軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ささやかな、しかし、真摯な望み

「……まぁな。 王都で禁書庫にて見た。 有用な術式なのに、使い手が限られているために、有効に使えないとあった。 いや、様々な思惑によりその使用が制限されていると云っても過言ではない。 この北部辺境に於いて、その様な贅沢は許される筈も無いがな。 幸いにして、我が隊には幾人か『使い手』が居る。 その中の一人が君だ。そう確信していた」

「有難い事で。 神様より頂きました恩寵である『技巧』。 神様に求められ、身に付けた、私の技巧をお使いください。我が矜持に掛けて、喩え辺境を斟酌する意図を持った敵であっても…… この世界の理に於いて、私は救いの手を差し伸べましょうぞ」

「貴様の言葉、嬉しく思う。その覚悟は、何より辺境の漢としての在り方だと思うぞ。 宜しく頼む」

「任されました」

衛生兵班長は彼自身が持つ『技巧』と教会での研鑽で獲得した『神の権能』を用い、精緻で巨大な【鎮魂祈祷】の精霊術式を編み上げてくれた。 神官の祈りと、神の慈愛を映し出した、美しい術式だった。 魔法学院の禁書庫で見つけた術式の何倍も複雑で、何倍も精緻で、何倍も崇高な術式だった。

これを起動させるのには、莫大な魔力が必要となり、その上練り込まれ制御された魔力が必要なのは、一目瞭然でも有る。 勿論、綴った本人が魔力を満たす事が望ましいのだが、これだけの術式を綴るとなると、衛生兵班長の負担は測り知れない。

詰まる処、誰かがその肩代わりをしなくてはならないと云う事だ。 これだけの魔法術式を魔力で満たすのならば…… 内包魔力に余裕のある者でないと無理なのだからな。 伯爵級の魔力保持者である私ならば造作もない。 ただし、彼の魔力に重畳させねばならないぶん必要とされる魔力は、幾分増大する。

紡ぐ起動魔法陣。 簡単にはいかぬ事は判り切っているが、衛生班長の渾身の魔法術式は何としても発動させたかった。 故に、私の魔力操作は微細に精緻に成らざるを得ない。

「射手長、周辺からの脅威を排除してくれ。 私は此れから暫くは動けない」

「承知」

短い願いは、彼女をして至上の命令となる。 油断なく視線を周辺に配る彼女の傍らで、私は起動魔法陣の準備に取り掛かる。 紡ぎ出した魔法陣から細く魔力の流れが始まり、編まれた【鎮魂祈祷】の魔導術式に私の練った魔力が満たされ始める。

術式に発光する緑の魔力が流れ込み、【鎮魂祈祷】の術式全体に充填されて行く。 さながら、砂の上に描いた絵の上に、水を流し絵を完成さるが如く。 流し過ぎれば、溢れ出し、満たなければ完成しない。 ゆっくりと、圧を駆けつつ押し込んでいく。

暫しの時が流れ、ようやく時が満ちる。

術式全体に魔力が流れ込み、淡く緑に発光する魔導術式。 後は、起動魔法陣の発動術式を口にするだけだった。

「この地に倒れし異国の戦士よ。 貴殿の御魂に安らぎあらん事を。 神にその魂を委ね、廻る輪廻の流れに乗り、次なる人生に歩んでゆかん事を祈願する。 発動、【鎮魂祈祷】 衛生兵班長、祝詞言上を」

「承知」

朗々とした、衛生兵班長の祝詞が寒空の雪道に広がる。 埋葬したが墓とは云えぬ塚に、ゆっくりと【鎮魂祈祷】の魔法術式が下りて行った。慟哭が聞こえた様な気がした。 何を悲しんでいるのか。 何を恐れていたのか。 そして、恨みの対象が私に流れ込んで来る。 そうだな、使った魔力の大半が、私のモノだから繋がるのも無理はない。

寂しく、哀しく、悲哀に満ちた慟哭が、私の中に一杯に成る。溢れんばかりの怒りと悲しみに胸が張り裂けそうだった。だから、私は私自身の身を両腕で抱く。 もう、全ては終わったのだと、そう呟きつつ、既にいなくなってしまった者達の魂を慰撫し、鎮魂の祝詞を口にする。 敵対はしていたとしても、それは国と国。 個人的な恨みなど、現時点では無いのだ。 侵略を仕掛けて来たとしても、それは途中で潰えてしまったのだ。 私が抱く恨みなど無い。 だから、純粋に彼等の鎮魂を祈る事が出来た。

幸いであったと……

彼等の為人を知らなかった事は、幸いだったのだ。 兵として優秀ならば、王国に乱入して来たならば、最初に相対するは我が生家の支配領域。民を殺し、財を奪い、女を犯し、男達を血祭りにあげる予定だった者達。 だが、それは未遂に終わる。 私の姦計が、彼等の野望を打ち壊したのだからな。

恨むならば、私を恨め。

いや、あの戦争を企画し実行に移した自国の帝国の王族を恨め。 しかし、時は過ぎ去ったのだ。 もう、貴様等を苛む者は無い。 空蝉(肉体) を失い、魂だけの存在となった貴様等が『この世界』に留まる事は 理(ことわり) に反する。 この世界に害悪を撒き散らす前に、永遠の輪の中に入り、次なる人生を歩む事を私は希求する。 神が、貴様等を許す事を祈祷する。 暴虐を企画した者達の魂は救われない。が、貴様等は手足となっただけなのだ。 もう義務も責務も存在しない。 自身の死を以て償ったのだから。

寒気が襲うが、それも耐える。 彼等の怒りと慟哭は徐々に消え去り、安寧の大河の中に還っていく。 そう、彼等は逝ったのだ。 肉体だけでは無く、魂もまた行くべき場所に。 前世の言葉を借りるとするならば成仏したと。 多くの体内魔力を消費したのだろう事は明らかであった。 塚から光の粒が浮き上がり、やがて光柱となって天空に掛け昇って行った。

ふむ…… 鎮魂とは、こういう現象を引き起こすのか。 それに、漂う鬼気もまた、光柱に吸い寄せられるように同様に天空へと舞い上がって行く。 周囲に漂う鬼気を孕んだ魂の核もまた…… 慰撫を求めていたのか……

この世界の理不尽を最も被った者達の魂が、輪廻の輪の中に戻っていく。 強く願うは、来世に於いて理不尽が降り注がぬ様にと。 膝を落とし両手を組み、伏し願う。 【鎮魂祈祷】の魔法術式は暫しこの場に留められるように、手持ちの『 蓄魔池(バッテリー) 』の中でも一番容量の大きい「侯爵級」のモノを接続していくことにした。

願わくば、他の埋葬地点に生まれた残留思念もまた、この術式により、大いなる輪廻の流れの中に戻る事を。 楽観的観測に他ならないが、理不尽に甚振られた者達の鎮魂は、我等『生き残った者』の責務となると考えるのだ。

この世界に生きとし生ける者は、精一杯を生き、そして大いなる輪廻の流れに還り、いずれこの世界に新たな命として誕生するのだと、考える。この世界に墜とされた私なら、そう考える事に何ら不思議では無いのだ。 なぜならば……

わたしは…… 私の魂はこの世界に従属するモノでは無いのだから。

愛しい人と同じ大いなる輪廻の流れに乗る事は出来るのだろうか? 精一杯に生き、そして、私の本懐を果たした後…… せめて、罪を償ったと、そう判断して貰えるのならば…… 贖罪の果てに、この世界の輪廻の流れに乗せて頂きたいものだ。 爺にも、既に失われた仲間達にも、会いたく思う。 何より、愛しい人と同じ流れに乗りたいと、切望するに至ったのだ。 無為に生きた私が此処までこの世界に執着するのは、どうかとも思うのだが……

溢れる『愛する』と云う思いは、もう誰にも止められない。 心内で、天空を仰ぎ見て、誓約を魂に刻む。 いと尊き、上位なる存在たる神に言上げをした。 してしまった。 この惨憺たる光景を目の当たりにし、大いなる輪廻の流れに誘われる魂の存在を感じ、深い嫉妬心を覚えつつ……

“神よ…… 私をこの世界に投げ入れた神よ。 贖罪の果てに許しを得られるのならば、我が人生の旅路の果て、この世界の大いなる輪廻の流れの中に入れて欲しい。 我が本懐に一片の悔いなし。 ただ、全うせしむ時、私をこの世界の一部と…… ただそれだけを伏し願わん”