軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

距離感の問題。

喫する茶を一旦置き、屈託のない笑顔を浮かべる朋を前に私は言葉を紡ぐ。 彼の平穏も、この何も無かった北部辺境域、北部辺境伯家が安寧であってこそ。 故に、朋のこれからを問うた。 王領太夫たる北部辺境伯が、何時までも仮住まいとも云える『砦』に居座るつもりなのかと。

「こっちには 何時(いつ) 、腰を落ち着ける積りだ?」

「領都の邸に付いては…… まぁ、その内な。 魔物魔獣からの脅威が抑えられる事が一番なのだから、領主の館など、どうだっていいのだよ。 それにな、領都として機能するならば官舎の方を充実させねば、それこそ本末転倒でもある。この厳しき地に暮らそうと、気概を持ってやって来てくれた者達を守護する事は、我が身の誉れでも有るのだ。 ならば、自身の事は二の次と成るのは自明であろう?」

「そうはいっても、貴族、それも侯爵家と並ぶ辺境伯家の当主として、何時までも仮住まいではいけない。 貴族の体面と云うものがあるだろう?」

「ふん。 そんなもの、魔猪にでも喰らわせてやれ。 それに、私には砦が有るのだ。一介の魔術師としてあれ程の設備を誇る研究室を持っている者など王都には居らぬよ。色々と研究開発をさせて貰っている。 貴様、私の事を魔術馬鹿と云ったな。 あれは正鵠を射ているかもしれない。北部辺境伯として最低限の仕事しかして居らぬからなッ! ハッハッハッ! それに、宰相閣下が付けて下さった官僚団は、 とても優秀(・・・・・) だ。政務官として私に帯同しこの僻地に遣って来た者達だ、彼等の活動こそが北部辺境伯家の中心となる。ならば、邪魔することは無いし、報いてやらねばならない。 官舎を充実させ、万全の状態で仕事をして貰うのが私の役目でも有る。 まぁ、その上で指針となる決断を下し、責任を取るのが、今の私だ」

「貴族としてよりも、この地に住まう者達の守護を担うのか」

「あぁ、北部筆頭騎士爵家が矜持を見習った迄だ。 王都のやり方を此方に持ってきたとしても、上手く機能しない。この土地に根差した家を見習うのが吉というもの。 そうでは無いか、朋よ」

「まぁ…… そう云って貰えれば、私も嬉しい。 郷土を愛する気概を持つのは、この倖薄き地では難しいのでな」

「これからは、そんな者達が増えていく。 この地に古くから根付いた者達と、新しく来た住人。 古き酒樽に新しき酒を注ぎこみ、熟成させ、良き酒を醸すのだ。善き葡萄酒や火酒がごとく、味わい深い物と成るだろう。私はそう期待する」

「政務官たちにも?」

「あぁ、そう言った。 皆、顔を強張らせ、なにか堅いモノを飲み込んだような表情となってはいたが、私の想いは伝わったようだ。いや伝えた。 それが分からん馬鹿者は、この辺境に暮らす資格は無いのだからな」

「そうか…… その気概を持ち、貴族の体面を放り出す根源的な思いが其処なのだな。 ……ならば、良い」

朋の目に深い色が浮かび上がる。何かを思案している時の目の色だ。領の政務に関してか?それとも王宮魔導院民生局の魔導士としての悩みか? なにか、言い出しづらそうな雰囲気から、個人的な事柄か? まぁ、いい。 口火を切るのは朋の方なのだ。こちらから踏み込む事は、彼の矜持を傷つけるかも知れない。 ゆったりと茶を喫して、彼の言葉を待つ。 思いがけない言葉が朋の口から飛び出した。

「……ところで、 妻女(射手) 殿とは上手くやっているのか? 砦で仄聞するに、貴様等の間には甘い雰囲気は皆無だと聞くが?」

「えっ? あ、あぁ…… まぁ、上手く…… 遣っていると思うのだが、どうだろう。 分からんのだ」

「任務を離れ、私的な空間に居る時ならば、甘やかし、甘えるのも良い。 私はな、早く貴様の子をこの手で抱きたいのだ。 私が『爺』だと、言ってやりたい」

「それは……」

朋の言葉に少々、異論をはさみたい。 見た目だけで云えば、『 御姉様(おねいさま) 』…… とも言えないだろうか? 子を成すのは、貴種の義務とは言え、中々にその様な雰囲気になる事が出来ないのが目下の悩みの一つでも有る。 ニヤリと笑う朋。 何時もの如く、何処からともなく取り出した、一本の酒瓶。 それを私の手に押し付けて来る。

「まぁ、なんだ。 これでも飲んで、一緒に語らえ。 話題は何でもいい。 『魔の森』の事以外でな。 お前の言葉を借りるならば、お前は『魔の森』馬鹿だ。 民に安寧を齎すのだと云う貴様の本懐は理解している。 が、集中しすぎて周囲に気を配る事すら忘れているぞ。 ダメだぞ、それではダメだ。 民草は勿論の事、貴様自身の安寧も視野に入れねば、貴様の本懐は果たされない。 ……心の許すままに妻女殿を愛してやれ。貴様の最愛は『その愛』に、きっと応えてくれるだろうからな」

「私より、妻の心情を分かっているようだな」

「あぁ、なにせ私は……」

「「天才だからな」」

声を合わせ、朋の口癖を言葉に乗せる。 そうか…… それも…… そうだな。 心の許すままに、と云うのが難しい所なのだがな。朋より頂いた酒瓶の エチケット(ラベル) は、王都での出来事を思い出させる一本だった。あの屋根裏部屋が如き場所から参加した謝恩会を思い出す。 その場所から抜け出した時に、裏方で手にした物と同じ醸造所のワインであった。 きっと高価なモノだろうとは予測は付いた。 辺境では滅多にお目に掛れない代物と云う事だ。 なかなか進展しない夫婦関係にしびれを切らしたともいえるだろう。有難く頂戴する。

朋にヤキモキと気を揉ませていると、理解はした。 だが、私達夫婦の歩みは私達夫婦で決めて行きたい。兄上である現騎士爵もそれでよいと、そう云って下さった。『情動』と『愛情』は別であると、有難い御言葉も戴いている。 『愛する』と云う事は難しいと思う。 大切にしたい、内懐に入れ、囲って、周囲の害悪から隔絶した場所に押し込めたい。 愛する人をどの様な暴虐からも護り抜きたい…… 等と、考える私も居る。

――― 大切だからこそ、傷付けたく無いのだ。

その身も心も。 今は、何が正解か全くわからない上に、手探り状態とも云える。 前世を含め、膨大な人生を歩んではいるが、この手の事柄に関しては、全くと言っていい程、経験はない。だから我が佳き人から送られる視線の意味が何か…… それすら判らぬ事があるのだ。 部下をして『朴念仁』との評価。 自身でも自覚している通りの『木偶の棒』。周囲の助けが無くては何も成せない、そんな矮小な自分自身が、時折嫌になる程だった。

そんな時にも彼女は只静かに側に居てくれる。 ただ、私が其処にそんざいすることが、尊いのだと全身でその意を表してくれている。 影に廻り、私を護って居てくれる。 有能な兵であり、練達の狩人でも有り、強固な護衛官でもある、我が佳き人。 それが故に、常に一歩引いた態度で私に接しているのだ。

要は、似たもの夫婦と云う事か。 人としての『有能さ』に付いては、軍配は彼女に上がる。 私は周囲の者達が手助けしてくれねば、何も成せないのだからな。 しかし、彼女と私は…… よく似ている部分も有るのだ。 節度を守り、心内を容易には明かさず、ただ互いの心地よさを求めてしまう。 こと、男女関係に於いて、引っ込み思案の私達は、今一つ……

――― 距離感が掴めていないのは否めないのだ。