作品タイトル不明
――― 偏見と呼べぬ事実 ―――
さて、建軍と云う事で、本題に移りたいとは思ったが、既に時は夜半を超えている。 お疲れでも有ろうことから、朋が使用していた『砦』の貴賓室とその従属部屋を解放する。 軍務で鍛えられたとはいえ、高位の指揮官職の方々なのだ。 対貴人用の御部屋で休まれる方が良いに決まっている。 副官に命じ、準備を進める。
「色々と制度や組織を決めねば成りませんが、現状の組織と任務状況についてはお調べになっていると思います。 相違が有るといけませんので、此方でも詳細を一覧に纏め明日の朝お持ち致します。 参謀職の方々に於いても、十分に吟味して頂きたく存じます」
「そうだな。 いや、しかし、これ程のものだとは、想像だにしなかった。 王都、国軍参謀達がこの部屋を見たら腰を抜かすぞ」
「規模の違いから、即座に導入できぬでしょう」
「それは、それだ。 建軍に当たり、十分に参考とさせてもらう。 お飾りとはいえ、総司令長官職を拝命するのだ、他軍から横槍の入らぬ様に周到に準備せねばな。 ……おい、お前達、今夜から暫くは寝られると思うなよ。 王都で想像していた状況とは、想定環境からして全く違う。 全て最初からやり直しだ」
「「「 御意に 」」」
お偉方…… 高位の爵位を持ち、職位もとても高い方々が皆一様に、鬼気を揺らめかせておいでになった。 なにか、思う所も有ったのだろうか? 才豊かな秀才たちの心に、何かが点火したようだった。
参謀職の方々の背中から、鬼火の様な靄が立ち上がる。
目の前の現実と、王国軍制の実態とを織り込んだ、新たな軍の建軍と云う途轍もない仕事は、彼等の双肩に重責、重圧として圧し掛かる。 我々は…… まぁ、上の決める事では有るが、無茶な事を言われるのであれば正して行くしかない。
そう、特殊な環境と事情が複雑に絡み合う北辺『魔の森』が朋の領地なのだからな。出来る限りはやる。 安寧に程遠い環境でも、生き抜いていく状況だけは作り上げたいと思っているのだから。 ひいてはそれが『私の本懐』にも通じるのだから。
――― § ――― § ―――
それから…… 非常に忙しい日々が続いた。
辺境伯家の礎を置く事。 北方王国軍の建軍する事。 近隣の騎士爵家が挙って合力を成し、寄り親の変更を申し出られ、辺境伯家が此れを承認する事。
様々重要事項が、次々と決裁され、順次王都の登録局に届けられ確定して行く。 素早い行動は、何かに追いかけられている様にも思えた。 そう、何かに先んじて全てを整えるのだと云う意思が垣間見られたのだ。
――― 我が騎士爵家も、王都より父上、母上が帰還された。
状況をお聞きになった父上は、処理能力を超えられたのか、暫く真っ白になっておいでであった。 王都にて、なにやら色々とお約束を交わされておられた様だったのだが、その全てが根底から覆っていたからな。 ちい兄様も上級女伯領から愛馬を飛ばして遣ってこられた。
怒っていいのか、笑っていいのか、喜んで良いのか、泣けばよいのか…… 複雑に絡み合う心情をそのまま表情に乗せたちい兄様は、私と対面した時、疲れ切った声で言葉を紡がれた。
「状況を把握しているのか、弟よ」
「全てを掴む事は諦めました。 辺境のそのまた辺境である『魔の森』の中で作戦行動に努めている私では、どうにも成らぬ大きな力関係が働いている らしい(・・・) のです。既に濁流に飲まれ、流されているのですよ、ちい兄様。 此処で竿させば、溺れます。 ならば、成る様になるでしょうから、状況に身を任せる事としました」
「大概だな…… その諦観は何処から来ている? 舞い上がるか、畏れるかするだろう、普通は」
「そうは言っても、あまりの事に言葉も感情も付いて行きませんよ」
憮然とした表情のちい兄様。 上級女伯様から、色々と云い含められて来たんだろうけど、宰相閣下が一枚上手だったと云う事。 先手を取られた上級女伯にしても、『この話』は上級女伯家にとっても良い御話だ。 なにせ、継続的に莫大な金穀を合力する理由が消失したのだ。 あちらの財務官殿は、喜んでいる事だろう。 まぁ、当の上級女伯のお気持ちは判らないが。 そこに、大兄様がいらした。
「状況は切迫して来たぞ、御帰邸になった父上に色々とお聞きした」
「何です、藪から棒に」
「父上が上級女伯様に色々と約束させられた。 反故にするには、力技を使わねば成らなくなった。 父上は、既に真っ白になっておられる」
「さもありなん。 兄上。 王都では父上も、我妻『上級女伯様』に直接呼ばれ、色々と話を詰められていたからな」
「なんだ、貴様も一枚噛んでいるのか?」
「これでも一応、上級女伯家の『女婿』ですから」
「下手を打てば…… 離縁されるかもしれんぞ?」
「そうなれば、また、森で暴れるのも良し。 それに、騎士爵家が不義理した訳でもないでしょう、兄上? ……兄上は遥か上位の辺境伯閣下に押し切られた。 それで、良いのではないでしょうか?」
「貴様も末弟共々、何時も肝が太いな。 見事だ。 ……ならば、遣り様も有る」
大兄様は、かつて小さかった私にするかのように、頭をグリグリと撫でられ、黒い意味深い笑みをその顔に浮かべられた。 その様子を見たちい兄様もまた、瞬時に覚悟を決められたのか、同じような戦場で見せる、壮絶な笑みを頬に乗せられる。 そして、私も又……
これからの騎士爵家の在り方に、様々な思いと悪辣とも云える考察を交えた、黒くて意味深い笑みが頬に浮かんだ。
――― § ――― § ―――
「父上。 少々、宜しいでしょうか? 弟達も一緒に」
「……もう、何が何だか判らん。 これから、どうすればよいのだ」
「その事も含め、今後の事を御話したいのです。 我等、故郷を愛する騎士爵家がどうすべきかを」
「妻も呼ぶか」
「母上も私の妻も。 騎士爵家の皆で話しましょう」
「そうだな。 判った」
さして広くは無い騎士爵家の談話室。 執務室でするほど堅く無く、ダイニングで食事と共にする話程軽くない、そんな話をする場所に、北方騎士爵家の家人が全て集まった。 良くできた執事が各人にメイドを通じて茶や酒精の強い飲み物を配り終わると、使用人達に退出を命じ、自らもまた一礼を父上に捧げた後、静かに扉を閉めた。
そう、此処には家族以外の誰も居ない。 膝の上に双子を乗せ、身重の妻を隣のゆったりとしたソファに座らせた大兄様が口を開く。
「辺境の騎士爵家に思いもかけぬ栄達の道と、その栄達故に衰退する未来への道が提示されております、父上」
「……確かにな」
父上は王都王城にて、本物の貴種貴顕達の魑魅魍魎振りを間近で見て、肌でその悪辣ぶりを感じたのだろうか。 口調は重く、物思いに耽る父上の横に座る母上は何時もの感じでは無くて…… 共に、何かに怯えているかのようにも見える。
かなり、怖い思いをしたのだろうな。
口に出さぬ悪意や、侮蔑の視線。 若いちい兄様には察知できない様な毒針の様な視線は、相当に堪えられたようなのだ。 上級女伯家の配にと望まれたちい兄様。 本来ならば、父母とは口外できぬ立場の父上と母上は、上級女伯様の御厚意により親族として王城に招かれた。
が、上級女伯様はご存知ない。 王城伺候の権利すら持たぬ騎士爵夫妻が、王宮で部屋を貸し与えられたならば、王都在住の貴族達の目がどの様に父上達を見るように成るのかを。
ご自身は、王太子妃殿下の乳姉妹、いや、本当の姉妹の様に御暮らしに成っていた。 上級伯様はそのつもりが無くとも、大公家の御意向と王太子妃殿下の御宸襟は常に彼女への配慮に満ちていたのだ。
魔法学院在学中、その事は嫌でも理解できる。
利を求めるのならば、益を供せなければならない。
貴族と云う者は、そう云う者を指す言葉だと……
……短くも、濃密な時を過ごした、魔法学院生活で理解していたのだ。