作品タイトル不明
――― 大講堂での衝撃 ―――
『理』には適っている。
北辺の騎士爵家の負担はそれだけで劇的に改善する。 予算も人も輜重物資も、全て『国』が用意するのならば、これ以上の解決策は無い。 が、その場合、北辺の騎士爵家の立場は完全に失われると云う側面も有ると云う事だ。 諸刃の剣という事なのだ。
その上、先程の近衛総軍の指揮官殿の言葉。 兵は…… どうする御積りか。 騎士爵家の王国での立ち位置は? 何も知らされていない現在、どう判断すべきか解らない。 ……どうなる? 遊撃部隊を解体し、全てを最初から構築される御積りなのか? 鋭い眼光の筆頭執政官殿は続けて言葉を紡がれる。
「……次に北部辺境筆頭騎士爵家の遊撃部隊の諸氏の籍は、これを北部辺境伯家に組み入れる。 『王領太夫』たる辺境女伯には、国軍の軍事権は無い。 しかし、この地を護る為には精強たる軍事力が必要ともなる。 陛下の御下命を持ち、この地に新たなる軍を建軍せしめる事となった。王国直属の『 北(・) 部(・) 辺(・) 境(・) 王(・) 国(・) 軍(・) 』の建軍である。 重き任務と重責に、その総指揮官には相応の方が任じられた。 王国近衛総軍元帥閣下である。 陛下の御要請をお受けに成り、この難しい土地に建軍される新たな北部辺境王国軍…… 略称、辺境国軍を率いて頂く事となった」
ふむ、成程、そう来たか。 遊撃部隊を丸ごと王国国軍に引き取ると云われるのか。 重き役目を担う事になったな。 従来の様に騎士爵家の傭兵軍と云う訳では無くなるのか。 どうされるのか。 仲間達は、元は騎士爵家の末子連枝が多い。 しかも、継ぐべき爵位も無い事から、ほぼ全員が庶民とも云える。
古くからこの地を愛し、この地の安寧を護るという矜持のみを頼りに集ってくれた者達だ。 いまさら、王国本領より指揮官を迎え、古来よりこの地を守り続けてきた者達を放逐など出来はしない上、そんな事をしては、辺境の過酷な『軍務』に就く者など、居なくなってしまう。
軍とは兵が居なくては機能などしない。 この地に根差し、この地を熟知する兵がいなくてはな…… どうされる御積りなのか……
「…………諸君等は辺境国軍の血となり肉になる存在である。 この地を愛し、この地の安寧を護る謂わば王国の防人と云える。 ならば、どうするか。 王国近衛総軍元帥閣下は申された。 『郷土の者達が護るのならば、その者達を王国正規軍の正規軍人たる様にすればよい』と。 王国軍の指揮官は『貴族籍』を持つ法衣爵を持つ事が義務付けられている。 王国への忠誠の在処を確かにする為だ。 一連の事情を鑑み、北部辺境騎士爵家各家には、辺境女伯家の連枝・眷族として『寄り親』変更を許諾してもらった。 これは、諸君等を騎士爵家から分家として、立家して貰う事への布石となる。 外聞も有るが、この辺境域でいきなりの男爵位は無い。 さらに、諸君らの生家よりも高い爵位をいきなり渡す訳にも行かぬ。 よって、諸君等は辺境騎士爵家より分離し、分家として法衣騎士爵家の立家となる。 中央では武官相当となる。 制度上、貴族籍は独立と成すが、表向きは生家より分爵された様に装おう。 国法と軍法による処置だが、現状の組織運営についての人員は変わりないと思って構わない。 つまりは、今までと同様の身分だと思って貰おう。 中央の貴族共を韜晦する為の処置の為、了承を願う」
成程。 法衣騎士爵家の当主として、王国貴族の貴族籍を一括管理する『王国貴族・管理登録院』には記載されるが、辺境の辺境たる北部辺境域では、今までと変わらない爵位的扱いにするというのか。 穿った見方をすると、建軍当初の指揮官に中央のお偉いさんたちを招聘して箔を付ける必要も無いと、軽く見られているという事か。 ならば、遣り様も有るな。 しかし、北部辺境女伯とは誰だ?
「以上だ。 頭(こうべ) を上げよ。 辺境女伯様への目通りである。 決して無礼を働く事は無き様、心せよ」
重苦しい宣言と共に礼を解き、頭を上げる。 ずらりと居並ぶ高位の貴顕の方々。 誰もが遥か雲の上の爵位を持たれ、我等遊撃部隊のだれも直接御尊顔を拝謁する事など、一生涯無い程の方々でも有る。 私や私の護衛隊の者は、それでも驚きも慄きも心得違いもしない。
あの宰相閣下を前にしても、軍務を心得る者として従容自若であった者達だ。 まぁ、他の者達は目前の威風堂々たる姿に飲まれており、目を伏せる者も多数いるのだが…… 私は真っすぐに新たな我等が『寄り親』たる辺境女伯から目が離せなかった。
――― 席に座り、静かに佇むその姿は、紛れも無く『我が朋』。
何故…… 貴様が其処に座っているのだ? 辺境伯が爵位を受けたのか? そんな事が可能なのか? 上級伯家の次男が、なぜ併呑された他国の王族が綬爵する『辺境伯』を綬爵出来たのだ? 面妖なる王都の貴族社会の均衡が故の落とし処なのか? 何があった? どうして、朋がその爵位を受け入れたのか? 異常な光景に脳裏に浮かび上がる幾つもの疑問が立ち上がる。
様々な思惑の果て、宰相閣下の思考に思いが至る。
そうか…… 私の秘匿された任務をよく理解し、私が辺境のこの地を離れぬ様にと、思召された結果、最善手として朋が王都貴族社会からの『肉の壁』として選ばれたのだと。私を辺境から遠ざける、そんな思惑が王都には有るのだろう。
それが何かは判らない。が、その思惑を叩き潰す為に、宰相閣下が…… 策を巡らされた結果だろう。 強くその思いが私を包む。
僅かな手がかりから、表層には出ない事柄を考察し組み立て類推する事は、わたしの『技巧』により脳裏に描き出されるのだ。 だからこそ、再度、頭を垂れ着任された『 辺境女伯(・・・・) 』様へとご挨拶を申し上げた。
「王国の太陽、至高の貴顕たる国王陛下より御信任を受けし、新王領が王領太夫さまへ奏上申し上げる。 御尊顔、拝謁の機会を与えて頂きました事、遊撃部隊指揮官職を担いし騎士爵家が三男である私には過分なる栄誉。 今後、 辺境女伯(・・・・) 家が家中の郎党として、また、辺境国軍建軍に伴い、軍指揮官職として王領に指定された御領地、ひいては王国北辺国境『護り』の 防人(・・) として任じて頂きました事、汗顔の至り。 が、国王陛下の宣下とあらば、王国臣民としてこの任を奮闘努力、鋭意邁進する事を誓いましょう」
「それは…… 何よりです。 貴方が言葉は真摯であり、誠が有ります。 その言、嬉しく思います。 皆の奮闘を期待します。 遊撃部隊指揮官殿、及び護衛の者達。 この後、別室にて『 話(・) 』が有ります。 宜しいですね」
「御意に」
『朋』は上級女伯として覚悟を決め、この地の王領太夫として任じられ、それを受け入れたようだ。 そう、受け入れた。 口調からして、 辺境女伯(・・・・) な事。 この事実は、かなり重く私の心に圧し掛かる。 これまで以上に、気安く振舞う事は許されないだろう。
いや、それよりも、『朋』の立場はどう云ったモノとなったのかも、少々私の心に圧し掛かる。 王宮魔導院 魔導研究部 民需局 第五席としての朋の立場は失われてしまったのだろうか?
もしそうならば…… 魔術馬鹿…… 魔導バカ の『朋』は既にいなくなってしまったのか。
もしそうであれば…… 残念でも有る。