軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

――― 騎士爵家 三男の本懐 ―――

長閑とも云える『行軍』は順調に進み、『滝』に到着する。

ガレ場を登り、『滝』の上段に出る。 此処からは『中層の森』とも言える場所。 延々と敷設した『魔導通信機』の設置場所としては、『魔の森』の最奥に当たる場所と成っている。 『 番小屋(ヒュッテ) 』も、岩塊を繰り抜いた極めて強固な物と成した。 いずれは、此処を拠点として『中層の森』にも分け入って行きたいと思っている。

今までもそうだった様に、魔鳥が何羽か上空を旋回していた。 『索敵魔道具』には中脅威度の赤い輝点が浮かんでいる。 しかし、こちらを攻撃する様な仕草は見せていない。 一羽が北方へ翼を翻し消えて行った。

「美しい場所だな、此処は。 そう、思わんか近衛参謀」

「ハッ! ま、まさしく!」

「何時までも、怖がんじゃねぇよ。 『 黒揃え(・・・) 』が、周囲を固めてんじゃねぇか。 『魔の森』の中で、こいつら程 頼りに成るモンは居ねぇよ」

宰相閣下の軽口に、アイツは何も答えられない。 『浅層の森』の奥まで入り込むと、人知を超える魔獣が徘徊を始める。 当然の事ながら『索敵魔道具』にも、相応の大きさの輝点が映し出されている筈なのだ。 遊撃部隊にとっては日常の光景でも、初めて『魔の森』に踏み入れる者にとっては恐怖でしかない。

その事を踏まえても、宰相閣下の肝の太さには脱帽する。 それに…… 遊撃部隊の『 黒揃え(・・・) 』にまで言及するのか…… 何処まで騎士爵家を調べ上げたのか? 底知れぬ貴種の凄みに、私の方が冷や汗を背にする。 魔物魔獣に対する恐怖とは別物の畏れが心を縛りそうになる。 しかし、此処は勝負どころなのだ。 口調を整え宰相閣下に言葉を紡ぐ。

「この場所は、『魔の森』の中でも屈指の『景勝地』かつ『野営地』と自負しております。 流れ落ちる水に余分な魔力は流され、『中層域』とは思えぬ程に魔力は薄く、更に急流の為『水を飲みに来る魔物魔獣』の姿も少ない。 野営地として、『魔の森』の中としては理想的な立地でも有ります」

「ふむ…… 人の領域の拡大に繋がるか」

「それに付きまして、少々考えを改めております」

「なに?」

「はい。 徒(いたずら) に森を開拓してしまえば、その場所に生息する魔物や魔獣の生息圏を狭める事に成りましょう。 生活圏と云う話ならば、魔物には魔物、魔獣には魔獣の生活圏が御座います。 人が切り取ってしまえば、『森の中』の生態系が崩れる恐れが強くあります。 人の野心とは、簡単に森を焼くモノですから。 そうなれば、森は人に牙を剥く。 森の奥地から強大な魔物が溢れ出す事間違いは無く、また 大魔嘯(魔物大暴走) と成って人の住む領域を犯しましょう。 そうなれば、人の住む領域の縮小と成ります。 広げた部分が引き金に成り、人の領域の衰亡、国ならば『滅亡』すら視野に入ります、 古エスタルの時代より、幾度も起こった歴史的事実でもあります」

「……お前は、戦史だけでは無く、古代史にも精通しているのか? ……いや、帝国で『今』起こっている事を知っているのか?」

「朋が教えてくれました。 ……ほら、あそこに。 朋が来ました」

飛翔系の魔物中では、かなり大きい部類に入る、中型飛翔系 亜龍種の魔物『ワイバーン』。 最初に見た時には、思わず『対空戦闘準備』を命じた程だ。 上空を旋回し、やがて開けた場所に着地する。 派手に土を巻き上げてはいるが此方までは届かない。 『ワイバーン』の着陸の為、少々樹々を伐採して広場を作ったのだ。 前世の記憶で云う、『飛行場』か…… 彼女も、コレには喜んでくれた。

着陸した『ワイバーン』の背から彼女が飛び降りて来た。

「よう! 何の用だい? 前回来た時から未だ、そうは時間が経っていないんだけどさ」

足早にかけて来る、 薄緑色の肌、尖った耳、翻る漆黒の髪、そして髪から覗く『角』を見て、近衛参謀と宰相閣下は絶句した。 流石に、此処までは如何な宰相閣下でも予測はついて居なかった。 相手の『驚愕と云う隙』を突ける 機会(・・) が、私の手に 滑(・) り(・) 込(・) ん(・) で(・) 来(・) た(・) の(・) だ(・) 。

あぁ、勝機は見えた。 見えたのだ。

―――― § ――――

彼女と宰相との会談は、短い時間で終わった。 森の奥地で暮す彼女達は、まだ人が到達できぬ場所で生きている元は同じ『人』だ。 その容姿の違いに、宰相殿は最初 『魔人か?』 と失礼な言葉を吐かれたが、すぐさま古代エスタルの末裔、『エスタリアン』の娘である事を私が説明した。

宰相閣下は、その事を理解した上での話し合いと成った。

長兄様と私がこの事を秘匿した事に、最初は非難の目を向けていた宰相閣下ではあった。 がしかし、 彼女達(エスタリアン) が存在する事が多数の国に ” 知れ渡る ” 危険性について考えが至った後は、私達の判断を理解して下さった。

『エスタリアン』達は、人が『深層の森』へ到達するまでは、人とは深く関わりを持つつもりは無いと、長老会で決まったと私に告げた通りに 彼女は宰相閣下に告げる。 彼等が連綿と受け継ぐ、古代エスタルの『知恵』と『技術』は『とても危険なモノ』だという判断からだ。

彼等は恐れているのだと。

その知恵と技術を放棄しては『深層の森』では暮らす事は叶わない。 しかし、それは紛れも無く世界に『魔の森』を広げてしまった『罪』の証。 よって、未だ彼等自身が『咎人』なのだと『自認』していると云う事だった。

長老達は、『エスタリアン』を越えぬ人々に『知識』と『技術』を広める事は、更に罪を重ねるに等しいと思っているのだ。

『魔の森』の危険性と脅威を知りつつも、最奥たる場所へ到達する『人』が出現し、その『人』と語り合え理解しあえるまで、深く交わる事は危険なのだと云う。 人が『魔の森』を自力で制した時が、古エスタルの人々を越える存在に成るのだと。 その人々に、古エスタルの知恵と技術を渡す事で『贖罪』と成すのだと。 そう長老たちは云っていたと彼女は云う。

個人的な付き合いまでは制限しないが、世界を『魔の森』に沈めた者達の末裔としては、その知識や知恵や技術を、まだ、『深層の森』の 最(・) 奥(・) に(・) 到(・) 達(・) し(・) て(・) い(・) な(・) い(・) 人(・) 々(・) に伝える事は出来ないと。

――― 人が『魔の森』の最奥部に達し、互いに認め合った時がエスタリアンの贖罪が『完成した時』と認識するのだそうだ。

そう我等に伝えてくれた彼女は、現在を起点として考えるならば、そう遠い未来の話では無いと云う。 そして小さな角を覗かせる黒髪を 風に靡かせつつ澄んだ瞳で彼女は言う。

――― だって、もう、始まっているんだもの。

嫣然と微笑む彼女。 そして、その微笑んだ顔を 思慮深い表情で見詰める『 宰相閣下(・・・・) 』。 重く深い声音で気品ある貴種の言葉を用い『王国 国王陛下の名代』として『現状維持を確約する言葉』を紡がれた。 彼女が伝えた『エスタリアン』の長老たちが言葉は、きっと宰相閣下の心に深く感銘を与えたのだろう。

” まだ、時では無い ”

……と。

会談は終了と成る。 彼女は手を振りつつ、またワイバーンに騎乗し北の空に消えていった。 彼女の消えた北の空を見つつ、宰相閣下は暫し沈黙を守られている。 アイツは現状の認識に混乱しているらしい。 突然の事で、理解が付いて行かないのだろう事は、容易く想像が出来る。 まぁ、アレを視ればそうなるか。

しかし、肝がひたすらに太い宰相閣下は違った。 遠く澄んだ北の空を見つつ、腕を組んで思考に耽っておられた。 貴顕の考えを伺い知る事は出来ない。 しかし、私と兄上が持っていた『秘密』に、この国の政治の最高責任者を巻き込んだのは間違いが無い所と信じたい。

宰相閣下の『王国 国王陛下の名代』として『現状維持を確約する言葉』を引き出せた事で、私は賭けに勝ったのだ。 もう、後戻りはできない。 宰相閣下の『誓約』にも等しい言葉は、 過(あやま) たず『エスタリアン』の長老達にも伝えられるであろうしな。

『エスタリアン』である彼女の告げた言葉を心内で反芻し、理解し、決断を下した宰相閣下は静かに北の空を見遣りながら、私に対し言葉を紡ぐ。

「見事な『理由』だ。 ” もう、始まっている ” か。 確かに貴様を辺境の地から…… 騎士爵家の支配領域から離せない『十分 且つ、 世(・) 界(・) の(・) 為(・) に(・) 重(・) 要(・) な』理由だな。 判った。 貴様の王宮への招聘は見送る。 ………その為に 準(・) 備(・) し(・) て(・) い(・) た(・) ” 騎士爵家 三男 ” の 今戦役に於ける『 戦(・) 功(・) の(・) 記(・) 録(・) 』も、抹消する事になるぞ。 アレを秘匿するならば、その原因も秘匿せねば成らない。 秘匿すれば………… 『 真(・) な(・) る(・) 功(・) 』に対する『 叙勲(栄誉の記録) 』も 出来なく成るが 貴様(・・) は それでも良いのか?」

目を広大で深い『魔の森』へと向け、私は静かに言葉を紡ぐ。

「私は、自身の為すべき事を成しただけです。 外部からの評論評価など必要ないのです。 私の行動の目的は、『家族』、『地域』、『御領』、そして『国』の安寧。 辺境騎士爵家の遊撃部隊の指揮官に過分な『栄誉』など要らぬのです。 『未来への礎』。 それが、わたくしの望みなのです」

――― と。

『名』を後世に残すよりも、確実たる『未来への光』を欲すると。 そう宰相閣下に言い切った。

――― ☆ ―――― ☆ ――――

コレが、前世に於いて、何も成せなかった老人が見つけた……

『 こ(・) の(・) 世(・) 界(・) に(・) 生(・) ま(・) れ(・) 直(・) し(・) た(・) 、(・) 真(・) の(・) 理(・) 由(・) 』

―― なのであろう。

何を考え、何を成すかは、全ては自分の『心の発露』からだと気が付いた。 全てを諦め、全てを投擲し、ただ漫然と生きたモノが、『家族愛』を知り、『慈悲』を知り、『怒り』を知り、『哀悼』を知り…… 知った上で、” こ(・) の(・) 世(・) 界(・) の(・) 未(・) 来(・) ” を、強く求めるに至ったのだ。

それこそが、この世界の辺境の地に『生まれ』直した……

『 騎(・) 士(・) 爵(・) 家(・) 三(・) 男(・) の(・) 本(・) 懐(・) 』 なのだ。

第一部 fin.

© 龍槍 椀

Web版 2024年 12月 吉日