作品タイトル不明
――― 疲れ果てた漢の自問 ―――
朋は才能豊かな漢だが、王領太夫としての仕事、王宮魔導院の魔導士としての仕事、更には北部王国軍の名目上の最高指揮官と云う立場すら与えられている為に、とにかく時間が無い。
軍の最高指揮官は、国王陛下である。
北部辺境域は王都より遠く離れている。 よって、その様な地の王国軍は、国王陛下の藩屏たる高位貴族が、その名代として立たねば成らなかった。 実際は名誉職ではある。 だが、北辺は違った。 実際に、北部王国軍 総指揮官殿と連携せねば建軍など出来よう筈も無い。
筆頭政務官は、朋が成した国王陛下への奏上が原因だと云う。
朋が所属する王宮魔導院での役職が、一局を以て奉じる部署となった事からも理解できる。 宰相府でも『朋の仕事』が多岐に渡ると云う点は見逃さなかった。 北部辺境伯として、政務、軍務を司り、更には王宮魔導院 第五席であり、民生局筆頭魔導士 にして、分局局長と云う立場を彼は得たのだ。 少々どころでは無い責務と責任を彼は負っていたのだ。 余りにも多大な責務を『宰相府』も国王陛下も認識されておられた。 よって、宰相府の若き英俊達が朋に付けられたのだと知った。 北部辺境伯家の『政務官』として。
――― 知らせは 宰相補(・・・) からの密書から。
北部辺境伯として、状況を逐一宰相府に報告しているのだから、宰相府は朋の重圧や仕事量を把握している。 宰相補はそんな朋の生活を危惧しても居た。 密書には、朋が私を辺境の地から引き抜かれぬようにと配された人物であると綴られている。 王都の思惑を撥ね退けられるように、強固な『人の壁』として立ちはだかる様にと宰相閣下、及び、国王陛下が特にと思召されたと、そう綴られていた。
故に…… 朋の双肩にかかる重圧は想像を絶するモノがあるのだと。
宰相補の密書に 認(したた) められた『真摯な言葉』の連なりが、私の心に沁み込んで行く。 そう、朋の才は王都貴族中でも最上位に当たる方々に、『 出来る(・・・) 青年貴族』だと認識されており、その能力が故に、この難しい任務を与えられたのだと知る。 流石は朋だ。 王宮魔導院筆頭たる魔導卿家の漢だと、そう確信に至る。
少々解せないのが、それの理由が『私』だと云う事だ。
『魔の森』の真実と世界の理を得る為の探索は『密命』ではあるが、辺境の安寧を考えると私の本来の目的でも有る。 いや、『本懐』と云っても良い。 騎士爵家の三男として生まれ、前世の無意味な『生』を償う為に生まれ直した意義を私は其処に見つけていた。 たかだか北辺の騎士爵家が三男。 中央の貴種貴顕からの興味を引くような立場では無い筈なのだが……
朋は嗤う。 私の認識不足だと。 宰相補も密書内で綴る。 自身の価値を低く見過ぎていると。
そうは、思えないのだが。
日々の任務と、兵の生残性を高める為の研究、北部王国軍の『作戦参謀』としての役割。 もう、私は、一杯一杯なのだ。 協力してくれる者は多数いる。 軍務に関する悩みを相談できる、優秀な人材も存在する。 英俊たちは集まり始めた。
民生局の三十六席、そして、二十五席の二人の王宮魔導院の二人の魔導士は、朋の指示の元、魔道具開発や装具装備開発に尽力してくれても居る。 探索行に必要な魔道具の整備が完了したのは、彼等の協力が有ってこそなのだ。 誠、有難いと真摯に感謝を伝えたい。
が…… 振り返って、我が身を見れば……。
日々の仕事に追われ、考える事は果てる事は無い。 寄せては返す海辺の波のように、このままで良いのかと云う不安が湧きあがり、繰り返し、繰り返し自問自答しているのだ。 勿論、『充実感』を感じてはいる。 この倖薄き辺境の地に於いて、弱き人々を護り安寧を齎している実感は有るのだ。 少しずつ、少しずつ体制は作り上げられつつある。 一歩、一歩と前進している実感も有るのだ。
しかし…… 疲れても居た。 ただただ疲れていた。
人は一人では生きてはいけない。 私もまた然り。 有能で才豊かな者達の間で、私は自身の矮小さを自覚している。 前世に於いて、私は何も成せなかった。 状況に流され、孤独に暮らし、人との関りを厭うた、愚にも付かない老人だった記憶が私を苛むのだ。 所詮は『生かされて』いるだけなのだ。喉が詰まる様な憔悴感。
どんなに仕事を 熟(こな) しても、自身では何もできない無力感。 突き進んだとしても、その先には昏き闇しかないと云う絶望感、徒労感…… 負の感情がついに極限に達し、やりきれない思いに…… 書類仕事の手が止まった。
――――
その日は、月無い闇夜だった。
陰気が極まる新月。 夜風が頬に当たり、陰気が体温を下げる。 負の感情に焼かれた私の頭を冷やす為にはちょうど良い。 久方ぶりに監視塔に登る。 足音も無く、周り階段を上り最上部の監視台に到達する。 北方に闇に沈んだ『魔の森』が広がっていた。 天空には晴れ渡り、月影が無くても妙に明るく感じる。 星々が満天に煌めき、薄く靄の様な幅広の筋が掛かる様子は、心を落ち着かせてくれた。
備え付けの椅子に腰を下ろし、腰壁に足を掛け、両手を頭の後ろに組んでボンヤリと夜空を見ていた。
チラリと【隠形】の気配がする。あぁ、護衛の兵なのか。 ふむ…… 柔らかな魔力の流れを感じる。 この感じ…… 今日の護衛は彼女か。
これ程の『内向発現型の魔法』が行使できるようになったのだなと、感慨深い物も感じられた。
私の護衛は基本、『探索隊』の者達が輪番で当たる事になっている。 選び抜かれた彼等は、一騎当千の強者なのだから、それも又…… 当然の配置となる。 副官が選び抜いた、最優秀の者達で固められている『探索隊』所属の兵。 私には過ぎたる者達なのだと…… その思いが胸を焼く。 虚ろに天空を見上げつつ、そう云えばと、思いを深くする。
――― 【隠形】は個人の魔術的能力の資質に多くを依存する。
訓練に訓練を重ね、実際に実地で魔法を行使し、感覚を研ぎ澄ませる必要がある。 過酷な環境下での鍛練は、更にその感覚を増加させ、自ずと魔法の精度や持続力を伸ばして行く。 体外に現出する、一般的に云われる『魔法』とは違い、自身に行使する魔法は、なにも貴族階級に特化していない。王都の民は知らぬ事実だが、民草も行使可能な『魔法』なのだ。
【隠遁】、【隠形】、【身体強化】、【遠見】、【聴き耳】、【匂感】、【味覚強化】…… 自身に対し行使する魔法は、密接に『技巧』に依存しているとも云える。神より頂きし『技巧』には、必要な感覚を研ぎ澄ませる役割も有しているのだ。
個人の資質に多く頼る所が有り、発現する魔法も人により異なる。 鍛練に鍛練を重ねる事。 それだけが、この能力を獲得する近道なのだ。 また、魔導士の行使する『魔法』とは異なり、その効果もある意味『限定的』となる。 民草の内包魔力では、長時間の行使も叶わず、魔法の『法理』、『術理』も、学ぶ機会が無い為か、発現し行使する事も、感覚に頼る所が大きいのだ。 と云うよりも、民草は自身が魔法を行使しているとは思っていない。 『技巧』の一部としか認識していないのだ。
『狩人』の技巧を授けられた者が、【遠見】、【隠形】が発現し、実際の仕事場で使い続ける事で、洗練されて行く。
『農夫』の技巧を授けられた者が、【身体強化】、【匂感】が発現し、毎日大地に向き合う事により、洗練されて行く。
『料理人』の技巧を授けられた者が、【味覚強化】が発現し、その腕前を披露する事で、洗練されて行く。
――― 我々、兵士はどうか。
『魔の森』の中で、魔物魔獣を屠り、威圧し、自身が生還する為に、必要と思われる『魔法』が発現し、その感覚が作戦に従事して行くに従い、研ぎ澄まされ洗練されて行く。 訓練所の座学で、基礎的な魔法の『法理』『術理』を学ぶ。 僅少とも云える、体内魔力を練る事も覚えて貰う。
各人が固有の魔法を会得するのは、事、北辺の騎士爵家が雇った兵にとっては『常識』でも有るのだ。 得た魔法は、彼等の生残性を高める事に役立つ。 『生き残る』と云う命題を、突きつけられた個人が得る、『最初の答え』であり、『最後の拠り所』でも有る。
個人の資質に強く影響を受ける、内向発現型の魔法。
魔導を良く知る者は、故にその揺らぎから個人を特定できる。 まさに今の私がそうなのだ。 この柔らかく、心地よい魔力の揺らぎ。 強い想いが心に浮かび上がる。 何も出来ない、無能な私は誰かに縋りつきたくなる時が有るのだ。
無知蒙昧で無意味に生きた老人としての生が、思い起こされる。 この世界は私にとって罪を償う為の世界。 他者を貴び、自身が成さねば成らぬ役割を全うする事を求められていると云っても良いと思う。 そこに慈悲は無い。 責務と責任。 岐路における、決断と行動。
連続する、取捨選択が私に課せられたモノだと、そう認識している。
疲れ果てた私にとって、柔らかく甘やかな魔力の流れは、実に魅惑的だった。 何もかも投げ出して、縋り付きたくなりもする。 そして、認識する。 試されているのだと。 コレは神の慈悲か、羅刹の誘惑か…… 誰かが仕込んだ、悪戯という可能性もある。 だが…… 心が疲れ果てた私には、背後の事情など考慮に入れる事すら出来ない。
…………やってられるか! 知った事か!
その思いが強く強く、湧きあがって来るのだ。
自身の『愚かさ』と、『無力さ』と、” 木偶の坊であると云う事実 ” を突き付けられた今、存在をこの夜空に『霧散』したくもなる。 自身の存在の消滅すら願うとはな。 何の為の遣り直しなのか…… 自問自答しても、答えは出てこなかった。
自身の心が、『自虐』と『無責任』に傾いていた事を理解し……
そして…… 恥ずかしくなってしまう。
只の凡人が、重き責務を背負った故の……
無様を晒しているのだと、認識した。