々と有るが、相手の家格よりも自身の『信条』を優先して婚約者を選定していた節がある。 大兄様に至っては、母上が選定した専属侍女の一人に御執心となり、妻にと願ったのだからな。
支配地域の民草たちは噂する。 “ 上級女伯様の事を、ちい兄様が一目見て惚れ込んで、御婚姻をもうしこまれたのだ ” と、市井に真しやかに広がる程なのだ。
上級伯家と騎士爵家の間に、どれ程の隔たりがあるのか理解できないのか? 民草の妄想とは、それ程までに逞しい物なのかと笑った。 そんな、『物語』の様な事が、許される事など、ある訳ないだろうに……