軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

眠りの効能

朋は、腹が減って仕方ないと云う様に、両手にカトラリーを持ち、食事が出てくるのを今や遅しと待っている姿を晒している。 ワクワクとした表情は、まるで子供だ。 彼女は、苦笑を浮かべつつ、厨房に入っていく。 そちらの方を見たり、ソワソワと落ち着かない。 彼女が料理が乗ったワゴンを押して、食堂に入って来るまでそれは続いていた。 その間に私達も席に付く。

「貴様は子共か?」

「何を云う。 暖かく美味い飯は心の栄養ともなるのだ。 専門の料理人が技術の粋を凝らした晩餐も、悪くはない。 私に敬意を示してくれているのは理解しているが、愛情と云うスパイスが、ふんだんに入った手料理を食する機会など、今の立場では無きに等しいのだよ。 お相伴と判ってはいても、この香は捨てがたい。 一緒させて貰う」

「貴様は…… 本当に欲望に忠実だな」

「それが私だ。 貴様も知って居るだろう。 嫌なモノは嫌だし、好きなモノや、心温まる物は好きでもある。 好きなモノを逃し、後で後悔するくらいなら、私は空気なんぞ読まぬよ」

「確かに…… 確かにそれが我が朋だったな。 さて、料理も来たな。 愛しき妻よ、食卓を共にしよう」

ワゴンを押していた彼女は戸惑いの表情を浮かべる。そんな彼女に対し、朋は砕け切った言葉を綴る。 さも、当然の事、当たり前の事だと云う様に、言葉を紡ぐ。

「こいつは私の事を父上と呼ぶ立場となった。 そして、君は我が子の妻でもある。ならば、席を同じくして何がおかしい。 さぁ、席に座り、カトラリーを取れ。 おい、三十六席、お前は何で居る?」

「いや、此処で空気など読めませんな。 ご相伴に預かります。 末代まで語り草となる晩餐だ。 参加せずにはいられませんな」

「図々しい野郎だな。 我が義娘よ、すまない。 不躾な我が部下の愚行を許してくれたまえ」

「……お、仰せのままに」

「さぁ、始めよう。 とっておきのワインも持ってきた。 色々と忌憚のない意見交換と行こうじゃないか!」

転んでも只では起きない『天才』は、晩餐の席でも、目下の課題を話し合うつもりらしい。 方向性なり、目標など擦り合わせておきたいと思っているのか。 こちらとしても、まだ、そんなモノは決められていないと云うのにな。 まぁ、気の抜けた雑談から着想を得る事もあると、騎士爵家の街から領都に引っ越して来た魔道具商の友の言葉を思い出した。 そんな事も有るだろう。 美味く、心温まる食事と共にする雑談は、これまた心楽しきものだからな。

楽しき晩餐は、有意義な意見交換の場所ともなった。 魔法に詳しくない彼女では有るが、第一線の射手長と云う事もあり、朋は彼の地の現実を 具(つぶさ) に聴取していた。 三十六席も、彼女の雑感に耳を傾け、何か使える古代魔導術式がないか考えているようでもあった。

私も『探索行』当事者である。

有能な部下の雑感は、私にとっても有用なモノだ。 そして、幾つかの鍵となるべき言葉が、朋や我が佳き人、三十六席の口から漏れてくる。 そう、私の脳裏で幾つかの情報や技術が組み合わさり、ボンヤリと形を成し始めた。

「それ程に濃いのか、彼の地の空間魔力量は」

「はい。裸眼で見た方が、良く見える程に。 兜(メティア) の魔道具越しに見える視界は紅く染まります。 輝点がかなり見え辛くなります上、視界が赤く閉ざされます」

「下着も…… それでは、目詰まりを起こすな…… 濾し取れる前に、魔法膜を潰して行く。 長期間の探索行では不具合が出るな。 途中で着かえる…… 訳には行かんか。 下着のまま、流水に入って…… も無理か…… あの場所ではな」

「はい。それは自明の理。 彼の地で安地を求めるのは、かなり難しいです。 こちら側の隧道端の場所は、本当に希少な場所と思われます。 そして、あの場所までは、それ程負担にはならない。 その先の探索行では、危険度は飛躍的に上がる可能性を考えると…… 下着の改良は必要だと思います」

「……だろうな。 三十六席、なにか思案はあるか?」

「今の所は…… 考えが至りませんな」

「そうか…… まぁ、なにか考えねばな。 朋はどうだ?」

「朧気にはな。 まだ固まらない」

ふぅ と溜息を吐く朋。 一筋縄では解けぬ課題だ。 食事も終わり、朋はワインを抜栓する。 今日は、これ以上の研究室に籠る事はしないと云う意思表示でも有る。 四人でグラスを傾け、中層域 中域の話題で盛り上がる。 如何に美しい自然が残る場所か、雄大な風景は王国内では見られぬ物である事を、私と我が佳き人が口にする。朋は自身の目で見たいと切望するが、そこは立場のある北部辺境伯。おいそれと森に入る事、いわんや中層域に足を踏み入れる事など、許される訳も無く…… 非常に悔しがっていた。

現地、現場主義な朋ならば、与えられた課題に対し、自身の目で見て、耳で聴いて、肌で感じたいと、そう思うのも無理はないが、立場上それは許されない。その悔しさはよくわかる。 故に、朋にのみ見せると云う事で、彼の地の様子を刻み込んだ記録魔石を投げ渡した。

「体感は出来ないが、風景と音は供する事が出来る。 今は、此れで勘弁してくれ。 私が探索行の証左として提出した物の中で、風景や情景だけを映し込んだものだ。 正規の報告書には添付していない。 その意味も無かったからな。 存分に味わってくれ」

「そんな良いものが有ったなら、最初から渡せ。 まったく、お前と云う奴は……」

「彼の地の風景など、お偉方の興味の範囲外だからな。 貴様ならば興味を示すだろうと、別に用意していた」

「有難いやら、悔しいやら。 まぁ、楽しませて貰うとする。 さぁ、夜も更けて来た。 せっかく用意してくれた浴槽だ。 身を清め、眠るとしようか」

朋の言葉に我等も立ち上がる。 眠りは、頭を休める事にも繋がる。常に過剰に酷使していると、その内…… 焼き切れる。 研究者として、それは大変マズいのだ。 今回『砦』に我が佳き人を伴って来たのは、本当に良かったと思う。 私の心の平穏は、彼女の存在に依って守られているのだから。

その夜は疲れも有って、ぐっすりと眠り…… 明け方、夢を見た。

天啓にも似た、中層の森を歩く我等の情景を夢に見たのだ。 元気に溌剌と、なにも苦にならぬ様に…… 探索行に勤しむ我等。 我等が着用している『装具』に目を凝らし、其処から着想を得た。 なんだ、簡単な事じゃないか。 翌朝目覚めと共に、私の頭の中の朧げな回答は、明確なイメージを持った『魔道具』に落とし込まれていた。

眠りと云うのは、雑多な思考を組み立て直すには必要な事なのかもしれない。

我が佳き人が朝食を作り、それを二人で楽しみながら食した後、黒茶を喫する。ゆったりとした時間を二人で過ごす。 これも又、善き事なのだ。 私の中で、前世の私が現世の私と統合されて行く感覚がする。 人と関わる事を極端に廃した自分はもういない。 前世で蓄えた知識と知恵は、この世界に於いて形を変えて私の行く道を切開く手段となった。 前世の罪は、現世の行いにより贖罪の機会を得て、それを掴み取っているのだ。

そう確信に至る。

何故なら、前世の記憶が問題に対し、幾許かの指針を与えてくれたのだ。 妻を得て、初めて知る人としての幸せ。 隣に座り、同じモノを食し、同じモノを飲み、同じ問題に対し真正面から意見を交換できる幸せ。

人が人として自立し、二人以上の人が存在する場所に於いて成立する『社会』と云う、人間関係が破綻も無く、憎悪も無く、侮りや蔑みも無く、愛情を交わす、この幸福な時間は何物にも代えがたい。 故に私はこの時を大切にしたいと思う。

私に連なる者達全てが豊かで充実した時を持ち得る未来を引き寄せたく思う。

探索行の目的でもあり、

――― 私の『本懐』でも有るのだ。